召喚失敗
召喚もの。
ゆるい話です。
『なにが起こっておる!!』
城に響いた怒声は王の焦りを如実に表していた。
『し、しかし、召喚の術は確かに発動しております!このようなことは前例がありません...』
いつもは冷静沈着な老魔術師ザランも、流石に動揺が隠せず、呟くように言った。
勇者召喚のために集まった5名の魔術師の中で、最も経験豊かな魔術師、序列第2位のザランの言葉に王は怒りとも悲しみともつかない表情を浮かべた。
誰もが待ち望んだ救世主はついに召喚の間に現れるとこはなく、豪華な円状の台座は虚しく空っぽのまま沈黙していた。
『魔力も確かに消費されています。通常であれば魔力の消費と、召喚にタイムラグはないはずなのです。これだけ時間がたっても何も現れないということは、、大変申し訳にくいですが、失敗したとしか思えません。』
1人の青年が王の前に歩み出て、朗らかに宣言した。
国の筆頭魔術師として、召喚の総監督を行った青年の空気を読まぬ態度に配下一同は凍りついた。王は聡明で、国1番の権力者とは思えぬほど寛大な男であるが、さすがに国の大事に冗談は通じない。
『失敗?失敗だと!?此度の召喚の儀のどこに失敗する要素があったというのだ!!万全の体制であることはクラスタ、お主が一番わかっているはずだ!...まて、何がおかしい?』
激昂しかけた王であったが、笑みを崩さぬクラスタの目が真剣そのものであることに気づき、一時的に冷静さを取り戻した。
『ええ、その通りです。召喚の儀は完璧でありました。私の名誉にもかけて、保証致します。ではなぜ勇者は現れなかったのか。
術は確かに私たちの望む条件を満たした勇者を見つけ、強制的に転移させようとしました。
おそらく対象となった異世界人の魔力抵抗が尋常ではなく高かったのでしょう。抵抗をうけ、転移術が消滅したのです。』
クラスタは一気に言い放ち、周囲の理解が追いつくのを待った。
『バカなことを言うな、クラスタよ。勇者となりうるものが高い魔力抵抗を持つのは当然ではあるが、限度があろう。通常の召喚では魔術師2人で行うところ、続けて複数人を召喚することも想定して、今はこの国で最高の魔術師であるそなたら5人で行ったのだぞ。それを単独で抵抗するなど、可能なのか?』
王はクラスタの進言に納得がいかず、老魔術師ザランに問いかけた。
『不可能、とは言えないと思われます、王よ。これまでに召喚された勇者たちも、力の大小や得手不得手がございました。過去の勇者と比較して、大きく逸脱した魔力抵抗の持ち主がいないとは言い切れませぬ。私の知る限り12人の合唱で行われた場合に耐えうることのできるレベルとなると想像を絶しますがな。』
ザランの言葉に王は大きく頷いた。
『にわかには信じ難いが、他には考えられぬか。して、クラスタよ、お主が言いたいこともわかったぞ』
王は冷静さを取り戻し、クラスタの目をじっと見つめた。
『お察しの通りです、王よ。魔力抵抗はほとんどの場合、魔術を扱う素養に比例します。つまり、私たちの転移術が見つけたものは、過去に例を見ないほど強力な勇者になる可能性が高いです。そして一度対象とした以上、次回の召喚術でも対象とすることができます。』
『今の我々にとって朗報だな。平均的な勇者が召喚できたとて、焼け石に水になりかねん。見つけるという第一目標は達成したと言うことになる。しかしどれほど強力な勇者だとしても、召喚できなければそれもまた意味はあるまい。クラスタ、案はあるのか』
クラスタは王の問いかけに微笑みを消し、顔を曇らせた。
『我々には時間がありません。現実的に取れる手段は私には一つしか思いついておりません。転移と合わせて発動している服従の術を反転させることです。』
集まった魔術師は一斉にざわついた。
『服従の術を反転!?どういうことですか?
安全のために必須である服従の術を消すのではなく反転するとは一体...?』
魔術師の中でも最も若い女性魔術師、序列第4位のスートが堪えきれず声を上げた。
『まだ見ぬ勇者は、転移と服従の術を区別せずに無意識に抵抗しているだけだと思われます。彼らの世界に魔術はありませんので。特に服従については、魔術に素養があれば誰でも無意識に抵抗してしまうほど、敵性の高い術です。そこを逆に我々5人の魔術師が絶対服従となる魔術、つまり敵性の魔術から善性の魔術へ作り替えることで、転移の儀への抵抗を潜り抜けるというができると予想しております。』
『斬新な案ではあるが、危険ではないか?ザランよ、どう思う?』
王の問いかけにザランは汗をにじませた。
『リスクが高すぎます。しかし召喚を成功させるという一点に関しては、可能性は大きく上がるということも確かです。善性の魔術には基本的に抵抗ができませんので。』
『つまり、世の配下で最高の魔術師たちが、強力な勇者の意のままになるということだな。元々召喚の儀で施す服従の術は、最悪の場合を想定したもので、人道的な観点からも実際に発動までさせることは稀だ。どの程度まで命令には強制力がでる?』
『お互いの力量にも多少影響を受けますので、勇者ともなると生死に関わる命令でも拒めないと考えた方がいいでしょう。』
『死ねと言われれば死に、王を殺せと言われれば殺す、か』
『そんなことをするぐらいなら、私は自ら死を選びます!』
スートは再び堪えきれず声を上げた。
『スートちゃん、落ち着きなさい。異世界から来るとは言え、勇者は私たちと変わらない人間よ。そのような状況にしないことも、私たちには可能なはずよ。』
まだ年若いスートの勢いに、スートと年が近く、仲の良い序列第5位の魔術師、フラリアが諫めた。
『人の心とは本来中立なもの。私たちが誠実に向き合えば、悪いようにはしない。おそらく、きっと、そうだといいな、』
序列第3位の女性魔術師ノマも長い髪を指先でいじりながら意見を述べたが、生来の心配性により尻すぼみになった。
しかし今は何のリスクも負わず成果を狙えるほどの余裕はないのだ。
『元々、勇者には最大級の待遇を約束する手筈であった。そなたらの絶対服従は、大きく趣旨と外れたものではないかもしれぬ。だが皆はこの国のために自らを隷属の身とすることに異論はないのか?』
王は配下の魔術師たちを極力威圧しないよう、静かに言った。彼には、それを命令することもできる。だがそれをしないところが、彼の為政者としてのあり方であった。
5人の魔術師はお互いの顔色を伺うこともなく、王の顔をじっと見つめ、決意を込めた表情を見せた。
王は彼らの顔を見渡し、大きく頷いた。
『私の名を持って、この大いなる賭けに命運を委ねよう。クラスタ、召喚の儀を再開してくれ。』
『はっ!直ちに!』
こうして、極めて異例といえる5人の魔術師による強制被隷属召喚魔法が発動する。