㊵君の中にある隠れたモノ:後編
「僭越ながら、これは私の勘ですが……お2人が気にされているのは、どちらかというと精霊ではありませんか?」
「その通りだ」
「ですよね?七不思議を調べていたなら、もうお気づきかと思いますが……確かに人でも起こせるレベルの事象が起きています、
けれど。
あれは精霊が起こしていても不思議ではありません」
「精霊が……」
アリセアは、ぽつりとつぶやいた。
「それで……この学園に古くからまつわる話でしたが……初代学園長が、精霊と特別な関係であったと、つたえられておりますよ」
そう言って、エルリオはユーグスト殿下を見やる。
「あ、これもすでに調べていましたか?」
「あぁ。……エルリオ、君は本当に博識だね。その情報は……学園以外のものじゃないか?」
ユーグストが、感心して彼を見つめ、目を細める。
「趣味ですので。……なるほど、後押しが欲しかったのですね」
後押し……そっか、ユーグストも、独自に調べてくれたのね。
私がユーグを見つめていると、彼はこちらを見て優しく笑ってくれる。
「それにしても、エルリオ様は、趣味の範囲が凄いですね」
アリセアの言葉に、エルリオはゆっくりと頷く。
「魔道具制作には、精霊の力をかりることもあるので、気になったものはついつい寝食も忘れて調べてしまう。これは私の悪い癖ですね」
エルリオの好奇心の範囲は一体どうなってるのだろう。
でもきっと、全ては魔道具制作の為に、情熱は向けられているのだろう。
アリセアはそう思った。
「エルリオ……七不思議が、精霊の仕業かもしれない可能性に気づいたのに、よく傍観者にいられたね?」
ユーグが、苦笑する。
「ユーグスト殿下、こう言ったら聡明な貴方には怒られるかもしれませんが……。
私は魔道具制作に集中していると、本当に周りが見えなくなって……
言い方が悪いかもしれませんが、他の事はどうでもよくなると言いますか……」
エルリオは、困惑しながらも、さらっと本音を吐露する。
「そんな気がしていたよ。ただ、……一言学園に進言しておいてくれたら……」
ユーグが苦く笑いながら苦言を呈す。
「すみません」
エルリオもそこは自覚しているようで、申し訳なさそうな顔になる。
そうして私たちは部屋を後にした。
「また来てくださいね、アリセア嬢」
ドアを開けながらエルリオがにっこりと笑う。
「はい、ぜひ」
お話が聞けてよかった。
アリセアは一礼して、退室しようとしたが……。
「アリセア……おめでとう。しかし、君も難儀だな」
「え?」
それまで“アリセア嬢”と呼んでいた彼の口調が、ふいに変わった。
柔らかく、どこか素のままのような、距離のない言葉。
耳元でそっと囁かれて、アリセアは驚いて彼の顔を見上げる。
「どういう意味ですか……?」
少し戸惑うように問い返すと、彼はただ微笑んだ。
咄嗟に、ユーグストの居場所を確認する。
ちらりと見ると、他の研究員と話していて……。
困惑しながらも、エルリオに視線を戻した。
「魔力が……増えたのか」
「……!……どうして、それを」
「……だけど、君の意思ではなかった、そうだな?」
「エルリオさま……っ、気がついていたんですか」
「当たり?」
ふっと笑いながら言われ、アリセアは計られたことを知る。
その笑みを見て、……ほんの少しだけ、懐かしいような気がした。
心のどこかが落ち着くような感覚がある。
「エルリオ様……」
困惑顔のアリセアに、彼はそっと眼鏡を外した。
その顔は真剣な表情で。
アリセアはドキっと心が跳ねた。
「どうやら……君の中にある魔力は……たしかに精霊の気がまとわりついているように"感じる”……気をつけろ」
「感じるって」
まさか……。
アリセアのその視線に気がついたのか、エルリオは眼鏡を見ながらそれを、胸ポケットへとかけた。
「見えすぎるのも、困るな」
エルリオが作成した眼鏡……魔道具に、アリセアは驚きを隠せなかった。
隠れている人をみつけるだけでなく、精霊の気配さえも感じるだなんて。
悪用されたらシャレにならない……。
「大丈夫。これは俺にしか使えないから」
「そ、そうですか」
アリセアの言いたいことが分かったのか、彼はにっこり笑いながら言った。
しかし、なら安心ですね、とは……
失礼かもしれないけど、ならない気がした。
「あ。……それと、アリセア。これ」
そう言いながら、深く優しい目をして見つめてくれる。
「え……?これは」
透明な水晶と、黄色のシトリン水晶が連で続いているブレスレットを渡された。
彼は、少し間を置いて、アリセアから目を逸らした。
「これは、以前アリセアに渡そうと思っていた贈り物だ。作ることに集中してしまって、渡すのをうっかりしていた」
「わ……!素敵なクリスタル。でも、何故?」
両手の上には、透明感のある素敵なブレスレットが光っている。
とても、うつくしい。
「君が来てからこの魔法塔は以前よりも活気が出て、住みやすくなった。
研究費の向上の進言をしてくれたと聞く。
そのお礼も兼ねて前々から作っていたんだ」
「そんな、……気を使わなくても」
アリセアがそう言えば。
彼は小さく息を吐き、私に目を合わせた。
「いや、そうは言っても俺も君に渡したかったから。
楽しく研究出来ているのは君のお陰だ。
ありがとう、アリセア……」
ふっと、エルリオがほほ笑む。
「エルリオ様……」
優しい言葉が胸にしみて、アリセアは目を細めた。
「この水晶には、古の加護が宿っていると言われているんだ。
君はいづれ、……王族へと嫁ぐだろう?
『数奇な幸運』——困難の中でも、希望が芽吹くような運命をもたらす力がある、これがきっと、きみにぴったりだと思ったんだ。」
「困難な中でも……」
彼の、心遣いに、じんと嬉しさが広がった。
「"アリセア嬢”……君は間違いなく素敵な女性だ。これから先、迷うこともあると思うが、その時感じた君の気持ちが大切だ」
「気持ち……?何か知ってるんですか?エルリオ様」
「いいや……何も。ただの推測から念の為進言しているだけだ。私は傍観者だから」
「傍観者……」
アリセアが首をかしげたとき、彼はふっと遠くを見るようにして呟いた。
「俺は……以前、大切な人を助けようとして力を使い、結果としてその人を傷つけてしまったことがあるんだ。
精霊の力は時に繊細で、時に残酷だ。それを、忘れないようにしているから。」
「……」
「だから今は、直接手を出さずに、誰かのためになるものを静かに作っていたい。
贖罪……なのかもしれないね」
その言葉には、少しだけ寂しさが混じっていた。
「そうだったのですね…エルリオ様、話辛い事を教えていただいてすみません」
伏し目がちになったアリセアはそっと呟きーーエルリオと視線を合わせる。
「……でも、見守って下さりありがとうございます」
私が嬉しくなって微笑みながらそう言うと、エルリオ様が、虚をつかれた表情となって、一瞬、口をとざす。
「……アリセア嬢からお礼を言われるのは、なんだか擽ったいものだな」
ふっと、笑いながら彼は言うが、その頬はどこか、赤らんでいる。
「あ……!」
そうだった。
なかなか素直な気持ちが言えなかった過去の私。
きっとエルリオ様にも感謝してるのに……言えてなかったのかも。
「また、おいで、アリセア」
そう言って、エルリオは優しい眼差しを向けて……。
今度こそ扉を閉めた。




