プロローグ
202X年9月某日。日本の時計は止まった。
紀伊半島沖、深さ四千メートルを超える南海トラフの底が、突如として咆哮を上げた。海底を走る二枚のプレートが数世紀に一度の収束を迎え、地球の悲鳴にも似た断末魔が日本列島を襲う。数分間の激震は、主要都市のインフラを寸断し、沿岸部に押し寄せた巨大な津波は、わずかな時間で国土の広範囲を飲み込んだ。
その時、太平洋の深淵で、もう一つの「爆発」が起きたことを知る者はほとんどいない。
海底に秘匿されていた旧時代の遺物――水爆が、地震の衝撃によって誘爆したのだ。それは単なる物理的な爆発ではなかった。計測不能な高エネルギーが瞬時に空間を歪め、次元の膜を薄く引き裂いた。時空の構造が軋みを上げ、この世界とは異なる「もう一つの時」が、ほんの一瞬、そのベールを剥がした。
その夜、嵐は荒れ狂っていた。
上陸した台風は、南海トラフ地震で傷ついた日本列島をさらに深く抉り、暴風と豪雨が瓦礫の街を洗い流す。生存者たちが凍えながら夜明けを待つ、その漆黒の海上。紀伊半島の南沖で、海上保安庁の巡視船「みずほ」のレーダーが突如として異常な反応を捉えた。
「艦長、未確認大型船影!急速接近中!しかし、これは……どういうことだ?」
当直士官の声は、恐怖と困惑に震えていた。スコープを覗く艦長が見たのは、あり得ない光景だった。厚い霧と稲妻が織りなす闇の中、巨大な船影がゆっくりと、しかし確実に姿を現しつつあったのだ。それは、現代のいかなる艦船とも異なる、異様な威圧感を放っていた。
稲光が走るたび、その巨大な船体の一部が白日の下に晒される。洗練されすぎた流線型の船体には、見たことのない形状の砲塔が備わり、その存在自体が現代兵器の常識を遥かに超えていることを物語っていた。
「ま、まさか……戦艦……?」
艦長の呟きは、雷鳴にかき消された。船体から放たれる、微かな、しかし確かに知覚できる異常なエネルギー。そして、その巨大な船影が、次の稲光の中で、まるで蜃気楼のように消滅した。
「なっ……消えただと!?」
当直士官の叫びも虚しく、レーダーから反応も消える。しかし、それは束の間の出来事だった。次の瞬間、闇を切り裂く稲妻が走り、まさにその場所に、先ほど消えたはずの巨大な船体が、まるで最初からそこにいたかのように再び出現したのだ。
嵐の海を、その異形の存在は静かに、しかし有無を言言わせぬ力で進んでくる。
それは、世界の常識を打ち破る、時の間から現れた、防衛強化型超護衛艦ヤマトだった。
崩壊した日本に、ヤマトは希望をもたらすのか。それとも、さらなる混乱の渦に突き落とすのか。
物語は、ここから始まる。