第11話 制度を活用して
俺にとって摩衣李がかけがえの無い存在なのは、揺るぎない事実になっていた。
「一人で大丈夫か、摩衣李?」
「だいじょうぶだよー」
「俺もユウノさんもいないんだぞ?」
「おともだちがいるもん」
「でもな……」
「もふもふぱじゃまもってくーー」
そう言うと摩衣李は部屋に駆けていって、この前モフモフランドで買った着ぐるみパジャマを持ってきた。
「これだいすきーーおとうさんありがとうーー」
「そうかそうか、でもな摩衣李……」
パジャマを持って嬉しそうにする摩衣李を見てジーーンときた俺だったが、それでもオロオロが収まらない。
一体なんの話かと言うと、今度保育園でお泊まり会があるのだ。摩衣李はとても楽しみにしている。
買ったばかりのモフモフパジャマを友達の前で着られるということが、嬉しさを倍増させているようだ。
たが、摩衣李にとっては生まれて初めてのお泊りだ。
父親として心配になるのは当然というものだ。
「摩衣李さんなら大丈夫ですよ」
「そう、ですかね……」
ユウノの励ましの言葉にも懐疑の言葉で返してしまう俺。
多分ユウノの言うとおりだろう。
摩衣李は賢いうえに開放的で誰とでも仲良くなれる。
まさに、陰キャの俺とは天と地ほどの差がある素晴らしい資質を持っている少女なのだ。
俺の保育園時代のように、トイレに行きたいと言えなくてお漏らししてしまうなんてことは摩衣李には決して起こり得ない。
そう、俺が心配なんてしなくても摩衣李はしっかりとお泊りできるのだ。
その日の夜、摩衣李がお泊りなのでユウノは俺の分の夕食を作り終えるといつもより早めに帰って行った。
俺はユウノが作ってくれた生姜焼きとポテサラを肴にビールを飲み始めた。
(あ、久しぶりの一人かも……)
一人なんて慣れっこで何とも思っていないつもりでいた。
だが、菊菜と契約結婚してからは一人で夜を越すことが無くなった。
菊名が出ていった後もずっと摩衣李がいたのだ。
(そういうことか……)
摩衣李が心配だと言いつつ、実のところは摩衣李がいないのが寂しいのだ。
摩衣李をしっかり育てていかなければなどと言いながら、俺自身が摩衣李を必要としていたのだ。
摩衣李には母親が必要だと言いながら、俺が摩衣李を必要としているとか、全くもって笑えない話だ。
そもそも摩衣李には母親がいるではないか。
ユウノという、木綿野璃々奈という母親が。
彼女はその事を摩衣李に伝えることを躊躇っているが。
ユウノは有機アンドロイドではあるが、それは身体だけだ。
有機アンドロイドの身体に木綿野璃々奈の脳を移植したハーフアンドロイドだ。
まだ開発途中、というより臨床試験中のプロトタイプのようだが、俺が見る限りでは安定しているようだ。
ユウノが摩衣李の母親だと名乗りでることに躊躇っているのはそのあたりらしい。本人もそう言っていた。
だが、ユウノは今や摩衣李にとっていなくてはならない存在になりつつある。
なのにユウノは母親だと名乗り出ることに二の足を踏んでいる。
ならば……
(事実を先に持ってくるってのは、ありか……?)
本末転倒もいいところだ。
だが、不可能ではないように俺には思える。
うってつけの制度があるではないか。
そう、契約結婚という制度が。
(これは摩衣李のためだ)
摩衣李の養育を主たる目的として木綿野璃々奈と契約結婚をする。
そうすれば今以上に摩衣李の養育を充実させることがができる。
俺とユウノの契約夫婦で力を合わせて摩衣李を育てていくのだ。
ただ、夫婦と言ってもユウノの身体は有機アンドロイドだ。
所謂夜の夫婦生活は望めないであろう。
(生涯童貞が確定しちまうけど……まあ仕方ないか)
摩衣李のためだと思えば諦めもつく。
そうとなれば、この話をどのように進めて行くか、しっかりと計画を立てなければならない。
俺の苦手な分野だがやるしかない。
(とりあえず、ユウノさんの気持ちを聞いてみなきゃだな)
俺は残りのビールを飲み干して、気分良く眠りについた。
(あの時の決意はどこに行っちまったんだ……)
摩衣李のお泊まり会から一週間ほどが過ぎた。
あの時の決意はどこにいってしまったのか。
摩衣李の養育のためにユウノと契約結婚制度を活用しようという決意は。
考え自体は悪くないはずだ。多分。
だが、いざとなると切り出せなくなってしまうのだ。
お泊まり会はよっぽど楽しかったのだろう。摩衣李はあれから毎日、俺とユウノにお泊まり会がどれだけ楽しかったのかを熱心に話して聞かせた。
そんな満面の笑みで話す摩衣李を微笑ましい思いで見ていた時、ある言葉が俺の心に刺さった。
「それでね、ねんちょうぐみのしょうへいくんがね、すごくやさしくしてくれるの」
(な、なななんだとぉおおーーーー!)
俺は手にしたビール缶を握り潰してしまいそうになった。
「え、ええと、摩衣李?そのしょうへい君とは、その、どういう関係なのかな?」
どう考えても四歳の女の子にする質問ではない。
だが、許してほしい、その時は天地がひっくり返るかと思うほど動転してしまったのだ。
「かんけー?」
当然のことながら摩衣李は何を聞かれているのかさっぱり分からないという顔だ。
「あの、之々良さん……」
ユウノが制止するように困惑顔で俺を見た。
「あ、いや、なんでもないなんでもない、ははは……」
脂汗を流しながら、俺はなんとか笑ってごまかした。
(まさかあんなに動転しちまうとは……)
俺の中の摩衣李の存在の大きさを改めて知ることとなった。
そんな珍事もあったが、三人で過ごす時間はより大切なものになっていった。
だが、俺がユウノに話そうとしていることは摩衣李がいる前では話しづらい。
ユウノにしても、その手の話を摩衣李の前でしてほしくはないだろう。
下手をすればうまくいく話も壊れてしまう可能性だってある。
勿論、以前ユウノがハーフアンドロイドだと話してくれた時のように泊まり込みにして欲しいと頼めばしてくれるだろう。
だが、今回はあの時とは微妙に違う。
事実関係を明らかにしてもらうのとは違うのだ。
お互いの気持ちを確認してすり合わせるのが目的なのだ。
(俺の考えすぎかなぁ……)
そんなこんなで、話すことができないまま、日々は穏やかに過ぎていった。
そんな中、ふとした時に見せるユウノの表情が変化してきた、と感じるようになった。
ユウノと顔を合わせるのは基本的に朝食と夕食の時だ。
それと俺が休みの日に摩衣李を連れて三人で買い物や散歩に行く時もある。
朝や昼間は今までと特に変わらず接してくれている。
だが夕食後のひと時が今までと少し違っているように思えるのだ。
夕食後の俺は、動画やSNSを見たりしていることが多い。
その間ユウノは、片付けをして摩衣李を風呂に入れ、寝かし付けたら帰る、というのが日々の仕事だ。
そんな仕事の合間のちょっとした時に、ユウノがチラチラと俺を見る時があるのだ。
こんな時「何?」とさりげなく聞ければいいのだろう。
だが、悲しいかな、こういう時に陰キャ非モテの負の習性が出てしまうのだ。
若い頃から女子の塩対応が当たり前の生活をしていると、本能的に女子の視線を避けるのが習性として身についてしまっている。
「キモがられたくない」という気持ちが心を支配してしまうのだ。
だが日を追うにつれて、ユウノと目が合う頻度が増えている気がしてきた。
(もしかしたら、既に何かやらかしてるのか、俺?)
と、段々と不安になってきた。
結果、オレのほうでもユウノの様子を伺うようにチラチラと見ることとなる。
こうなると神経がすり減っていくようで、耐えられそうにない。
(よし、ここは思い切って……!)
「あ、あの、ユウノさん」
ユウノが摩衣李を寝かしつけて帰り支度をしている時に、俺は声をかけた。
「は、はい!」
さほど大きな声で呼んだわけではなかったが、ユウノは驚いたように返事をした。
「あ、お、驚かせちゃいましたか……?」
「い、いえ、そんなことは……はい」
お互いにどもり気味になってしまっている。
どうやら俺だけでなくユウノにも、何か話したいことがあるようだ。
「えっと、少しお話ができたらって思ってたんですけど」
俺は早口にならないように気をつけて言った。
「あ、私も、です、はい」
ユウノにしては珍しくしどろもどろだ。
「長くなってしまいそうなので、いつ話そうか迷っちゃって……」
「私もです……」
(て、これって、いい流れなのか……?)
にわかに鼓動が速くなる。
(落ち着けよ、俺!これは告白じゃないからな、摩衣李のための契約手続きの話だからかな)
俺はユウノに気づかれないように、ゆっくりと大きく息を吐いた。
ユウノを見ると、両手を組んでやや落ち着かない様子だ。
どうやら、すぐにでも話したいようだ。
「もし良かったら、ユウノさんからどうぞ。時間のこともありますし」
あまり遅くなっては高越さんを待たせることになってしまう。
「はい、それでは、お言葉に甘えて。実は、その、お話したいのは……」
そこでユウノは一呼吸置いた。
(やっぱり摩衣李のことかな)
と思いながら俺はユウノの言葉を待った。
「私の……私の、夫のことなんです」
(え…………?)
想定外すぎるユウノの言葉に、俺は息を飲み込んだ。




