4-28『底知れぬ怒り』
エイフィルの時とは違ってしっかり身体を休めているし、『破壊の一撃』こそ使えないものの、コンディションとしては絶好調といえる。
この状態で本気を出して戦えるのだ。
身体が軽くて軽くて、今なら何でも出来そうだと錯覚してしまうほどだ。
これだけコンディションが整っているのはいつぶりだろうか。
野宿をしていたら完全にコンディションが整うということは滅多にありえない。だが、今回はルリハの家の柔らかい布団でバッチリ快眠した。
絶好調だ。
「お前、その姿……賢者カルマ・エルドライトか」
「お前も知ってるのか? やっぱり賢者は有名だなぁ」
「カルマ……エルドライトっ!」
賢者の有名さを再認識していると、突如としてハイドから凄まじい殺気が襲いかかってきて、思わず身を震わせてしまった。
殺気というよりも、まるで俺自身が殺されてしまったのではないかと錯覚してしまうほどの強烈な殺気。脳内で殺されるイメージが浮かび上がってしまった。
なんだこのとてつもない殺気は。さっきまでの圧とは質も強さも完全に異なっている。
恨み、憎しみ、悲しみがごちゃまぜになり、ぐちゃぐちゃになった感情がそのまま俺に叩きつけられているような感覚だ。
思わず一歩後ずさってしまった。
「お前は……人間だったのか」
「あ、あぁ……そうだ」
「あの魔族を騙していたのか」
「いや、騙すつもりなんかじゃ」
「いや違う。お前はあの魔族を騙している」
俺自身、マナを騙すつもりじゃない。ただ、俺はマナと仲良くなりたい、そしてユイとの橋渡し役になりたいと言うだけだ。
別にマナを騙してどうこうしようということはない。マナが人間を襲わない限りは俺も何もするつもりはない。
だから、騙しているなんて人聞きの悪いことは言わないでもらいたい。
だが、その反論をしようとしたけど、ハイドの凄みのせいで口からその言葉を出すことは出来ずに飲み込んでしまった。
「なぜ騙す。何が目的だ。あの魔族の少女に何をするつもりだ」
「何かをするつもりじゃ――」
「――騙して殺すのか?」
「そんなことは絶対にしない!」
殺すなんて言うことは絶対にしない。それを言われるのは心外だ。
だから、全力で反論したその時には既にハイドの姿が目の前にあり、拳が眼前に迫ってきているのが見えた。
そのハイドの表情には影が差し込んでおり、激怒しているというのが分かった。
「死ね」
咄嗟にその拳を回避したものの、拳は凄まじい威力で衝撃波を放ち、俺の背後に存在していた家屋や木々を吹き飛ばしてしまった。
その光景に思わず目を見開いて驚いてしまう。
この威力を魔力の防御もなしに受けたら確実に一撃でやられてしまう。
それにしてもハイドの騙すことへの異常なまでの執着はいったいなんなんだ。
「きゃあああ」
「うああああ」
「いやあああ」
家屋がいきなり吹き飛ばされたことによって周囲に居た住民たちは悲鳴を上げる。ある者は破壊された瓦礫の下敷きに、ある者は偶然外に出ていたから助かったものの、大切な人が生き埋めにされた。
多くの住民を絶望に陥れる最悪の一撃だ。
「カルマ・エルドライト。貴様は悪だ。相手がどんな相手だろうとも騙していいという理由にはならない。貴様は騙すことで相手がどんな気持ちになるのか、考えたことがあるのか? 真相を知った時、どんな思いをするのか考えたことはあるのか? 人を騙すやつは悪だ。何を言おうと悪だ。貴様はもう賢者なんかではない。極悪非道の犯罪者だ。断罪されろ、俺の手によってあの世に送ってやる」
「ちょ、ちょっと待て!」
「待たん! 『断崖絶翔』」
ハイドが地面に手を付けた瞬間、周囲の地面はうねるようにして動き始め、そして正面の地面が高く高くそびえ立ち、まるで断崖絶壁のようになる。
そしてそれに続くようにして俺の左右と後方にも同じく地面の壁が出来上がり、俺を取り囲んでくる。
逃げ場はない。
脱出するにはこの高さを上りきらなければダメだ。
だが、脱出する前にそれら全てが俺に向かって倒れるようにして崩れ落ちてきた。ハイドの奴、俺のことを地面の中に生き埋めにするつもりらしい。
よくもまぁ、難易度の高い土属性魔法をこれほどの練度で使用できるものだと感心したいところではあるんだけど、こんなところで感心していたら生き埋めにされてしまうため、俺は両の拳を構えた。
これくらいなら『破壊の一撃』一発で吹き飛ばせるんだけど、今は『破壊の一撃』を使うことは出来ない。
だから、両方で『豪拳』を構える。
「『豪拳』連打!」
連続で放つ『豪拳』。
片腕で放つ物よりはやはり片方に割ける『身体強化』の力というのは弱くなってしまうから、威力は下がってしまうけど、今回はそこまでの威力を必要とせず、とにかく地面の壁を破壊できればそれで大丈夫だから『豪拳』を連打して破壊する。
やっと地面の壁を破壊できたと思いきや、壁を破壊したことによって舞い上がった土煙の中からハイドが拳を構えて突っ込んできた。
「俺の前から消え失せろ、クズが! 『豪拳』」
「だから、何がお前をそれほど駆り立てるんだよ! 『暴風蹴り』」
ハイドの拳を回避しつつ、そのままハイドの突っ込んでくる勢いを利用してハイドの腹に風属性を付与した蹴りを叩き込んで、蹴り飛ばしてやった。
その次の瞬間、ハイドは蹴り飛ばされつつも一瞬だけ地面に手を触れると、一瞬にして俺の立っている地面が消失して、深く深くにまで掘り下げられた。
底が真っ暗闇で見えないほどなのだが、この魔法的に間違いなくこの一番下には大量の棘が敷き詰められていて、落ちたら串刺しになること間違いない。
地面が消失したことで空中に放り出された俺だったが、『身体強化』を片足に全力で付与することによって空中を蹴って横に飛び、壁に捕まることに成功した。
流石に空中を蹴って真上に跳ぶことは出来ないけど、落ちる向きを斜めにすることは可能だ。
そしてそのまま壁を登って地上へ上がってくるとそこには既に拳を構えたハイドの姿があった。
「はは、急に殺意増し増しじゃん」
俺に反撃させない息つく暇もない連続攻撃に流石に笑うことしか出来ない。
「カルマ・エルドライト、お前は犯罪者だ。死ね」
「確かに魔族と組んでる時点で俺は犯罪者だ。だが、お前には言われたくないね!」
土属性は手を地面につけないとほとんど発動できない。だからさっきからハイドは地面に手を付けている。
だが、それは俺も同じだ。
今俺は這い上がるために地面に手を付けている状態。俺は土属性がそこまで得意なわけじゃないけど、簡単な魔法くらいなら使えるぞ!
「『土曇』」
俺が魔法を唱えた瞬間、周囲に煙幕が出現。
俺とハイドの姿を完全に包み隠してしまう。その瞬間にハイドは慌てて拳を振り下ろしてきたが、俺は壁を蹴ってハイドの前から離れて、なんとか地上に上がってくる。
見えなければ狙いを定めにくかろう。
だが、俺にはお前のその姿ははっきりと分かるぞ。
この『土曇』は使用者に対しては効果が薄いんだ。だから、ハイドの視界には濃い煙幕があるだろうが、俺にとってはちょっと煙たいだけで、視界ははっきりとしている。
煙幕を認識することは出来ているが、俺の視界は全く塞がれていない。
「『豪拳』」
今度こそ全力の『豪拳』をハイドの顔面へと叩き込む。
俺がどこから攻撃してくるのか全く見えていなかったハイドはそのまま防御することも出来ずにまともに俺の拳を食らって殴り飛ばされた。
やっとちゃんと一撃を入れることが出来た。
俺に殴り飛ばされたハイドは木に激突して地面に崩れ落ちる。
だが、エイフィルとはぜんぜん違う。耐久力が明らかに高い手応えだった。
あいつはやっぱり魔人であるということにかまけることはなく、修行を積んでいたようだ。今の一撃があまり大きいダメージになったようには思えない。
これだけ魔力も体力も消耗して尚、このダメージかぁ……本当にこの短期間で何人もの魔人と遭遇するのは止めてほしいものだ。
ハイドはゆっくりと立ち上がると、こっちを見つめてくる。
その目から感じられるのはやはり怒りだ。俺に対して凄まじい程の憎悪を感じる。
強者が怒ったときほど怖いものはない。怒りというのは力の源となる。怒っている時の力は通常時の数倍もの力となりえる。
要警戒だ。
俺もじっとハイドの動きを見据える。
どちらが先に動き出すか、それを図っているのだ。相手が魔人である以上、俺も一瞬のミスが命取りとなってしまう。
慎重に慎重に……。
「な、なに、これは!?」
突如として声が聞こえてきた。
ハイドに集中していて緊張していた時に不意に聞こえてきた女の子の声。その声はとても聞き覚えがあって、驚いて声の聞こえた方向へ視線を向けた。
すると、そこに居たのは――
「なんで街がこんなことに!? そしてなんでカルマ様がここに居るの!?」
「ひっ、あっちの人、凄い殺気……」
ルリハとその妹、ハクちゃんだった。




