64:差し伸べられた手は
どれくらい、夢の奥に沈んでいたのだろう。
急に、心の奥に何かが飛び込んできた。
(……強くなりたい)
誰の声なのか。
そう考えていたら、気がつけば目の前に女性がいた。
自分より、ちょっと上のお姉さん。
そのお姉さんは、初め、私がここにいることに驚いた様子だった。
わたしが閉じこめられていることを伝えると。
閉じこめたあの人はどこ?って聞いてくれた。
でも、私にも分からなかった。
そうしてお姉ちゃんは去った。
あのお姉ちゃんは、夢……だったのかな。
あやふやな世界に、分からなくなる。
ただ、いつもの様に時間だけが過ぎていく。
そうして、ふたたび、この空間に、静けさが戻った。
かにおもえたのだけれど。
視界の隅から、ふいに青い蝶が飛んできた。
思わず、蝶々を目で追う。
ふわりと飛んで行った蝶の先。
フィリーネは眉を寄せた。
「あなた……だぁれ?」
広くて白い空間に。
小さな、可愛らしい少年が、現れた。
蝶は、男の子の前に行くと、ふっと消えた。
「……僕は……分かるでしょ?」
一見、にっこり笑って……無邪気で可愛らしい。
けれど、フィリーネには、その子の背後に陽炎のような禍々しい空気の揺れを感じ取っていた。
背筋が凍るような、見ていると悲しいような、様々な負の感情と想いが凝縮されているように感じた。
手が震え、唇も、きゅっと力が入る。
その少年が1歩、近づくだけでフィリーネは、後ろに下がった。
そうしてしばらくして、その小さな少年が眉を寄せる。
「僕の存在を認めてよ、だって……フィル、君から生まれたんだよ」
「わ、私から?」
フィル……それは……大切なあの人から呼ばれていた愛称。
どうしてこの子が知っているの?
「あのね……外に出てみたら楽しかったんだ。可愛いお姉ちゃんもいたの」
「お姉ちゃん?」
時間の感覚が分からない。
けれど、もしかして?
夢だとおもっていたけれど。
確か……名前は……。
「アリセア……?」
「そうだよ……アリセアお姉ちゃん。可愛くて、優しくて……それだけじゃない、とても稀な魂を持ってた。不思議だよね?」
首を傾げながら、ふふふ、と楽しそうに目を細めて笑う。
「稀な……魂……?」
フィリーネにとって、この少年が、何故か酷く恐ろしかった。
(怖い……私から生まれたって、ほんとうなの?)
手が震え、足がすくむ。
その間に彼は、一瞬で目の前に来て……。
「っ……!!」
悲鳴さえあげられない。
どうして?
身体も固まったように動かなかった。
「フィル……僕と外に出ようよ。外は楽しいよ?……ほんとうは分かってるよね?……あの人に嫌われたから閉じ込められたってこと。」
「あっ……わ、わたし」
ボロボロと涙が溢れ出てくる。
どんなに深く微睡んでも、いつもどんな時もあの人の声や、表情や、仕草が思い出されて、会いたくて。
会いたくてたまらなくて。
ーー彼の温もりが、恋しい。
でも、ここから出れない。
私が悪いことをしたから、仕方ないことだと分かっている。
けれど……もう一度……会えたなら……。
「アリセアお姉ちゃん、すごく優しいから、フィリーネがどんなに悪いことをしたのか知ったら……やっつけられちゃうかも。お姉ちゃんには強い仲間もいるみたいだし。ほら、……その前に外に出よう、フィル。」
弱った心をほじくるように、ゆっくり、穏やかに、フィリーネの思考を奪っていく。
優しい言葉をかけているようで、どんどんフィリーネを追い詰めていくことに、気がつけない。
「僕の手を取って」
「あ……ぁっ、……私……」
「僕は君から生まれた……たった一人の仲間だよ」
迷いながらも、フィリーネは、震える手で、彼の手にかさねる。
「ゆっくり、どうしたら外に行けるか……僕と考えようね」
そう言われ、フィリーネはゆっくりと、うなづいた。
フィリーネは、その日から、徐々に彼に、思考を奪われていく。
(外に出たい……でも、出れない)
相反する気持ちがぐちゃぐちゃになって、頭の中が塗りつぶされていく。
不安と希望と、恐怖と、理性と。
また、……あの人に会えたなら、……でも。
外に出たら、あの人には……もう、会えない?
(分かってる……きっと、とっくに……)
けれど、ここにいれば、あの人の声が聞こえる気がして。
ここにいれば、まだ、想い出の中で、一緒にいられる気がして。
あの人が用意してくれたこの場所……離れたく……ない。




