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4-16『ハクの願い』

 翌朝、目を覚ますと眼前にドアップでルリハの顔が映し出された。

 どうにも覗き込まれている様子。その状態で目があってしまい、俺は理解が追いつかなくて固まってしまった。


 これ、どういう状況だよ。

 目を覚ましたら誰かが寝顔を覗き込んでいるという経験は今までになかった。あと、本来誰かが近づいてきたら気がつくものなのだが、家の中で寝ているからってちょっと油断していたらしい。

 ルリハが部屋に入ってきたことに全く気が付かなかった。


 とりあえず挨拶を。


「お、おはよう。ルリハ、さん?」


「おはようございます、カルマ様」


「ルリハ? いい加減俺をカルマだと疑うのは辞めろ? 俺を叩いても何も生まれないから」


 多分、寝ている間や寝起きに俺がボロを出さないかと機を狙っていたのだろう。なんという執着。

 昨日、なんか一人でこの街に戻ってくる勇気がなかったとか言っていたけどさ、本当の目的って俺をカルマだと断定させることだったんじゃねぇのか?

 あんな可愛いことを言っていたくせに、腹の中は真っ黒だったんじゃねぇのか?


 恐ろしい子だ。

 一体この子はいつからここに居たんだろう。本当に俺、寝言でなにか変なこと言ってないよな?


「ハルト、私は今日、杖を買いに行くから」


「おう、ついていこうか?」


「ううん、一人で大丈夫。ここまで付き合わせちゃったし、杖を買いに行くくらい一人で大丈夫。ハルトはこの街を観光でもしてて」


「そうか。何かあったら手紙送れよ」


「ん、分かった。ハルトこそ気をつけてね」


 今の魔法を使えないルリハを一人にさせるというのはかなりの不安があるものの、ルリハはルリハなりに俺のこと考えてくれてこう言ってくれているのだろう。

 それなのに、突っぱねるのも申し訳ない。

 ルリハも勇者パーティーの一員だ。そこまで心配しなくても大丈夫だろう。


「昼過ぎには帰りたいと思ってるから、それまでにこの家に帰ってきてくれ」


「大丈夫。私の用事は杖を買ったら直ぐに終わるから」


「そか、なら大丈夫だな」


 そうしてルリハはまだ朝早いというのに、杖を買うために家を出ていった。

 どうやらルリハの目的である杖を売っている店っていうのはこの家からそれなりに距離があるらしい。それなら、俺が馬車を走らせても良かったのだが、せっかく気を利かせてくれたのだから、この街の観光を楽しむことにしよう。


 俺が部屋から出てリビングへ向かうと、そこにはメルフィーさんと大きい食パンを頬張ってるハクちゃんの姿がそこにあった。

 ルリハが居ない状態で会うのはちょっと気まずいのだが、そんな俺の気持ちをふっとばすくらいに優しい声色でメルフィーさんは言った。


「あら、ハルト君! 昨晩はよく眠れたかしら?」


「はい、お陰様で。みなさん、朝お早いんですね」


 時間的にはいつも俺たちがダンジョン探索するぞと集まる時間よりも早いくらいだ。

 だから、俺以外の人たちがみんな起きているとは思いもしなかった。


「あれ、デスタさんは?」


「あの人なら朝早くからギルドに行きましたよ。どうやらオーズさんに呼ばれたようで」


「オーズさんねぇ」


 なんどか賢者時代に顔を合わせたことがあるが、かなりの変人と言う認識だ。

 だが、その実力は確かなもので、先見の明に加えて戦場を俯瞰して把握する能力に長けているため、戦術の化け物と呼ばれていたこともある。

 俺はその実力を直接目にしたことはないんだけどな。昔の魔人騒動のときにもオーズさんは参戦していたらしい。


 確かあの人、この街のギルドマスター何だよな。


「デスタさんはSランク冒険者だもの。指名依頼が入ったんじゃないかしら?」


「へぇ、あの人そんなに強かったのか」


 Sランクというと賢者を除き、最高ランクだ。

 賢者が化け物の集まりなのだとしたら、Sランクはその化け物に片足を突っ込んでいる状態。

 昨日の『雷瞬(ライジング)』は本気じゃなかったとして、本気を出したらどれほどの速度になるのか、一度見てみたいものだ。


「はい、ハルト君。朝ごはん」


「あ、ありがとうございます」


 俺と話しながらも俺にも食パンを焼いて渡してくれるメルフィーさん。

 食パンを受け取り、ハクちゃんと同様に席に座って食パンを食べ始めると、ハクちゃんの視線が俺に向けられていることに気がついた。

 俺の方を向きながらも一心不乱に食パンにかじりついている。なんなんだこの子は。


 いや、でも、昨夜は色々あったことだし、なにかいいたくなる気持ちはわからないでもないか。

 ゼルドガルと戦っていたのはどういうことかとか、俺の正体はなんなんだとか。

 あの場面を見られてしまっているのだから、ハクちゃんに俺の正体がバレてしまうのも時間の問題なのかもしれない。


 どうしたものかと考えていると、食パンを飲み込んだハクちゃんが口を開いた。


「お兄さん……私、昨夜お兄さんと一緒に居たような気がするのですが」


「ん?」


「ちょっと、記憶がぼやぼやしてて、全然思い出せないんです。なにかありましたっけ?」


「ん??」


「お兄さん?」


「いや、ごめんごめん」


 確かに俺とハクちゃんは一緒に居て、俺は魔力の使い方を教えてあげた。

 それによって俺はハクちゃんに師匠と呼ばれるようになったわけだが、呼び方が最初に戻っている。

 つまり、ハクちゃんは昨夜の記憶が曖昧になっていて、俺と一緒に居たと言う確信が持てない状態になっているということか。

 恐らく原因はゼルドガルのあの手刀だ。

 あれによって昏倒させられたため、記憶が曖昧になってしまったんだろう。俺が連れ帰ってきたことによっていつの間にかベッドで寝ていたと言う認識になっているだろうし。


 この状況で俺がやることは一つ。


「いや、どういうことだ? 俺は昨夜直ぐに寝ちゃったし、ハクちゃんとは会ってないぞ」


「そ、そうです……か?」


 とぼける。

 全力でとぼけてハクちゃんの記憶を全て夢にしてしまう。

 そうすれば、全て夢の出来事だとハクちゃんの中で完結して、これ以上考え込むことはないはずだ。

 ハクちゃんには特訓を見てあげると言ったのに、ちょっとかわいそうだが、申し訳ないけどここは夢の出来事として思い込んでもらおう。


「で、でも……私覚えてることがあって。お腹を触って魔力を流してもらって、魔力が動いていることを感じたりとか」


「そうなのか? いやぁ、偶にリアルな夢を見ることもあるからな」


「それによって、魔力を少しですが動かせるようになったり、お兄さんが私を守りながら必死に戦っていたり」


 この子、本当は何もかも覚えてるんじゃないか? 俺をからかうためだけに記憶が曖昧なふりをしているだけなんじゃないか?


「お兄さんにお願いしたら特訓を見てくれるって言ったり……あれも全部夢だったっていうことですか?」


「うっ」


 なんて悲しそうな目なんだ。

 多分、今まで一人で特訓をしてきて、上手く魔力を扱えなかったことが辛かったのだろう。だけど、俺が教えたことで少し動かせるようになってきて、相当うれしかったんだろうな。

 だから、俺とのあの特訓が無かったことになる、そしてこれからも特訓に付き合ってもらえないと考えてそんな表情をしてしまった。


 俺はこの子になんて表情をさせてるんだ。


 でも、どうしてもこれを事実だと認めるわけには行かないから。


「そっか、じゃあさ、ハクちゃんが望むなら俺は特訓に付き合うよ。手紙でもくれたらスケジュールを調整して行くからさ」


「ほ、本当ですか!?」


「あぁ、本当だ。みっちり鍛えてやるから覚悟しろよ」


「の、望むところです」


 良かった、元気が戻ったようで安心する。

 夢は夢として、改めて約束をしてしまえば良いんだ。この約束だけは何があっても覆らせてはならない。

 ルリハの妹だからというわけじゃない。ただ、俺はこの子の事を妹のように見てしまっているんだ。

 だから、世話を焼きたいって思ってしまっている。


 お節介かもしれない。でも、俺はそのお節介を焼きたいんだ。


「あら、ハルト君。いつの間にハクちゃんと仲良くなったの?」


「いや、今喋ったばかりなんですが、ハクちゃん可愛いですからね、仲良くなっておきたいなと」


「お、お兄さん!?」


「あらあら、ハクちゃんを口説くにはまだ幼いわよ。それに、デスタさんを倒さないと」


「あ、あはは、口説く気は無いですよ。ただ、なんだか放っておけなくなるっていうか、かまってあげたくなる、そんな可愛さがありますね!」


「ハルト君…………………………分かってるじゃないの!」


 メルフィーさんとがっしり握手を交わす。

 今の俺はメルフィーさんと心が通じ合っている気がする。ハクちゃんは可愛いのだから、悲しそうな表情は絶対にさせちゃだめだ。

 だから、俺がハクちゃんの笑顔を守る。


 そんな決意を胸にしていると、ハクちゃんは俺とメルフィーさんへ交互にジト目を向けてきていた。

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