⑦謎の男性
今日は学園がお休みの日。
アリセアは朝早くから私服のワンピースに着替えていた。
上は白のレースに細かい刺繍が施されており、胸下からはゆったりと着れる柔らかい生地の、大きな花柄のスカート。
大きな花柄が目立って派手かなとは思ったものの、着てみるとしっくり来た。
これ、てっきり両親が用意してくれてのかと思ったけれど、もしかして自分で選んだのかな?
私に似合っている気がする。
腕には魔法機能が着いた時計をはめた。
魔道具寄りの装飾品なのに、そうは見えない華奢な腕時計で、大変可愛らしい。
この腕時計、たしか登録している人と話せる機能が付いているんだよね。
同じ機能が着いた魔道具や腕時計を持つ人限定なんだけど。
そう思いながら登録者を見ていると、……一番に『ユーグスト殿下』と名が表れて。
「うぅ……なんだか……恥ずかしい」
アリセアは、居てもたってもいられないような、そわそわした羞恥心を感じた。
登録した記憶がない。
だけど1番上で"固定”されている彼の名を見て、以前の私の気持ちも、なんとなく感じとることができた。
やっぱり、どう見ても好ましく感じてたよね?
時刻は8:00
アリセアは、寮の食堂で食事をし、そこにいた他の生徒とたわいも無い話をする。
1つ話す事に、少し緊張するけれど、和やかな雰囲気で過ごして、久しぶりに気持ちにゆとりができたように思う。
1度部屋に入り、少しだけ寛ぐ。
なんだかこうして何も考えずにいられる幸せなひと時に感謝した。
そして10:00過ぎ。
お出かけの用意を最終的チェックしながら、整える。
長めの髪には、ヘアオイルをつけて、少しだけ休日を意識した。
あとで、許可も降りれば外出もしてみたいのだけど。
1度、殿下の従者ヤールに相談した方がいいだろうか。
「まぁ。またあとで考えようかしら」
とりあえず、殿下が不在の間でも、何か手がかりをみつけようと、自分が倒れていた図書館前に行ってみることにした。
のだが。
「その先は通れないぞ」
学園の端にある女子寮を、出て、歩き始めてわりとすぐの事だった。
後ろから声をかけられたのは。
黒い長い髪を後ろで三つ編みにした男性が、気がつけば私の後ろに立っていて。
体格の良いその男性は、ラフな格好の出で立ちだが、胸板も厚く、どこか堂々とした雰囲気を纏っている。
ここの生徒より年上の方に見える。
……新しい講師や外部の方かな?
切れ目の瞳と、薄い唇が印象的である。
「そうなのですね、ご親切にどうもありがとうございます」
アリセアは驚きつつも、感謝の気持ちを伝えた。
確かにここから、改めて遠目に見ても、図書館前は封鎖されているように思う。
工事でもするのだろうか。
これでは近寄れない。
あ、もしかして彼はその関係者の方だろうか?
一礼した後、男性を見てみると、視線をずっと注がれていたようで。
「あの、何か?」
アリセアが、戸惑い、首を傾げると、男性は少し眉間に皺を寄せ、長めのため息を吐いた。
「…………思い出せんようだな」
「えっ?!」
その言葉にアリセアはびっくりして彼を見つめる。
私と、……交流が会った人だろうか。
その男性がゆっくり静かに歩き出して目の前にやってきた。
近くで見れば見るほど、すごいオーラを放っているのがわかる。
魔法戦術に長けている、そんな貫禄さえ滲み出ているような、それ。
「どうしているだろうと思ったが、……ひとまずは元気そうだな」
「えっ?!あ、はい」
誰かわからないまま会話を続けられ、アリセアは冷や汗がとまらない。
私の知り合いみたいだけど、やはり思い出せない。
どうしよう、これはまずいかな?
「……あいつが帰ってくるまでは、あそこには近づくな」
「あいつって?…………あの、貴方は?」
これ以上失礼にならないように、名を聞きたかったのだけど……。
「……すぐわかる」
そう言うやいなや、彼は私の問いには答えず、背中を向けて歩き出した。
しかし、途中、……ふっと振り返えり。
「……アイツを翻弄させるのが本当に上手だな。そして……気をつけることだ、アリセア嬢」
「……?!」
男は、今度こそゆっくりと立ち去っていった。
その背中にただならぬオーラがあって、アリセアは自然と見送るしかなかった。
男の意味深なセリフに、アリセアは、すっかり探索する意欲が萎んでいくのを感じた。
気をつけるって……もしかして何か知ってるの?
あの人は一体……。
あいつって?
次々に浮かぶ疑問に、アリセアの顔は次第に曇っていく。
うぅ……考えることが増えてしまった。
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