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59:開かれた扉

「……魔力暴走、だって?」

空気が変わる。


まるで庭園が一変し、深い森の中に迷い込んだかのような、重たくも神秘的な気配。


その声は、私たちの背後から静かに降りてきた。


木々の間ーーそこに立っていたのは、青い髪の青年。


学園の制服に身を包んでいながら、その佇まいには学生にはない威厳(いげん)と、得体の知れない“違和感”があった。


まるで、人間の姿を模しているような……

けれどどこか、ちぐはぐで、現実から一歩だけ浮いているような存在感。


「貴方……あのときの……!」


アリセアの瞳が大きく見開かれる。


「試練の時に見た……」


彼の背後は、陽炎のように揺れていた。

澄んでいて、けれどこの世のものとは思えない気配。


アリセアは思わず口にしていた。


「せ、精霊……?」



アリセアの呆然とするようなつぶやきに。


ユーグストの目が鋭く見開かれる。


そして――激怒。


「……まさかお前か! アリセアに魔力を渡したのは!」


ビリビリと空気が震える。

怒りの波動が、彼の内側から放たれていた。


ただの威圧ではない。

その根底には、アリセアを守りたいという強い想いがあった。



アリセアは、それをはっきりと感じ取っていた。


「っ、……」

それでも、青年は否定せず、そこで、立ちすくんでいた。

アリセアを気遣うように。



「ユーグ……」


震える手で、ユーグの、前シャツを握る。


「アリセア……」


「話を、聞いてあげて……」


ハッとしたように、けれど、ユーグストは唇を噛み締める。


「……君は……こんな時までっ……」


アリセアは、俺にすら弱みを見せまいとしていた。

けれど、ふとした瞬間、翳りのある表情。

冷たい指先、震える肩。


「君がどれだけ苦しめられて、どれほど怖かったか……あいつは分かっていないっ……それが悔しい」


言葉に滲む想いが、まっすぐアリセアの胸に届く。

優しさが、怒りの奥にある彼の愛情を照らしていた。


「ユーグ、ありがとう」



ユーグストの強い感情が滲むその声に、青年はかすかに身体を震わせ、足元の土が舞い上がる。


土埃が、彼の周りに囲むように滞在した。


「"土”の、精霊……?」


ユーグストの、低い呟きに、青年は眉を寄せながら頷き、胸に手を当て、お辞儀をする。


「本当に申し訳ないことをしたと思っています。まさか、魔力を渡したことで、魔力暴走が起きてしまうとは……」


「どんな理由があって彼女にこんなことをしたんだ……!」


怒鳴る声ではない。


けれど、こらえた声の底に宿る怒りは深かった。



「私の……せいなのです。あの子が封印されてしまった責任の一端は」


「あの子……?もしかして、試練の時に見た、閉じ込められたという、あの女の子……?」


その時急に、ズキンと頭が痛くなる。


そして、何故か夢幻の紅茶を飲んだ時に見た夢を思い出した。


ふと、脳裏に甦る。

確か名前は……。



「フィリーネ?」

アリセアの、言葉にハッとしたように、青年は目を開き、どこか切ない顔を見せる。



「そうです。フィリーネ。私の、大切な存在。……あの時、私は焦っていた。封印を解ける可能性に……すがりたかった」



彼の言葉を聞くうちに、アリセアの中で何かが動き出す。


青年の姿が、あの日の光景と重なった瞬間ーー


「っ、あっ……!」


「アリセア!?」


アリセアが、ここにいないような目をしていることに気づき、ユーグは思わず声を上げた。


その瞬間ーー


アリセアの視界が、光に包まれる。


膨大な記憶が一気に押し寄せた。


「……っ!」


走馬灯のように、記憶の断片が駆け抜けていく。



ーー母の膝枕で聞いた、優しいおとぎ話。


「貴方も素敵な人と出会えますように」

と温かな声。


挿絵(By みてみん)


ーー父の背中の温もりと、衣に染みついた柔らかな香り。

「リセは、私のお姫様だ」

慈愛に満ちた笑顔。



ーー幼い頃、不意に握られた手。

小さな花が咲く道を、戸惑いながらも並んで歩いた。

「迷子にならないようにね」

くすっと笑った赤毛の少年の声が、今も耳に残っている。



ーーフォートが差し伸べてくれた、そっと包み込むような手と、静かな優しさ。

「ほんと、アリセア嬢といると面白い」

形がぐにゃっと崩れたクッキーを手に、彼は笑っていた。

そのからかうような声に、思わず頬が赤くなった。


ーーユーグストの温かな微笑み。

舞踏会で緊張していた私に、いち早く気がついて笑いかけてくれた。

彼の優しい瞳が私を見つめて、ゆっくりと手を差し伸べる。

「俺の側においで……大丈夫だから」

……でも今度は、違う意味で胸が高鳴った。

あたたかいのに、少しだけこわいーーまるで恋を知る前の少女のように。





(忘れてた……全部、置き去りにしてた……)



(そうだ……私……あの日……!)





青年が陽炎(かげろう)のように、揺れた。


「魔力を渡したから、この姿が保てなくて……どうやら時間が来てしまった……。私は、干渉が出来ない……あの子の、封印を……どうか」


「待て!」


ユーグストの叫びが空を切る。

だが、土の精霊の姿は淡い光となって、静かに消えた。


「ユーグ……」

アリセアの声の雰囲気が変わった。


それは、何年も彼女と過した彼だからこそ分かったことかもしれない。


「アリセア……?」


まるで、何かを確かめるようにーーあるいは、祈るようにーーユーグストは彼女の頬に手を添えた。



その瞳は、今までとは違う意志の強さと、揺るぎない光を宿していた。



「ただいま、ユーグ」

ふわりと笑う彼女の笑顔に、ユーグストは言葉に詰まった。


「……リセ?」



「……思い出したの……全部」




目元を潤ませたまま、そう言った彼女の瞳には、

これまで見せたことのない、凛とした光が宿っていた。

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