4-15『嫌な予感』
「おい、来てやったぞ。オーズ」
カルマと別れた後、ゼルドガルはオルターンの中心に位置する巨木に建てられた冒険者ギルド、そのギルド長室へとやってきていた。
理由は単純明快、この街にやってきて偶然カルマと遭遇することになった発端。
オルターンのギルドマスターに呼び出しを受けていたからだ。
彼は賢者会議の出席率は悪く、ほとんどの人の言う事を聞かずに行動してしまうところがあるが、世界に何人かだけ彼が素直に言葉に耳を貸す人が居る。
そのうちの一人がこのオルターンのギルドマスターである。
別に案内されたわけでもないが、ズカズカとギルドの関係者入口から入ったゼルドガルはギルド長室のドアを雑に開け放って粗雑な挨拶を投げた。
その部屋の一番奥。書類が山程積まれたその奥に居る人物は書類の山の横からひょこっと顔を出してゼルドガルの存在を確認するとにこやかな笑みを浮かべた。
「いらっしゃいゼル君。遠い所わざわざごめんね。キリの良いところまでやっちゃうからお茶でも飲んでゆっくりしてってよ」
「オレァ、テメェの仕事を待ってやるほど暇じゃねぇんだが?」
「そう言いつつ、僕のことを待とうとしてくれてる。素直じゃないよね、キミ」
「うるせぇ、黙れ、殺すぞ」
「おー怖い怖い」
ゼルドガルに親しげに話しかけているこの男こそ、オルターンのギルドマスターであるオーズ・ウケイランド、その人だ。
緑髪にカラフルなハットを被り、道化師のような衣服を身に着けているかなり変わった奴。変な格好ではあるが、実力は確かであるため、この街のギルドマスターを務めている。
ゼルドガルはため息を付きつつ、お茶を運んでくれた職員に手をあげて感謝を伝えると、椅子に座って足を組み、静かにお茶を飲み始める。
(ちっ、どうにも心がざわざわして仕方がねぇ。調子出ねぇな)
これでも普段の彼から見たら、かなり棘は押さえられている方である。
お茶を運んだ職員もまさかゼルドガルが手をあげてくれるとは思っておらず、思わず面食らって十秒ほど停止してしまったほどである。
その理由というのも、正しくここに来るまでにあった出来事。カルマとの再会だ。
(カルの奴、何考えてやがる。なんで急に賢者をバックレやがった。くそっ、こんなに思考がぐちゃぐちゃなのはアイツのせいだ)
確かにゼルドガルはカルマが何処かで生きているということを確信していた。カルマほどの人物がそう簡単に死ぬわけがないと分かっていた。
だが、やっと見つけたカルマはかなり腑抜けていた。自分と本気で戦おうとしなかったし、必死に女の子を守ろうとしていた。
(似合わねぇことは止めろってんだ。クソが)
カルマの事を考えていると段々とイライラしてくる。
このままではイライラしすぎて魔法を暴発させてしまうのではないかと思う程になっていたところで、オーズが席を立った。
「お待たせ、ゼル君。やっと一段落ついたよ」
「相変わらずの仕事量だな、ありゃ」
「まぁねぇ。ギルドマスターの宿命だよ」
もう少し長く静かな時間が続いていたらゼルドガルのイライラは限界を超えていただろうから、間一髪と言ったところだった。
オーズは書類の山から出てくると、ゼルドガルの前にある椅子に座って、背もたれに体をあずけるようにだらんとした。
声色は元気そうであるが、この男。既に今日で三徹目である。
道化師メイクで誤魔化してはいるが、隈がものすごく濃く浮き上がっており、若干誤魔化しきれなくて薄く隈の痕が見えている。
もちろん、一度関わりができた相手の姿はどんなに取り繕っても見破ることが出来る目を持っている彼にはそんなことお見通しだった。
「ち、オレを呼んでる暇がありゃよぉ、ちったぁ寝たらどうだ仕事人間」
「そうだねぇ。キミとの話が終わったら、僕もちょっと仮眠を取らせてもらうとするよ」
「そうかよ」
ただ、オーズのことだから、こう言われたとしても対して寝ることはないだろう。
ゼルドガルは舌打ちをしつつ、それ以上何も言うことはなかった。これ以上なにか言ったとしても無駄だと分かっているから。
「さて、ゼルドガル君」
「何だテメェ、急に名前で呼ぶんじゃねぇ気色悪い」
「あだ名は良いんだね……」
「いつもあだ名で呼んでるテメェが名前で呼ぶから気持ちワリィつってんだろうが!」
「はいはい。じゃあ、ゼル君。今日来てもらった理由っていうのはね、先日、王都で魔人出没騒ぎがあったらしいでしょ? 勇者パーティーが撃破したらしいけどさ」
「あぁ」
エイフィルが王都で暴れた魔人出没騒ぎ。
あれは王都のみならず、広く大きく話題となっている。久しぶりに魔人が出没したとなれば大騒ぎになるのも無理はない。
さらに魔人と言えば、賢者クラスじゃないと太刀打ちが出来ないと言われているほどの強敵。そんなものが自分の近くで暴れたらと考えると夜も眠れなくなってしまう住民たちも非常に多い。
この街は実力者揃いでそこまで危機感が強い人は居ないけど、他の街では怯え暮らす人々も多い。
その噂は普段、適当に生きているゼルドガルの耳にも届いていた。
しかも、今担当してる賢者が居ないはずの王都で賢者も無しに討伐成功した。これは凄まじいことだ。
「そしてその少し前には王都の近くの初心者用ダンジョンが崩壊した。しかも、崩壊後には大量の魔素を放出したらしいじゃないか。その魔素は思ったよりも広がることはなく、直ぐに霧散したからあまり大きな被害にはならなかったようだけど、ダンジョンから魔素が溢れ出す。それって危険なことだよね」
「迷宮暴走を警戒してんのかぁ?」
「あぁ、だけどそれだけじゃない。僕は本当にそれって偶然だったのかなって思ってる」
「つまりは、両方とも仕組まれたことなんじゃないかということか?」
「あぁ、昔ならいざ知らず迷宮暴走と魔人襲来はそう簡単に起こり得るものじゃない。迷宮暴走は定期的にダンジョン内の魔物を討伐し、定期的に間引いていればそうそう起こり得るものじゃない。魔人だってそうだ。魔人も現代では魔人の核というものをめっきり見なくなった。それがどうして、今更になって魔人が出没するようになったのか……」
勇者パーティーしか知らないが、ダンジョンの崩壊を引き起こした原因となったのはガルガ、そしてそんなガルガも魔人となって勇者パーティーとマナ、ヴァルモダに襲いかかった。
そして今度は王都にエイフィルが現れ、街の一角に甚大な被害をもたらした。
偶然と考えるには少々出来すぎているようにも思える状況。
この街の冒険者たちは危機感が足りないが、オーズはこの街を守るギルドの長と言う立場のため、人一倍こういった異変には敏感だった。
「僕……いや、オレはどうしてもこれが偶然のように思えなくてね。なにかが起こる前触れなんじゃないかって」
「確かにそうかもしれねぇけどよぉ。この街にはオレが居るんだぜ? どんな心配があるっていうんだよ」
「確かにこの地区にはキミという化け物がいるさ。だけど、キミほどの化け物でも、手の届かない所は助けようがない。違うかい?」
「…………」
ゼルドガルは口をつぐむことしか出来なかった。
確かに、今まで全ての人を救って来られたというわけじゃない。手の届かない場所にいる人は何人も犠牲にしてしまっている。
自分がこの地域に居るから大丈夫だというわけではない。賢者は複数の街を管轄しているため、物理的に助けに行くことが出来ない距離というのも確かに存在する。
オーズはそれを危惧して、先に手を打とうと言っているのだ。
ゼルドガルに頼ること無く、街の人々のみで対処することが出来るのならば、それが一番いいに決まっているのだから。
「だから、僕は危険の目は先に潰しておきたいと、そう思っていてね。今日キミを呼んだ理由はそれだよ」
「あーそ。オレァてっきり、会議をバックレたことを説教されんのかと思ってたぜ」
「それもある」
「あんのかよ! ち、手早く済ませてくれよ……」




