㉒それだけ魅力的だから
季節は6月。
私たちは昼間に、トリバス学園を探索してみる事にした。
あれから、顔を見る度に、私が真っ赤になってしまうのを見て、ユーグストはからかうような笑みをしてきて。
なんだか、距離が一気に縮まった気がして、ドキドキが強くなる。
でも、今はとにかく集中しないと。
「アリセア、こっちに行ってみよう」
ユーグの声に、私は導かれるように歩き出した。
今日は動きやすい黒色のショートブーツに履き替え、長い髪を、ポニーテールにしてみた。
魔法塔から図書館への道のりは、意外と距離は近い。
歩いて5分もかからない、と思う。
あの時思い出した記憶の中で、何かの気配がした塔の周辺エリアは、今は特に異変もない。
「今日は、むしろ爽やかな風がふいてます」
「そうだね、心地よいくらいだ」
気持ちの良い風が吹き、小鳥が木々の上で歌う。
倒れていた場所の回廊の周辺も異常なし。
「特に異常はない……かな」
ユーグが周りを見渡しながら呟いた。
「振り回してごめんなさい、ユーグ」
せっかくのお昼休みを探索に費やして、申し訳ない気持ちに支配される。
だが……。
「アリセアとこんなに学園内を歩くこと自体、あまりないから、"俺は”実はデートのつもりで来ているよ。だから、気にしなくていい」
「……えぇっ?!」
自分でも知らずしらずのうちに、今回の件を思い悩んでいた。
だけど、そのユーグの意外な言葉に、肩の力がすーっと抜けていくのを感じて。
きっとユーグは、"大丈夫だ”って、私を励ましてくれているのだろう。
彼の温かい笑顔と優しい気遣いに、アリセアは感謝した。
ユーグが婚約者で良かった。
次に向かった先は、小川。
魔法塔から出て南東の位置には、小いさな川が流れており、花々がその両岸を彩っていた。
その小さな川には可愛らしい古い石畳のアーチ状の橋がかかっていて、その場所から小さな魚が泳いでいるのが見える。
川が澄んでいて美しい為、この周辺を、憩いの場として、昼間も過ごす生徒が、ちらほらいた。
川辺の景色を、写生してる人もいるのね。
……あ!
「可愛い」
アリセアが、橋から少し身を乗り出してカラフルな小魚を見ていると、ユーグが淡く微笑む。
「ほんとだ、可愛い」
まただ。
「……うぅ」
ユーグは魚を見ておらず、私をまっすぐ見つめて言ってた。
ユーグの言葉に対しては、素直な反応を表現したいとは常々おもっていたのだが、やはり限度というものがある。
私に記憶が多少戻ったからか、この前のキス……の事があったからか、ユーグは私に対して遠慮がなくなってきたようにも思える。
今までは自分のことを、"私”とよんでいたユーグだったけれど、
会話をしている中で、たまに出る俺、に、ドキッとする。
気を許してくれたのかもしれないと、アリセアは内心で嬉しく思っていたのだけど。
それと同時に、殿下もやっぱり男性なのだと実感して、ドキドキしてしまう。
ユーグストは、こういう甘い言葉を、自然に惜しみなく捧げてくるようになった。
むしろ、今まで記憶をなくした私に遠慮していた反動なのか、おそらくだけど、さらにパワーアップしている節があるのではないだろうか。
今はいないけど、先程居たヤールが、私たちの会話を聞いてこっそり笑うくらいだものね。
ユーグストは何度私を赤面させてくるのか。
はっきり言って心臓が持たない。
「つ、次行ってみませんか?」
「あぁ」
誤魔化すように、ユーグの背中を押して次の場所へと移動する。
だけど、またしても笑ってるのバレバレですからね!
川の近くの塔を起点とすると、東側に図書館と貴族校舎がある。
その奥は魔法演習施設。
初日にアリセアが魔法演習を行った施設である。
塔から見て西側には平民用第2校舎もある。
貴族校舎正面前は例の芝生のある噴水広場があるものの。
今はあの事件のせいで噴水の水はとめられていた。
そしてさらに翌日。
今度は放課後の学園。
同じように髪を後ろの高い位置にまとめたが、今回は両サイドから編み込みも加えてみた。
今度は茶色のリボンで髪を彩る。
昨日、ユーグにデートのつもりで来ているという言葉を意識した訳では無い。
……決して。
なんて言いつつも、今日もまた、可愛い動きやすい、色違いの茶色のショートブーツを履いてきた。
やっぱり意識しちゃってるよね?
「アリセア、疲れてない?」
「大丈夫です!」
連日色々動いてるので、疲れを心配してくれるユーグに、私は問題ないと笑って見せた。
心配掛けないように、むしろ体力をつけておかなければならない。
塔から北方面には騎士科の演習施設と広場がある。
厩も左手にあり、アリセア達が近くを通ると、馬が嘶く鳴き声がした。
騎士科の前を通るときは、なんだか魔法科とは違う熱気を感じる。
男性主体の騎士科だからかな?
女性もいるけど数が圧倒的に少ない。
また違った雰囲気なのだ。
通り過ぎる生徒は、魔法科生徒よりも体格が良い人が多い気がする。
ちらっと隣にいるユーグを見やる。
アリセアでも、制服の上から彼の引き締まった体格がみてとれた。
「ここは来たことないです」
「用があるときは、いつも"私”がアリセアの教室に行くからね」
「そうですね」
ソワソワするような、少し浮き立つ気持ちが湧き上がる。
騎士科に所属しているユーグストは、やはりここでも人気なのか、騎士科の生徒たちがちらちらとこちらを見てきた。
さすが殿下。
人気の高さに凄いと素直に感心していると、いきなりグイッと身体を引き寄せられた。
「ひゃっ、いきなりどうしました?」
「やっぱり夜に来ればよかった」
「よ。夜?!」
私は夜の方が不気味で様子を見に行ける自信がないのですが。
アリセアが戸惑うも、ユーグは歩みをとめない。
結局、わけがわからないまま、ユーグに腰に手を添えてエスコートを受けた。
次々に騎士科の施設内に案内されるものだから目まぐるしい。
武器、防具部屋、実習室、室内演習場、3階にあるユーグの教室、いくつもの部屋を、みてまわったのだが、それぞれの場所に生徒がいて、こちらを見る視線が痛い。
「あの、ユーグ」
ユーグの、普段とは違う強引な行動に、私は戸惑いを隠せない。
さらに声をかけようと見上げると。
「アリセア、ここで最後だ」
ユーグは左胸のポケットから魔法鍵を取り出し、鍵穴にさして解錠した。
「ようこそ屋上へ」
騎士科の屋上に足を踏み入れるのは、初めてだった。
けれど、遠くに見える魔法科の校舎も、図書館も、魔法塔も、どこかで見慣れた風景が、ここからはまるで別世界のように広がっていた。
学園全体を包むような静かな風が吹き抜ける。
「わぁ……すごい」
思わず口から出た感嘆に、隣にいたユーグストが、微笑んだ。
「ここからだと、景色が一望できるんだ。アリセアが気にしてるようだし、俺も一度、騎士科を案内したかったのもあって、ちょっと連れ回してしまったかな。歩き疲れただろう、ごめん」
「普段、ユーグがどんな所で過ごしているのか見てみたいっていう、私の気持ちに気がついてたんですか?」
どうして?
私のソワソワ感を、見透かされていたなんて、恥ずかしすぎる。
アリセアは、頬が熱くなるのが分かった。
「見ていたら分かるよ」
「え……」
静かに微笑む彼の言葉に、またもやくすぐったさや、嬉しさが込み上げる。
なんてことのない私に、どれだけ深い愛情をくれるのだろうこの人は。
やがて彼はそっとアリセアの耳元で囁く。
「今度、もし俺とデートしてくれる時は、項をかくした髪にして欲しいな」
「え?」
「アリセアの魅力的な姿は、他の奴に見せたくない。さっきだって、皆の視線が、君に釘付けだった。……アリセアはそれだけ可愛いからね」
「っ……、ユーグ」
ユーグの台詞に、私は今度こそ心をグズグズに溶かされ、甘やかされた。




