⑲こんなにドキドキするなんて、聞いてない
アリセアの目覚めは、いつも窓からの光と、鳥のさえずりから始まる。
むくりとベッドから体を起こし、しばし、ぼーっとしてしまう。
朝は弱い。
それから、少ししてタライに水を張って、前髪をピンでとめ、長い髪もひとまとめにした。
朝の洗顔をする。
「ふぅ、今日もまた頑張ろ」
図書館で一部の記憶が戻ってから、1週間は経つ。
あの時、ユーグに魔力調整をしてもらった後、酷い眠気に襲われたが、1日寝ると、すっかりいつもと同じ体調に戻った。
けれど、無理をするなと彼に言われ、昨日まで学園生活を優先にしていたのだけど。
今日こそは色々な手がかりを見つけたい。
ふかふかのタオルで、顔を拭きながら決意をする。
「いつも思うけど、この化粧水良い香りだな」
化粧水と乳液、そして美容液を、肌に馴染ませていく。
最近はカサカサしていたから、今日から手足にもボディーローションを塗布しよう。
爽やかなシトラスの香りに、しばらく癒された。
それから一旦、白い寝巻きのワンピースから、制服に着替えて…鏡を見て、最後に寝癖をチェック。
これで、OK!
「……なんだけど、でも、何か足りない気がする。あ……そういえば!」
ベッドの傍に置いておいた、可愛らしいピンクの箱。
これは両親が装飾品よ、と言って届けてくれたのだけど……。
アリセアは、箱の蓋をそっと外し、中をのぞき込む。
そこには、白や茶色、赤など、色とりどりのリボンが入っていた。
あ、凝った細工の髪留めまである。
さらには、小さなミニ香水ボトルまで。
端には指輪やネックレスなどの装飾品が、コンパクトに詰め込まれていた。
「わ!可愛い……」
思わず、声が出てしまった。
数々の装飾品に、自分の心が踊るのが分かった。
これ、私のだよね?
素敵……。
「これなら、可愛いって、言って貰えるかな?」
アリセアは、茶色のリボンが気になり手に取り、以前の殿下とのことを思い返していた。
ポーションをくれたあの日、演習場の裏庭で、ユーグストと2人になった時。
彼に頭を触られたんだったよね。
……まだあの時の感触が残っている。
その時のことを思い出すだけで、夜も眠れない時があったが、今も思い出して、ドキドキしてくる。
あの時の彼は、本当に嬉しそうに目を細めて私に笑いかけてくれていて、また触れて欲しい。
アリセアは自然とそう思った。
「っ、……よし」
不純な動機にも思えるけど、今日は、思い切ってこのリボンをつけてみようかしら。私は小さく呟いた。
鏡の前で、どうにかヘアアレンジもして。
「あ、そうだ」
軽くメイクも忘れずに。
ユーグスト殿下が隣の部屋にいるとわかっているので、いつも以上に身だしなみには気を使っているつもりではあるけれど、今日のようにお洒落を意識するのは初めてだ。
今日は演習授業もなくて座学のみの日なので、リップもぬっていこうかしら。
つやつや。
うん、バッチリ。
ティッシュオフして、少し控えめになったかな。
そして…………。
殿下の部屋に繋がる茶色の扉を、アリセアは意を決してコンコンとノックをする。
「おはようございます」
いつも、ノックするのに勇気がいるのだけど。
今日はさらに緊張して恥ずかしい。
「開けて大丈夫だよ」
優しい声が返ってきて、アリセアはキイッと鳴る扉を、思い切って最後まで開け放つ。
アリセアの視界に飛び込んできたのは、朝の光を背に、爽やかな笑みを浮かべるユーグスト殿下だった。
金色の髪もまつ毛も朝日に照らされて輝き、ジャケットを整え、ネクタイをきゅっと締めている姿は、まさに神々しい。
一度だけ、寝る前に偶然。
風呂上がりのユーグ殿下を見てしまったことがある。
あのときの殿下は、色気が凄くて、直視できなかった。
本当に私なんかが隣にいていいのだろうかと、不安が胸の奥から湧き上がったのを、覚えている。
お互いの生活リズムを掴み、そういう場面に出くわすことはなくなったけれど、今もときめきを感じて胸が苦しくなる事が多い。
「アリセアおはよう、あれ?今日は髪にリボンつけたんだね、可愛い」
眩しそうに目を細めながら、優しくこちらを見つめてくれる。
「あ。ありがとうございます。おはようございます、ユーグ。ユーグも……かっこいい、です」
気がついてくれた!
先程のリボンで、両サイドの髪の毛の一部を三つ編みにして、それぞれのトップにリボンをつけてみたのだ。
少し子供っぽいかなと思ったが、案外私に似合っている。
割と童顔の部類なのかな?
ユーグのソツのない褒め言葉に、アリセアの心はときめく。
「自分でしたんだよね?凄くいいね」
「そうなんです。意外とこういう事をするのに苦労もなく。おそらく以前も何度か自分の髪を結ったことがあったのかもしれませんね」
「そうなんだね、アリセアは私の前ではそのような姿みせてくれなかったから」
なんだか元気がなくなったユーグを見て、私は慌てて弁明をした。
「あの、多分恥ずかしかったんだと思います。私も、今かなりドキドキしてるので」
「え?」
ユーグからの視線に、アリセアはたえられず下を向く。
「えと、だって、私なら、お洒落するって、誰かに見てもらいたいっていう気持ちから始まるから。以前の私は、まるで告白みたいに感じちゃって、……恥ずかしかったのかもしれません」
お洒落して可愛いって思って欲しい、触れて欲しいと思うとき、いつもユーグストが一番に思い起こされる。
アリセアは、そこまで言ったあと、突然、"ソレ”に気がついた。
どんどん顔が熱くなる。
あれ?これって。
墓穴を掘っただろうか。
まるで、貴方が好きだからお洒落しました
って聞こえる?
え?!ど。どうしよう。
アリセアのその言葉に、ユーグストは一瞬、時間がとまったかのように、呆然とこちらを見つめた。
しかし、段々と笑顔になり。
「アリセア……。誰に1番見て欲しいと思った?」
なんて聞いてくる始末で。
「!……っ……意地悪ですね」
過ごしてみていくつかわかった事。
ユーグは、存外人が悪い。
ってことだった。




