㊼男性はこれだから
「ここ……少し肌寒いですね」
「どうやら冷却されているようだね」
アリセアが、ユーグに抱えられて、室内に入る。
その空間は、教室がいくつも入るくらい広い地下広場だった。
その部屋の中央に、果たしてミクリヤ球はあった。
黒く滑らかな球体が、白い石の台座の上に溜まった水流の上に浮かぶように鎮座されていた。
その水は球の周囲を巡りながら、わずかな力で球体を押し上げ、ゆるやかに球体を回転させ、冷却している。
「ミクリヤ球……水で回転してるのね……」
「うん……さすがの仕掛けとしか言いようがない」
「ここまでミクリヤ球がまもられているとしたら、イタズラはしにくそうですが……」
ヤールが、球体に1歩近づくだけで、痺れるような感覚が足に伝わってくる。
まるで、ここから先は神域だと言うように拒否されているようだ。
「……精霊の気配も、なにも感じないな」
ユーグが、そっと目を閉じて集中するも、なにも感じなかった。
「あ……あの、ユーグ…」
アリセアは遠慮がちに彼に顔を向けた。
「ん?あぁ、もう大丈夫そうだね」
アリセアは、ユーグストにおろしてもらって、自分の足で立った。
まだ少しふわふわしたけれど、もうーー大丈夫。
そうして少し離れたところから、3人で観察するに留まる。
「ミクリヤ球は、外部からの干渉はできるのかしら」
伏し目がちのアリセアは、悩みながらそっと言葉を紡ぐ。
「ミクリヤ球は本来、精密に制御されている装置であり、学園長や教師以外の干渉は難しい」
「それなら……なぜあの時水量が膨大に増えたのか……改めて考えると……」
アリセアは、自らに問うように呟いた。
内部の人間の犯行、もしくは、やはり、人ならざるモノの影響?
アリセアがそう考えていると。
「……強力な魔法エネルギーや特異な波長が共鳴した場合、制御外の現象が起こる可能性はあるかもしれないね。学園側も内部犯行か、ミクリヤ自体の不調か、何らかの影響か、その可能性で調査はしていたようだけど」
ユーグストは思案するように、言葉を選びながら話し出した。
「それなら、あの時、強大な魔法力だから、ユーグスト殿下のも、ミクリヤ球に、影響を与えることが出来たのかしら」
「先生方が制御作業中だっただろう?
そのとき、魔法力を少し補っただけだから、
ミクリヤ球にとっては“協力者”として扱われたのかもしれない」
「なんだか……生きてる人間みたい」
「確かに。魂が宿る仕掛けがされていてもおかしくなさそうだね」
くすりとユーグスト殿下から笑われた。
あ……絶対からかってる。
アリセアは少しだけ頬が熱くなる。
その間に思案していたヤールが、こう言った。
「ユーグスト殿下、アリセア様、……俺がミクリヤ球を操れるか実験してもいいでしょうか」
「え!?操る?……大丈夫なのですか?」
ーミクリヤ球が悪用されたら、暴発する危険性があるー
あのユーグの言葉が、アリセアの頭に思い起こされ、不安に駆られる。心臓が痛いほどに鼓動が騒がしい。
「俺の魔力も膨大だと自負しております。俺が一時的にとはいえ、干渉して、……そうですね、学園の灯りを一瞬とめれるか。試してもいいでしょうか」
ヤールがユーグストに続き、アリセアを見つめた。
真剣な眼差し。そこに、迷いはなかった。
その提案に、一瞬の沈黙。
そして――
「もしもの時はミクリヤ球の衝撃波は……私が抑える。
……試してみる価値はあるね」
ユーグストの声が響いた。
淡々として、穏やかで、それでいて――揺るがない。
「ユーグ……抑えるって、まさか……衝撃波を、ユーグの身一つで?」
そう理解した瞬間、全身に寒気が走る。
不安と恐怖が心をかき乱した。
それに、学園長にも相談なしに?
「大丈夫、悪用したらと言っただろう?今回のはただの実験だから」
ユーグストがそう言ってアリセアに顔を向けるが……。
「……どうして、そんなに楽しそうなんですか……」
そのユーグの顔に、なぜか――楽しそうな色があった。
アリセアは、ぽつりと呟いた。
心臓が速くなるのは、不安からなのか、それとも……
(……本当に、男の人って、たまにとんでもない無茶をするのよね)
アリセアの中で、どうしようもない焦燥と、彼らへの複雑な感情がせめぎ合っていた。
「実験が失敗したなら、……それはミクリヤ球が判断して俺の魔法力を弾いたと仮定。内部犯行以外で、それなら、やはり原因となったのは共鳴の方の可能性が高まる気がするんです」
「うん、理にかなっているよ」
「もう、……だから、2人とも口元が笑ってます!」
アリセアの哀愁を含んだ声色が部屋に響いた。




