1-7『カップリング』
俺の宿の場所を聞かれたため、宿は取っていないことを伝えると二人と同じ宿を勧められたが、それは断らせてもらった。
ならば俺はどうするのか? ちなみに俺は宿を取る気なんか更々ない。
代わりに俺がやってきたのは一番近くにある森の中。
そう、俺は森で野宿をすることに決めたのだ。というのも、もう半年も野宿生活をしていたら、逆にこっちの方が慣れすぎてしまい、どうしても宿に泊まるって言う気分になれなかった。
いつも通り手馴れた手つきで薪を用意すると、俺は慎重に人差し指を薪の束へ向けて魔法を放つ。
「『ファイアボール』」
指先から放たれた極小のファイアボールは薪へ直撃し、若干焦がしただけで燃え上がることは無かった。
どうやら今回は出力を弱くしすぎたらしい。
強くしすぎると森が燃えるし、今回は燃やす対象が小さいからこのくらいで行けるかと思ったんだけど、現実はそう上手くも行かないらしい。
やっぱり出力の調整は苦手だな。これなら身体強化をして原始的な薪起こしをした方が簡単に火がつくんじゃないかとすら思える。
何故だ……この半年、毎日焚き火を作っていたはずなのに、なんで出力調整が全く成長していないんだ!
死の森に居た時もほとんどの確率で失敗していた。なんだかもう、悲しくて泣きたくなってくるよね。
というわけで、そこら辺からかき集めてきた素材を使って弓切りを作成、原始的な方法で火をつけた。
ひとまず、これで落ち着くことが出来るため、少し考え事をすることにする。
ちなみにこの考え事は別にパーティーの不安事って言うわけじゃない。確かにユイは抜けているし、かなり危なっかしいといえば危なっかしいけど、ルリハが居れば大丈夫だ。彼女が何とかしてくれるはず。
ならば、どんな悩みなのか?
――カップリングだ。
俺は百合の尊さを知ってから女性を見る度にどんなカップリングが似合うかとか、どんな相手がお似合いかをずっと考えるようになってしまった。
そして今日、ユイ達と出会ってしまった。これは妄想が捗りすぎてしんどいやつだ。
「とりあえず、あの二人だったら王道はあの二人のカップリングなんだけど……」
二人の名前を地面に枝を使って書き、その間を戦で繋ぐが、ちょっと違和感を覚えてその線は直ぐに消した。
確かに二人のカップリングはありかもしれない。同い年だろうし、息もピッタリだ。
でも、あの二人を見ているとなんだか、母娘を見ているような感じがした。あ、ちなみに母親がルリハで娘がユイね。
俺の中ではルリハはユイの恋人ではなく、保護者であってほしいという気持ちが強い。
なら、どうするか。
俺は暫く考え込んでしまう。が、そう簡単に俺が答えを出せるはずがなかった。
何せ俺は今まで女性と関わってきたことがあまりないせいで、ほかの選択肢が全然思いつかない。
「数少ない女性で知っている女性と言えば…………魔王?」
そう考えて「ちょっと待て」と自分で自分にツッコミを入れる。
今なぜだか分からないけど、魔王の顔が頭に浮かんだのだ。
確かに彼女は美少女だし、勇者の隣に並んだとしても霞むことはないだろう。だが、それにしたって魔族は……………………いや、待てよ? ありかもしれない。
少し考えてみたが、意外とありかもしれないという結論に至った。
「彼女たちは敵対している。だがその壁を越え、愛し合うという背徳的恋愛。そういうのもありかもしれない」
一人森の中で「ぐへへ」と気持ち悪い笑いを漏らしてしまう。
百合初心者ではあるが、一応これまで大量に本を読んできた俺には百合だけではなく、色々な知識が身についている。このシナリオもそうだ。
勇者と魔王、敵対していて、決して結ばれることが無い運命。だが、憎み合って戦ううちにだんだんと相手の心に触れ、惹かれ合い、ダメだと分かっているのに好きになってしまう。
そして異種族、敵対関係などといった強大な壁を乗り越え、二人は結ばれる。
最初思いついた時は俺はどうかしてしまったのかと思ったが、これはいい。妄想がはかどる。あ、よだれが。
「ぐぎゃ!」
「『ウィンドカッター』」
「ぐぎゃぎゃぎゃ! ――うぎゃっ」
人が気持ちよく妄想しているところにこん棒を手にした緑色の魔物、ゴブリンが襲い掛かってきたため、ウィンドカッターで斬撃を飛ばして首をはねておいた。
そのまま倒れて近くに魔物の死体が一つ出来上がってしまったが、俺は気にせずに自分の世界に没頭する。
ちなみにゴブリンの肉は筋張っていて固く、とても食べられたものじゃない。魔素の処理だけで言ったら魔物の中でもめちゃくちゃ簡単な方なため、非常にもったいない。
まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。
今大事なのはどうやって勇者と魔王をくっつけるかどうかだ。正直、これに関しては俺の願望でありわがままなんだが、勇者と魔王の恋愛を思いついてしまった時点で見てみたくて仕方が無くなってしまったのだ。
というわけで、そこまで持っていくための作戦を考えてみることにする。
とりあえず二人が最後に戦うまでに何回か鉢合わせてお互いのことを知る時間を作ってやりたいんだが、今のままじゃユイの行動を操作することが出来てもマナの行動を把握することが出来ない。
「ぶおおおおおおお」
「あ、良いこと考えた」
「ぶおおおおおおおおん」
ドンッ
「魔王軍に入ろう! ありゃ」
気が付いたら真横にレッドボアが転がっていた。どうやら俺が気合を入れて拳を突きあげたときにちょうど顎に入って倒してしまったらしい。
ちょうどいいし、こいつは今日の晩御飯にしよう。
「ごめんな、お前の死は無駄にしないから」
多分もう聞こえていないだろうけど、レッドボアにそう告げて晩御飯の準備に取り掛かりながら魔王軍潜入計画を練る。
ちなみにスパイをしたいわけではないから、魔王軍で手に入れた情報を人間側に漏らすつもりもない。
とりあえずこの格好ではすぐに人間だとバレてしまうから見た目を変えるのは必須だ。あとは魔王軍として行動するときの名前を考えなければならない。魔王軍に入るなら、俺は魔王じゃないため、苗字は無しで名前だけ。
まずは明日勇者パーティーとして一緒にダンジョンを攻略し、夜は魔王領に潜入して魔族として魔王軍に入れるように打診する。魔王軍だったら勇者パーティーとは違って力を見せればすんなり入ることが出来るだろう。
そして、この計画に関係もあるにはあるが、個人的に一つ思っているのは強くなった勇者と本気で戦ってみたい。
これは昔から思っていることだが、俺は強者と戦うことを求めている。とはいえ、賢者は忙しいからよっぽどのことが無い限りは相手をしてくれないため、賢者と戦うこともできないから戦いに飢えていたのだ。
だから、俺は強くなった勇者ユイと戦ってみたい。今は多分、マナには及ばない実力だろうけど、勇者に選ばれるくらいだから成長したらもっともっと強くなれるだろう。今からそれが非常に楽しみで仕方がない。
だから、ユイのことを鍛えようと思う。ただ、勇者パーティーにいるときはあまり干渉することはなく、そして魔王軍ではこの力をいかんなく発揮し、勇者パーティーの前に立ちはだかる強大な敵として勇者パーティーを鍛える役をする。
そんな俺という高い壁を越えた先にある愛。最高のシナリオだ。
多分、今この場に俺以外の人が居たら変質者を見るような眼で見られていただろう。妄想してにやにやしながら魔物を捌いている奴なんてまともじゃないからな。
ちなみにレッドボアは可食部位が多くて、俺的には当たり食材だ。とりあえず心臓と肝臓を食わなければ問題ない。
ちなみに今俺が作っているのはレッドボア肉のスープだ。
スープは最高だぞ。野宿をする上で体を冷やすのが一番危ないのだが、スープを飲めば体が温まるし、何より簡単に栄養を取りやすい。適当な野菜ぶち込んで調味料を軽く入れれば完成する。
け、決して俺がスープしか作れないわけじゃないからな! ……誰に言い訳をしているんだろう。
適当にスープを作り、近くの岩に座って食事を摂る。
うん、こっちの方が半年もやっていたせいで落ち着くようになってしまったな。宿屋で泊まることが出来ない体になってしまったかもしれない。
ちなみにレッドボアの肉は結構豚肉に近いような味わいだ。ただ、俺は魔物特有の旨味というものがあるから豚肉よりもこっちの方が好きだったりする。
余った肉は生き物判定ではないため、ストレージの中に入れることが出来るから、この中に入れて保存しておく。ストレージの中はどうやら時が緩やかになっているようで、食材を入れても腐りにくくなっているので、保存するにはぴったりな入れ物だ。
……ただ、ストレージに食材を入れているのを長期間忘れていて腐らせてしまうことは結構あったりするんだけど。
もしかしたら今もストレージの奥底に腐った食材が――考えないようにしておこう。
あ、ちなみにスープの味はいつも通りだった。塩、胡椒を入れておけばとりあえず食える味になるということだ。
この後、俺は夜遅くまで勇者パーティーと魔王軍の両方に入る作戦を練り続けるのだった。