第7話:消えゆく希望、残された者たち
玄界灘の夜明けは、血の匂いを薄めるように、しかし、その惨状をより鮮明に映し出していた。ヤマトの艦橋では、高杉艦長がディスプレイに映し出される九州各地の状況を厳しい表情で見つめていた。ドローンからの映像は、占領軍による民間人への残虐行為の痕跡と、かろうじて生き残った人々の姿を伝えてくる。
「ドローン部隊、生存者を確認。救出班、急行中!」
通信士の声に、高杉艦長は深く頷いた。
「よし。各救出班、慎重に、しかし迅速に。民間人の安全確保を最優先だ」
ヤマトは宗像市沖に停泊し、搭載ヘリと揚陸艇が次々と発艦・発進していく。武装した救出隊員たちが、混乱と破壊の街へと降り立ち、瓦礫の下や隠れ家から、怯えきった住民たちを保護し始めた。ヤマトの存在は、地獄絵図のような光景の中に、かすかな希望の光を灯していた。
「艦長!艦体周辺に異常な空間変動を検知!」
突如、レーダー士の切羽詰まった声が響いた。ディスプレイのヤマトの周囲が、赤く点滅し始める。
「何だと!?まさか、こんな時に…!」
高杉艦長の脳裏に、嫌な予感がよぎる。ヤマトが元の世界から転移してきた時と同じ、あの空間の歪み。
その予感は、すぐに現実のものとなった。
艦橋の窓の外、そしてヤマトの艦体を包むように、突如として濃密な霧が発生し始めた。それは、ただの霧ではない。まるで異世界から流れ込んできたかのような、不気味な光を帯びた霧だ。そして、その霧の中から、轟音と共に激しい雷鳴が響き渡り、稲妻がヤマトの周囲を乱れ飛ぶ。
「主機出力、急激に低下!空間の歪みが拡大しています!」
「艦体、激しい揺れ!制御不能です!」
機関士と操舵士の悲鳴に近い報告が続く。ヤマトの巨体が、まるで嵐の海に浮かぶ木の葉のように激しく揺さぶられる。艦橋内の計器類は狂ったように点滅し、乗組員たちは必死に手すりにしがみついた。
「くそっ…!こんな時に!」
高杉艦長は歯を食いしばる。上陸したばかりの救出隊員たちが、まだ地上に残されているのだ。彼らを置き去りにして、ヤマトが消えるなど、あってはならない。
「全隊員に緊急帰還命令!急げ!急げ!」
通信士が必死に叫ぶが、空間の歪みは加速する一方だった。霧と雷はますます濃くなり、ヤマトの艦体は、まるで幻のようにその輪郭を曖昧にしていく。
「艦長!ヤマト、消えます!」
レーダー士の絶望的な声が、最後に艦橋に響き渡った。
次の瞬間、轟音と閃光が玄界灘を覆い尽くし、ヤマトの巨大な影は、濃い霧と雷の中に完全に飲み込まれていった。
霧が晴れ、雷鳴が止んだ時、そこには何もなかった。
わずか数分前まで、希望の象徴としてそこに存在した防衛強化型超護衛艦ヤマトは、まるで最初から存在しなかったかのように、忽然と姿を消していた。
地上に残された救出隊員たちは、呆然と、空っぽになった海面を見つめていた。彼らの耳には、無線機から途絶えたヤマトからの通信音と、遠くで響く占領軍の銃声だけが、虚しく響いていた。