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62:静かな異変

アリセアが、記憶が戻って初めて登校したその日。

昼間の陽射しの中、フォートが教室に現れた。

もうそろそろお昼休みが終わる……そんな時間帯。


一瞬、目が合う。


彼は何かを言いかけて……けれど、口を閉じる。


(フォートったら……)


彼が言いたいことは……なんとなく分かっていた。


今までのアリセアなら違和感を感じるものの、スルー出来たかもしれないけど。


「フォート、ちょっと話があるの……きてもらえる?」


フォートの前に立って、首を傾げながも静かに見つめる。

その瞳には以前のような優しさだけではない、凛とした意志の強さがそこにはあった。


アリセアの、髪の毛が、さらりと揺れ……彼女の魅力が奏でられる。


その、彼女がふと手を動かしたとき、

その指先からふわりと、春を思わせる甘やかな香りが立ちのぼった。


どこかで嗅いだことがあるーーそんな既視感が、フォートの記憶を揺らす。

保健室。静かな午後。あの時の昔の彼女と、今の彼女が重なる……。



「……あぁ」

言葉につまる。



フォートの戸惑うような視線の揺れ。


その顔で、アリセアは確信をした。





いつだったか、彼と魔力の件について、話し合った廊下の奥まったところに2人で移動をしたのだがーー




「フォート……もう知っていると思うけれど」

アリセアが振り向きざまに、彼に声をかける。


「……うん」


静かにこちらを見る目は、私の真意を探ろうとしているようだった。


「あなたが感じてた“違和感”、もう、ないの。……意味、分かるわよね?」


「……あぁ、分かってる。記憶、戻ったんだな」


驚きの色はなかった。


その反応に、アリセアは小さく息を吐く。


(やっぱり......)



「フォート……昨夜、屋内庭園にいたのね?」


「……え?……さぁ、知らないけど」



アリセアの強い視線にたじろぎ、フォートは目を逸らす。

軽口を叩く様子はなく、代わりに言葉を飲み込むような素振りさえあった。



(ほら……いつもの彼ではない)


いつもならここで。


「居るわけないだろ、俺の夢でも見た?」


なんて、笑い飛ばすようなところが……今の彼にはない。


その時点でアリセアは彼を疑っていた。


「前の私なら、誤魔化されたかもしれないけれど……」



髪を耳にかけながら、フォートをじっと、真っ直ぐに見つめると、彼は言葉に詰まったように、小さく呻く。

その頬は少しだけ赤かった。


「……誤魔化すなんて、そんなことはない」



ゆっくりと視線が私に向けられるが、その瞳は揺れている。


彼の発する言葉の節々が、表情が、いまのアリセアにとってはどれも違和感だらけだった。


「じゃあ、何故記憶が戻ったなんて分かるの?それに、フォートったら、以前、私の為に勝手にするって言ってたわよね?……それからもずっと疲労の影が見えた。私の推測が正しければ……夜は私を見守っててくれていたとしても、不思議ではないかなって」


記憶をなくした後の私も同じことを懸念していたから、すぐに推測はできた。


「これが、勘違いなら……とっても恥ずかしいわ。それでもね、その恥ずかしさを乗り越えてでも、フォートに、伝えたかったのは……」


戸惑いを滲ませる彼に。

アリセアは頬を染めながらも、しっかりと目を見て言葉を紡ぐ。


「今まで支えてくれてありがとう。色んなところで助けしてくれていたわよね?

……私が悩んでる時も、気がついたらそばにいてくれていたし。

困っている時は……励ましてくれた。

私が変わっても、貴方はいつも通りのフォートだった。それって凄いことだなって思ったわ」


「おれは……そんなつもりはない。確かに最初は戸惑ったけれど……アリセアだから……自然とそうしたくなっただけで」


ポツリと彼が呟き、視線を逸らす。


困惑したような、でも、どこか照れが混じった、緩んだ表情だった。


「その自然体なところ……尊敬してる。……こういう言葉……使うのはまだ恥ずかしいけど、これだけは絶対、貴方に伝えなきゃって、思って」


(……どんな時も、自然に助けてくれたのよね。私が気づかないうちから……あの時は言えなかったけれど。言えてよかった)



アリセアの言葉に、フォートは、目を丸くし、視線を逸らす。

その頬は明らかに赤かった。



「え、いや……アリセア、それはずるすぎるだろ」


「ず、ずるい……?……もう!……せっかく、勇気出して言ったのに」

(まるでユーグみたいな事言うのね……)



「それにしても。私たち……4月より前から、この学園で過ごしてたのね。私……以前は素っ気ないような、あんな態度だったのに……フォートはよくそばに居てくれたものね」

普通の人なら、嫌厭(けんえん)するところである。


「本当に……全部思い出したみたいだな」

口元をほのかに緩ませる。



「えぇ。……貴方との記憶、忘れていてごめんなさい、フォート」


「アリセア……本当に……そういうところに、おれは……」

一瞬、フォートが、切なそうな表情になる。


アリセアは戸惑った。


(フォート?)



「いや……もともと助けられていたのは俺の方だしな」


そう言って、誤魔化すようにして言葉を飲み込む。



「……ところで、俺がいたかもしれないって……ユーグスト殿下には伝えたのか」


「言っていないわ。だって……ユーグストは、私のことになると、誰よりも敏感な気がするの。もし、あなたの行動が誤解されてしまったら……きっと彼、迷わず動くと思うの。たとえば……拘束、なんていう強行手段も、あり得るかもしれないから」



ユーグストは基本的には優しい、けれど王族としての立場もある彼だから。

それに、今までの事を思い返したら……ユーグストが、フォートを意識しているのは明白だ。


ただ、アリセアは、フォートは、口や態度こそ軽いが、情の熱い人だと分かっていた。


(優しいから……きっと私のことも心配してくれてるのよね。フォートは、誰にでも優しくて、ちょっと調子が良くて……)

(あの時の“視線を独占したい”って言葉だって、私の反応をからかうような冗談だったんだわ、きっと)



……そう思うことにしていた。

そうでないと、胸がざわついてしまう気がして。


アリセアは小さく息をつく。

「もちろん、万が一の時は私も擁護はするつもりだけど」


「こ、拘束?……いや、そもそも付きまといなんかしてないし」


苦く笑うフォートに、アリセアも苦笑する。


「……それは言い過ぎたわ。ごめんなさい。……でもね、フォートを巻き込む訳にはいかないから……もう……大丈夫よ」



「……この件からは距離をおけってこと?」

フォートの目が、細められる。





アリセアが、少しの間をとって、頷く。



屋内庭園で、あの夜――精霊が現れた。

フォートはあいまいに話をそらしたから、実際にあの場にいたのかどうか、確証はない。

けれど……たとえ彼がそこにいたとしても、普通の人に精霊が見えるはずがない。

……そう分かってはいるのに、もし私に関わることで、彼まで精霊が見えるようになってしまったら。

そうなれば、今回の件どころか、もっと深く、思いもよらぬ形で事件に巻き込んでしまうかもしれない。


それが、何より怖かった。





「フォートにも、何かあって怪我されたら嫌なの」



大切な人を、巻き込みたくない。




「命令というより、お願いかしら。……今後……私がどうなるか分からないし」


言葉を濁すように呟く。




(アリセアが、どうなるかも分からないって……?)

フォートの胸が締め付けられた。

「……。なら……尚更だろ」



そして、そんなフォートの小さなつぶやきは、アリセアには聞こえなかった。


「え?」



「いや、……こっちの話。分かったよアリセア……とりあえず……記憶戻っておめでとう?」



ふっと首を傾げながら笑ういつもの彼の表情に、アリセアは温かい気持ちになった。


「ふふっ……ありがとう。そういえば対抗戦惜しかったわね。いい試合だった」



「あれね?……ユーグスト殿下、強すぎてびびったけどな」



「そんなこと言って、1番びっくりしたのは私よ!フォートが強すぎて見入っちゃったんだから」


「っ……」



アリセアの柔らかな笑顔に、フォートは見蕩れる。


アリセアはその彼の熱い眼差しに、気が付かなかった。


彼が、拳を握ったことも。


「昨日の試合で余計に疲れたからこんな時間に来たんでしょう?……今日も、早く帰って疲れをとってね」


「そうするよ。……じゃあな」


「うん、色々……感謝してるわ」


アリセアはフォートに、背を向けて歩き出した。



***


アリセアの背が遠ざかっていく。


記憶が戻ったら、まるで理想そのものだった。


優しくて、強くて……そして、少しだけ遠くなった。


もう、手を伸ばしても届かない存在。



そんな気がした。


(あんな風に言われたら、俺はもう、アリセアに近づいちゃいけない気がしてしまう)


だけど――それでも尚更。




“これからどうなるか分からない”なんて、そんな不安なこと言うから……だから放っておけない。


守りたい。


アリセアの、近くで、彼女の笑顔を……。



そんな時、だった。






「本当に?……本当にそれだけで満足してるの?」


「……違うよね?奪いたい、一人占めしたい、触れたいって……思ってる。どうして言わないの?」





ひゅっと喉が鳴る。

「っ、……」



誰かの――いや、“何か”の視線が、心の奥をまさぐったような感覚。

ぞわりと、背筋を冷たいものが撫でていった。


フォートはバッと周囲を見渡した。


教室や廊下からは、楽しげな話し声が漏れてくる。


窓の向こうには、日差しの中で笑い合う生徒たちの姿。


いつもと変わらないーー穏やかで、眩しい日常。




(なんだ今のは……)



学園に張り巡らしている魔力の網目は、反応もなく静寂を保っている。


だからこそ、不気味に感じた。




(気のせい……?いや……まさか、俺の心の声?)



「はっ……」


深呼吸をして、心を落ち着けようとするも、どこかザラつく。



先程の声が、耳の奥から離れない。



"本当にそれだけで満足?”


優しく、けれども鋭く問いかけるような言葉。



じわじわと内側を侵食されるような気がして、拳を握る。



もう……誤魔化せなかった。





「満足……なわけない」




胸の奥で、静かに燻っていた“欲”が、再び顔を出す。



フォートの瞳に、一瞬、濃い影が差した。


それは、彼自身がとうに気づいていた感情——


想いが、静かに形を変えていく前触れだった。




ーーーーーーーー

挿絵(By みてみん)

さて、ここまでよんでいただきありがとうございます

更新は週末を目処に

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