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⑯ヤールから見た2人

教室に残っていたアリセアを見つけた殿下の護衛、ヤールは、彼女を物陰から静かに見つめていた。


風魔法の一種で存在を隠す。


通常、風魔法で姿を隠す技術は、特別な修練を積む必要がある。


もともと、王族の護衛は、強いだけでは務まらない。

選ばれるのは精鋭中の精鋭。


そのため、俺は小さな頃から誰よりも抜きん出て強くなる必要があった。



殿下の護衛の剣になること、アリセア様の盾になること。


それだけを目標に、風の流れ、温度、木の葉の揺らぎ……限りない風の兆しを、俺はひたすら読み続けてきた。


まず、その力がないと修練する入口にすら行けない。


学園で、ユーグ殿下から伝えられている"護衛の鉄則”としては。


〈 アリセア様に気が付かれてはならない〉


それが第1にある。


隠形の力をつけていて良かったと、今更ながらに実感する。


もともと、彼女の傍にも、女性の護衛をつける話はすすんでいたのだが、以前アリセア様が拒否されていて。


「行動を監視されているようで嫌なの」


学園に入りたての時にポツリと言った言葉を、ユーグ殿下は悩みながらも律儀に守っていたのだが。


今回の件を受けて、彼も流石に護衛が必要だと思い、俺に用命してきたのだろう。


アリセア様のクラスメイトに女性の護衛を滑り込ませたいところではあるが、クラスメイトに馴染むような年齢の適任者がおらず。


なかなか難航している。


そもそも、女性の護衛は数が少ないことも要因なのだが。


「アリセア様、ごきげんよう」

「ミーネ様、ラル様ごきげんよう。今日は休んでいた分の課題を手伝って下さって助かりましたわ」


「いいえ、困った時はお互い様ですから。それでは」

彼女のクラスメイト達が、微笑みながら教室を出た。

俺の前を通り過ぎていく。


「アリセア様、なんだか少し変わられたように思いませんか?」

「分かります。なんだか肩の力が抜けたのか、ふわふわになられて」

「まぁ、ふわふわ!可愛い表現ですわ」



楽しそうな声に、ひとまずは記憶を失ったことに、気が付かれていないことが分かり、安堵する。


確かにアリセア様は、一部の記憶がなくなってから柔らかくなった。


以前は、聞く人によっては冷たく聞こえるような言葉を使っていたのだが。


俺が思うに、単純に不器用なだけである。




と。そこへ。



風の流れが乱れた。


「……!」


ヤールの目の前をスっとフォートが横切る。


危うくぶつかりそうになり、息を呑んだ。


いくら隠形していても、物理的にぶつかれば、どうしても違和感を与えてしまう。

先程の安堵が、油断を、招いたのかもしれない。


彼の接近に、まるで気づけなかった。



「アリセアー!寮に帰るんだろ?今日は送っていくよ」


「あれ?フォート、帰ってしまったのかと思っていたわ」


「先生に呼び出されてただけ。ほら、まだ俺のカバン机にかけてあるだろ」


「てっきり、フォートはあえて置いているのかと」


「んなわけ」


おかしそうに笑うアリセアに、フォートは心外だと言わんばかりに眉を上げた。


先程までクラスメイト達には畏まった口調だった彼女だだけれど、フォートとはすっかり砕けた口調になってしまっている。


以前から交友がある2人だが、これを見たら殿下は、嫉妬してしまうかもしれないな。




直接見たのが俺だけで良かった。


ヤールは胃がすっかり痛くなる思いだった。


さて、後でどう、報告すればいいのか。




***

この学園には、女子寮と、男子寮の近くにある、特別な建物がある。


周りは木々に囲まれ、ちょっとしたプライベート施設である。


その施設は、王族及び、来賓客用の部屋が用意された特別な建物で。

公務にあたることもある、王子殿下、王女殿下が寮の消灯時間外でも出入りでき、生活できやすいように整えられている。

また、一般の生徒と離れて暮らすことによって、プライベートを確保しやすい配慮をして下さっている。


本来は、家族でもない女性が一緒に生活するのは認可されないが、今回は、アリセア様のみ、特例にて学園長が許諾したと言われている。


しかしながら。


「ありがとう、フォート、ここでいいから」



アリセア様が、フォートに向かって言葉をかける。


あえて女子寮の前で、彼とわかれるらしい。


「宿題のコツ、教えてくれて助かったよ。また明日な、アリセア」


そう言ってフォートは颯爽と男子寮へと歩いていく。

教室から寮まで見守っていたが、2人の周りで、特に異変もなく平和だ。


その彼を見送って、アリセア様は、ふーっと胸をなでおろしているようだった。


俺は殿下の侍従として、彼女の判断にホッと安堵しているところだった。


現在、殿下と彼女のおふたりが一緒に過ごしているとは、大々的には知られていない。


未婚なのに同じ建物に一緒に過ごしているのがバレると色々とあることないことの噂が広がり醜聞にもなりかねないからだ。


「アリセア。お待たせ」

と、そこへ。

ユーグスト殿下が、息を切らせながらも、アリセア様を迎えるために、走ってきた。


少しでも一緒にいたいのですね、殿下。


基本的にはユーグスト殿下がアリセア様をお迎えに行き、途中、姿を隠しながらお住いに戻られる。


殿下がいない時は、アリセア様は、こっそりと建物に入るように心がけてはいるらしいが、自由に出入りできるように、その機能がある魔道具でも作って貰おうかと殿下が話していた。



ユーグスト殿下がやって来ると。


アリセア様が、パッと花が綻ぶように笑われて。


ユーグ殿下も、そんな彼女を見て、目元を緩めて優しい表情になられた。



あの二人……。



自分がどんな顔をしておられるのか、きっと分かってないに違いない。



ヤールが隠形していたのにも関わらず、ユーグはチラッとこちらを見て、腕を振り下ろした。


合図だ。


『任務、完了』



隠形したまま、俺は一礼し、そっとその場を離れた。


幸せそうで、何よりです。殿下。



自然と、俺の口元が、綻んだ。






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