㉑そばにいたかったのに
気がついたらソコにいて、
ここから出られないのだとわかった時。
これが人間で言うところの、絶望なのだと、初めて理解した。
1人は、ただ寂しい。
たまに蜃気楼のように外の風景を見ることができるのだけど、そこはいつものように、自分がいないだけで日々が過ぎていく。
新緑の中に花が咲き、そして散っていく。
雪が舞い降り、1年に1度、夜空には虹も出るが、その輝きは一瞬だ。
『ごめん、フィリーネ』
悔やむような、切なそうな、そんな彼の声が、思い出される。
小さな頃から彼とは"仲良し”で、いつもそばに居た。
彼は知らなかっただろうが、実は赤ちゃんの頃からそばにいたんだ。
それなのに、……悲しませてしまった。
今度こそ、と思った想いは、残酷にも砕け散って。
確かなことは、彼に、嫌われたのだろうと言うこと。
人間のように、時間の長さをはっきりと感じることはないが、これが途方もない時間を過ごしていることだけはわかる。
いつか、それでも。
あの人に会いたい。
そう願ってしまう。
*******
(フィリーネ??)
無意識に、"その子”に手を伸ばした。
指先が、ふわりと揺れる光に触れた気がして……。
その瞬間、世界が崩れるように白く染まった。
「アリセア……アリセア!」
ハッと目を覚ますと、そこは王宮の一室だった。
あ、そうだ私。
目を開けると、ユーグスト殿下が困ったように微笑み、私を覗き込みながら起こしてくれていたところで。
「アリセア……大丈夫か?……涙が」
「え?」
上体を起こすと、頬が濡れていて。
「あ……ごめんなさい!夢を見て……」
急いでハンカチで拭う。
「悲しい夢でも見たかな?ソファに座ったまま、寝ているからどうしようかと思ったよ」
「大丈夫です!すみません、すっかり寝てしまっていて」
今日は、授業を欠席して、王宮に進捗状況の報告をと、ユーグスト殿下とご挨拶に伺っていたのだった。
それなのに、挨拶が終わった途端に、安堵してしまったのか、客室のソファで寝てしまうなんて。
青ざめる私に、ユーグは笑って。
「大丈夫だよ。むしろこうして気を許してくれるのは嬉しい」と声をかけてくれる。
どこまで優しいのだろうか。
私も早く気遣いができる人になりたい。
それにしても。
アリセアは、周りの部屋を見渡しながら思う。
シンプルな白い花瓶にはカラフルなお花。
ガラスのテーブルの上には、白いティーカップがある。
そのティーカップの中の紅茶の上には、小さな食用のお花が浮かんで可愛らしい。
その紅茶から、鼻腔をくすぐる甘い香りがふわりと漂ってきた。
どこかクセがあるテイスト。
だけどとても美味しくて。
ユーグスト殿下が、退席していたことを詫びながら、向かいったソファ席へと座る。
「もしかしたら、君が夢を見たのは、この"夢まぼろし”を、飲んだせいかもね」
ユーグは、ポットから自分で紅茶を注ぎ、ティーカップへとうつす。
色味は普通の紅茶と変わらない。
「夢、幻?でしょうか」
「そう、実はこれも、王宮専属医師の1人、その方の実家の領地で作られている紅茶なんだよ」
「王宮専属医師……もしかして、あのポーションを作られた方の家系ですか?」
「あぁ。ソードの実家では、こういう薬用健康紅茶の茶葉も作っているんだ。ほかにも、リョクチャなんかもオススメされたんだけど」
「リョクチャ……夢まぼろしも、そうですが、聞きなれませんね?」
記憶を辿るも、私の知らない名称で。
「そうなんだ。リョクチャは昔から作っていたようだけど、最近になって流通させる為に私に試飲してもらいたいとのことで、お試しで貰ったんだが、苦味もありながらもどこか甘く、まろやかで良かったよ」
思いを馳せているのか、ユーグが楽しそうに教えてくれた。
「苦味……それは確かに、珍しいです」
「珍しいね。だけど、それが意外とさっぱりして飲みやすい。……それで夢まぼろしの話だったね」
「はい」
「この紅茶は、リラックス成分が入っているようでね」
「あ。だから薬用、健康紅茶なのですね」
「そう、その人の潜在意識に働きかけて、リラックスさせたり、寝る前に飲めば、不思議な夢も見せてくれるらしい」
「不思議な夢……ですか」
「これと決まった夢では無いらしいのだけれど、私もこれを飲んだ夜、夢を見てね」
ユーグは嬉しそうに口を開く。
「アリセアと空を飛ぶ夢を見たんだ、面白いだろう」
「ふふっ、それはなかなか面白い体験ですね」
「アリセアも、リラックス出来ればと思ったのだが……夢の内容は……聞いても大丈夫だった?」
「あ……。はい、おかしいとおもわれるかもしれませんが」
そう聞かれて、アリセアは先程の夢の話をする。
「誰かが閉じ込められた夢か」
「はい。なんだか胸が裂かれるような気持ちになってしまって」
話しながら、涙ぐむ。
まるで何かが呼応するかのように、意識が先程の夢に引っ張られているみたいだ。
「ごめんね、まさかそんな夢を見るなんて思わなかった。だけど……」
躊躇いながら、ユーグは私をじっと見る。
「ソードが作った紅茶だ。夢で片付けるには……なんだかひっかかるな」
「え?……あ、そう……ですね、そう言われたら、何か意味のある事のように感じてきました。人間のことを気にしていたように思うので……あれは、精霊だったりしませんか??」
「有りうるな……」
「私に関係があるかは……分からないですけど」
「うん。でもその線でも、考えていたら何か突破口が、見つかるかもしれない。学園……魔法陣……精霊か」
「精霊の気配……分かるものでしょうか」
「まず意識しないと分からないだろうね。普段私たち人間は、無意識のうちに感じる力を閉じている。または、感じ取る力がない。……気配を探ろうとしても、精霊と関わりが全くない人には、難しいかもしれないね」
「関わり……」
「その点、私たちは……あ、いや」
ユーグの声がふと途切れる。
一瞬だけ、私を見つめるその瞳に、言葉にはできない複雑な想いが宿っていた。
「……ごめん、今はやめておくよ」
「え?」
「君の夢のこともあるし、今は……話すには……」
柔らかく笑うその表情には、どこか憂いが混じっていて。
私はそれ以上、深く聞き返せなかった。
「精霊……学園、魔法陣かぁ」
キーワードのように、頭の中にいつまでも残る。
「あ、ところでアリセア……昨日は驚かせてしまってごめんね」
「え?」
思考を遮られるように、彼にそう言われ。
ユーグストの方をみつめる。
私を優しく包み込むような眼差しだった。
「あ……昨日の……」
顔が熱くなって、頬が赤らむのが自分でも分かる。
昨日、朝。
ユーグにキスされて、それで……。
あのドキドキした瞬間を思い出し、きゅっとドレスを無意識に掴む。
「君が大切だと……伝える前にしてしまった」
殿下に嫌かと言われて、それでも逃げなかったのは私で。
流れの雰囲気でした訳では決してない。
この人に触れたいと思ったのは私も同じで。
「記憶をなくした私が……何を言うかと思うかもしれませんが」
「うん……?」
「ユーグスト殿下は、いつだって私を見守ってる下さっていて、とても安心感があって」
言いながら、身体が熱くなっていく。
緊張、するんだよね。
「……それと同時に、ユーグに触れられると、ドキドキ胸が苦しくなって」
「アリセア……」
「なので、……謝らないでくださいね」
その先を言う覚悟は、まだ私には出来なかった。
軽い気持ちでユーグスト殿下に気持ちを伝えたくない。
記憶が戻ったら、この気持ちに、さらに変化が起きるのだろうか?
「ありがとう、君の今の気持ちが聞けてよかった。私も記憶をなくした君に、言うことでは無いかもしれないけれど……」
「は、はい」
「君の心に触れる度に優しい気持ちを与えてもらっていて、それは今も昔も変わらない。アリセア、君は君が思っているよりも、まわりの人を明るく照らしてくれている」
「ユーグ」
彼の優しい言葉の数々に、私は胸がじんと熱くなるのを感じた。
「ありがとうございます」
「今回のことも、1人で、何もかも抱え込まないようにね。俺もいる」
そう言って、今日も気持ちを和らげてくれたのだった。




