52:揺るがぬ想いの激突~決勝~
試合が始まった。
2人が、開始と同時に瞬時に動き始めた。
アリセアは、フォートの放った炎に目を見張る。
けれど、その余韻も束の間。
ユーグストが鋭く駆け、低い姿勢から炎をなぎ払った。
それがどれほど難しいことか、アリセアでも分かる。
「んんっ……!」
直後、ユーグストの剣で巻き起こった旋風が、遠く、観客席寄りにいたアリセアの方まで届き、髪を乱す。
その衝撃に思わず息を止め、髪を押さえた。
一方、フォートの魔法も、やはり圧巻だった。
展開も、発動も、魔力も、すべてが桁違い。
しかもそれが、まるで身体の一部のように自然に放たれる。
教師たちも、言葉を失って見つめており......。
観客席は、水を打ったように静まり返った。
生徒が、無意識だろうか。
「今のは...なんだ...?」
思わずといったように、立ち上がっていた。
迫力ある戦いの幕開け。
それは、実戦さながらの隙のない二人の戦いだった。
緊迫感のある中、ユーグストがそのまま跳躍し、水魔法を纏わせた剣を、フォートへと振り下ろす。
それはまさにユーグストらしい、正攻法な攻撃の仕方だった。
刃が来るより前に、空気の弾丸とも言える衝撃波が来る!
その事を予期していたフォートは、即座に風魔法で魔法壁を張り、
同時に目を撹乱させるため、雷魔法を撃った。
轟音。
縦一線に走った稲妻。
空気を引き裂くような音とともに落ちてきた。
「きゃあっ」
アリセアは思わず耳を塞ぎ、身体を縮めた。
心臓がバクバクなりながらも、
ユーグストやフォートの無事を確認したくて、怖さを押し殺して顔を上げた。
ーーどちらも無事だった。
(良かった……)
ホッとしたのもつかの間。
何故か、2人の視線がアリセアに向かう。
「え?な。なに?」
(どうかしたのかしら)
困惑しながら二人を見つめると、ユーグストとフォートは顔を見合わせ、言葉を交わしている様子だった。
え......まさか。
わたしの叫び声が聞こえてた.....わけじゃないよね?
だって、他の人も悲鳴をあげてたし。
そう思っていたら、
2人はすぐに試合を再開した。
「えっと……大丈夫だったのかな?」
戸惑ったのは一瞬だった。
それから、アリセアは二人の攻防に目を奪われ続けた。
心は高鳴り、時に安堵し、時に震えた。
「舞え、見えざる刃よ――」
走りながらユーグストが詠唱を唱え、剣に青白く光る風がまとわりつく。
下から斜め上へ突き上げるような一撃、そして二撃と。
幾度も左右に剣を振り抜く。
連続攻撃で練り上げられた風は、円盤のように、高速で回転しながらフォートへと向かう。
その鋭い攻撃にアリセアは息を呑む。
けれど。
(……凛として、澄んだ剣筋)
その姿を見て、アリセアは胸の奥に小さな震えを覚える。
どこかで触れたことがある気がした。
遠い記憶。
(もしかして……記憶を失う前の私が、知っていたの?)
それにしても......。
(ユーグの剣の周りの空気が歪んでる)
凄い威力なのが伝わってくる。
それでも、ユーグストは表情一つ変えず、涼しげな顔のまま剣を振るい続けていた。
その冷静さの裏に秘められた、鋭くも美しい剣技。
まるで舞っているかのように、優雅で、流れるような動きだった。
「くっ......!」
フォートは苦しげな表情を一瞬浮かべる。
それを同じ風魔法で遮断し、風の刃を横に受け流し、威力を半減ーー空中に拡散させる。
今日はすでに、あれほど走って、魔法も使っているのに……二人とも、持久力が異常だ。
けれど、心の片隅に引っかかるものがある。
(さっきのフォートの雷魔法……どこかで……)
そんなモヤモヤを抱えながらも、試合は、開始から10分。
どちらも、一歩も引かない。
幾度も魔法が交錯し、地面には焦げ跡と水たまり、渦巻く風の痕跡が残されていた。
一瞬、フォートの瞳が私を捉える。
(あ......フォートの顔が)
必死だった。
何かに追い詰められているかのように。
その真剣な眼差しは、普段の彼とはまったく違っていて、アリセアの心は揺れる。
そこへ、ユーグストが踏み込んだ。
地を蹴り、鋭い一撃でフォートの足元を狙う。
「フォート。どこを見ている? これはアリセアへの想いを懸けた戦いだろう」
その言葉と共に、水の魔法が剣へと宿る。
「水よ、流麗に受け流せ」
短い詠唱のあと、閃く刃。
フォートは咄嗟にかわそうとしたが、バランスを崩して体勢を崩す。
「っ……引き下がるわけにはいかないんだよ、俺だって!!」
叫びと同時に、跳躍。
空中で体をひねり、詠唱を重ねる。
炎と光の巨大な柱が。
天から地上へ一気に駆け落ちる。
だが、ユーグストの水の剣がそれを横一線に切り裂いた。
剣が描いた軌跡に沿って、炎と光の粒子が舞う。
それはまるで、花がふわりと咲いたかのようだった。
続けて、バチバチッ、と小さく火花がはぜる音。
「フォート、お前...」
ユーグストが眉をしかめ何か言いかけて、いや、と、首を振る。
と、その時だ。
アリセアはここでようやく気づく。
(あれ?さっきまでの轟音が……今はほとんど聞こえない?)
フォートが詠唱した先程の炎の柱も、ユーグストが剣を振るたびに鳴っていた衝撃音すら、今は感じない。
ただ風が通り抜ける音だけ。
「でも……音を消せるなんて、どうやって?」
音は空気の振動。
ならば、これは——その振動自体を制御している?
空気に触れる前に、音の衝撃を柔らかく遮断しているような……。
(戦いながら、そんな繊細な制御を……?)
さっき、二人がこちらを見ていたのは……
「まさか......」
(私の悲鳴を……気遣ってくれたの?)
頬が熱くなる。
これが本当にそうならば。
(どうしよう...2人の気持ちが嬉しい)
それからも、攻撃の応酬は、もはや生半可な速度では目で追えないほどだった。
「すごい……っ」
アリセアは思わず、息を飲む。
観客席のあちこちから、感嘆と歓声が漏れた。
「殿下...切り込み方が容赦ない。あんなのまともに食らってみろよ、ひとたまりも無いぞ」
「フォートも、魔法持久力が凄すぎる」
さらに、教員席の一人が目を細めて、掠れた声で呟く。
「2人は……尋常じゃない」
一歩、また一歩。
「風よ、その慈愛を持って今ここに」
ユーグストの青白い光を放つ斬撃で、フォートへと距離を詰めるたび、フォートは僅かな差で退く。
「だから、はやすぎるって......!!」
フォートは眉を寄せる。
しかし、それでも、まるで踊るような回避。
重なる魔法。
「空を切り裂け、緋雷よ!!」
フォートの詠唱が走る。
ユーグストは僅かにくちびるを引き締める。
雷と炎が混ざり合い、矢のように一直線に放たれた。
空から落ちてくる雷の閃光に、観客席が悲鳴を上げる。
その矢が放たれる直前、ユーグストはすでに足を止めていた。
彼の目は、——空を見ていた。
(来る…!)
「風よ、舞い上がれ。水よ、刃となれ――蒼天にて交わり、我が剣に従え!」
ユーグストが素早く剣を上に振り上げる。
雷撃の着弾よりわずかに早い。
剣先から放たれた風と水の刃が、上空で渦を巻くように交錯し、ひとつの竜巻を形作った。
そこへ、雷が落ちーー爆発。
水蒸気が巻き上がり、2人の周辺の視界が白く曇る。
まるで霧の中にいるように、会場全体に広がっていく。
「防ぎ……いや、軌道をずらした…?」
教師の一人が目を見開いた。
アリセアの心臓がまた跳ねた。
(どっち……!?)
しばらくして、水煙が晴れたその中から、剣を構えたユーグストと、静かに立っているフォートの姿が現れた。
けれど。
「2人とも...笑ってる」
まさか、この緊迫した状況を、楽しんでいる?
その彼らの余裕のある表情に、アリセアは言葉を失った。
「やるね、殿下。」
「……そちらこそ、驚いたよ」
その応酬のわずかな間さえ、観客の息を止めさせる。
ユーグも、まるで疲れを知らないように、真剣な表情で......。
その気迫に、アリセアの心が揺れる。
(ユーグも、まるで何か背負っているものがあるかのよう)
そうして後半へーー
「は……はっ、...」
フォート、ユーグストは、流石に息が荒くなってきているように見えた。
魔力の消耗は、確実に二人の体を蝕んでいた。
勝負がつかない場合、試合は30分で勝者の判定をされる。
もうすぐ、30分。
どちらも負傷ポイントが……。
「ゼロ……?」
アリセアは得点板に表示された点数を見て絶句する。
(こんなの……見たことない)
教師たちも固唾を呑んで見つめているようだ。
「おい、今のうちに体力回復ポーション用意しておけ」
「は、はい」
頼まれた生徒が慌ただしく駆けていく。
アリセアも、その緊迫した雰囲気にのまれていった。
時間もなく、覚悟を決めたのだろうか。
フォートがユーグストの攻撃を受け流しながら、走り詠唱する。
「え...この詠唱って、まさか」
アリセアの言葉に、近くにいた教師も顔色が悪くなる。
空気が震え、雷と火の魔力が、二重に展開されていくのが分かった。
「魔法陣が2つ......二重詠唱......」
まるで炎と雷が交差する災害のような、圧倒的な威力。
それでも、ユーグストの表情は変わらない。
そこにはただ、何かを見極めようとする冷静さがあった。
(こ……これこそが、本気のフォートなの?)
けれど——次の瞬間。
フォートの瞳が、ふと空中の一点に向けられる。
まるで何かに気づいたように、視線が揺れた。
そして——詠唱が、ぴたりと止まる。
(え?何?)
アリセアも彼か見つめる先を見るが、ここからでは分からない。
フォートの眉がわずかに寄り、歯を食いしばる。
苦悩と焦燥、そして何より――
『守りたい』という強い意志が、その顔に浮かんでいた。
彼は咄嗟に、まるで大切なものを掴むように、空中に手を伸ばしーー
その一瞬の隙。
ユーグストは逃さず、動いた。
「美しき清き奔流よ、自然の力を一点に。
——いま、刃として放たれよ。」
ユーグストが、剣に纏わせたのは、水の魔法力を極限まで圧縮した力。
彼の顔に青白い光が反射し、ピリピリとした静電気が剣にまとわりつく。
ユーグストの声が、研ぎ澄まされた空気を切り裂くように響いた。
彼の剣に纏ったのは、水の魔力を極限まで圧縮した“一点の力”。
蒼く、鋭く、ほとばしる一閃。
そして、彼の剣が、フォートの右肩に触れーー。
試合終了のブザーがなる。
「勝負あり!!」
審判の声が鳴り響く。
「お、終わったの……?」
アリセアは目を見張り、2人の方へと目を向けた。
「勝者、ユーグスト・アルゼイン殿下!!」
わあああああ!
フォートは片膝立ち。
ユーグストはその剣で彼の肩に触れていた。
試合が終わり、2人のベールがふわりと光の粒子になって消えた。
歓声が鳴り響き、拍手の波が押し寄せる。
騎士科、魔法科のどちらの教師たちも駆け寄り、2人と握手を交わしていた。
「ユーグ、おめでとう……! フォートも、本当に……凄かった……!」
声にした途端、胸の奥に込み上げた想いが一気に溢れ出す。
アリセアは、ただ目の前の二人を見つめながら、言葉にならない感情に身を委ねた。
瞳の端に、熱いものが滲む。
堪えようとしたのに、気づけば、ぽろりと涙がこぼれ落ちていた。
それを、そっと指で拭う。
(2人とも、ただ真っ直ぐに、想いをぶつけあうような......素敵な、輝いていた試合だった)
胸が熱くなりながら、震える手で、2人に小さく拍手を送った。
そうして改めて周りを見渡すと。
感極まって泣いてる生徒や、呆然と立ち尽くす他の科の先生方。
(二人の戦いが、こんなにもみんなの心を動かしてるなんて)
そうしてしばらくして、フォートと目が合う。
切ないような、そんな眼差し。
けれど、ふっと淡い微笑みを浮かべるようなーー。
なぜだか、胸がきゅうっと締め付けられた。
負けたから、とは説明がつかないような表情に、アリセアはどう言葉にしたらいいのか分からなかった。
(フォート......どうしてそんな顔を?)
まるで彼がどこかに行ってしまうような......。
そして、次はユーグと目が合う。
彼もまた、笑いかけてきた。
疲れは見える。
けれど、温かな陽だまりのような柔らかな笑みだった。
(ユーグは、いつだって、私にほっと安心するような笑顔をくれるのね......)
守りたいと思ってくれているかのようなその瞳に、温かな気持ちがじんわりと広がっていく。
戦っている時とはまるで違う表情。
どちらの彼も素敵だけど、自然体な彼が1番だなと思った。
けれど。
(とても素敵な試合だった......)
2人が誇らしくて......たまらない。
「お疲れ様、ユーグ、フォート」
その声は震えていたけれど、誰よりも優しく、誰よりも温かかった。




