4-2『ルリハのお願い』
「ありがとうございました」
「いえ、治ってよかったです。それにしても回復速度が異様に早かったですね」
「あ、あはは、昔からそうなんですよ」
事件発生から数日。
俺はようやく傷が完治し、退院することになった。
どうにも無茶をしすぎてしまっていたらしく、魔力回路はズタズタ、肉体も臓器までボロボロ。どうして生きているのか分からないという状態になっていたらしいけど、なんとか完治した。
戦っている最中や応急的には治癒魔法を使って治すのが一般的だが、あれは人間の治癒能力を高めて再生しているだけだから疲れるし、魔力を多く消費してしまうから、ゆっくり回復できる時はそっちのほうが良いということで、入院している冒険者も多い。
俺は元々魔力保有量が多いから治癒力も高く、人よりも傷の治りが早かったようで、一番傷が酷かったのに二番目に完治した。
一番最初に退院したのはルリハで、ルリハに関しては無理に超級魔法を使って魔力を行使したせいで魔力回路がおかしくなっていただけで、二日ほど入院していたら直ぐに退院していった。
ただ、一度魔力回路がおかしくなったせいで暫くは魔法を使うことを禁止されていた。
あれだけの規模の魔法を使ったのだから、当然の結果だろう。
そのため、俺たちは暫く勇者業及び冒険者業を休業することにした。
まぁ、パーティーの半分がまだ入院中というのと、肝心の勇者がまだ動けないとなると、それも致し方ないことだ。
つまり、早めに退院した俺とルリハの二人は再開するまで自由になったわけなのだが、そんな俺はというとルリハに連れられて図書館にやってきていた。
「…………」
「…………」
ルリハに何も説明されるでもなく、ただただ着いてきてとだけ言われて来た結果、無言でただただお互いに本を読んでいるだけという謎の構図が出来上がってしまっていた。
まぁ、俺としても今日はマナに呼び出されているわけでもないから、この後の時間どうしようか悩んでいたくらいだったし、別に付き合わされるのはいいんだけど、一先ず俺を呼んだ理由を教えてほしい。
もうかれこれ一時間くらいはこうしているだろう。
俺も俺で適当に見つけた娯楽本を読んでいるのだが、ルリハは何やら魔法書らしき物を読んでいる。
魔法の行使が禁止されているだけで、魔法の勉強自体は禁止されていないからな。
勉強熱心だな。
ただ、流石にいい加減、俺を連れてきた理由を教えてもらいたいところだ。
「なぁ、ルリハ。今更なんだけどさ、なんで俺付き合わされてんの? 魔法書を読むだけだったら一人でも良くないか?」
「図書館デートはお気に召さなかった?」
「は? 図書館デート?」
「一番の功労者を労おうと思って。男の子を労うんだったらデート気分を味わわせてあげるのが良いのかと」
「一番の功労者? よくわからないけど、デートならこの状況は間違ってるだろ……」
何がデートだ。これじゃデートじゃなくてただただ一緒に図書室に来て各々本を読んでいるだけだろ。
「だって、あなたが倒したんでしょ? あの魔人」
「……いや、俺は蹴り飛ばされた後気絶してただけだ」
「…………」
あっぶねぇっ!
ルリハの奴、まだ俺をカルマじゃないかと疑って来てたのか。
そして、気を抜いて一番の功労者ということを認めたら俺をカルマだと断定して崇める気だったんだろ。本当に抜け目がないやつだな。
一応、ユイたちの前でこうして疑いをかけるということは遠慮してくれてはいるみたいだが、今はルリハと俺の二人きり。
つまり、ルリハはユイたちの目を気にすること無く俺を観察できるという絶好の機会。そして俺にとっては最悪の機会。
ルリハはデートにかこつけて俺をカルマかどうか確認するために呼び出したんだ。そして、俺はそんなルリハの策略にまんまと乗ってしまったということらしい。
ちょっとでも気を抜いた俺が馬鹿みたいだ。
こんなことならばいつもみんなに付き合ってあげれてないから、用事が何も無い今日は付き合ってあげるかなんて考えずにいつも通りに突っぱねればよかった。
でも、今更後悔したところで後の祭りだ。
今から用事を思い出したふりをしてこの場から逃げるということも出来なくはないが、それだとあまりにも怪しすぎる。
ルリハの中で俺のカルマ説がかなり濃くなってしまう。そうなれば今まで以上に疑いをかけてくることだろう。
「ちょっと待ってて」
「え、あぁ」
そう言うとルリハは席を立ち、持っていた魔導書をカウンターへ持っていくと、読んでいた魔導書を買ったらしい。
お金を支払って魔導書を手に戻ってきた。
「まぁ、さっきの話はまた今度詰めるとして」
いや、もう金輪際さっきの話は振らないでほしいかな。
「今日ハルトを呼んだ理由っていうのは私の杖を買いに行きたいから」
「杖? そう言えば持ってないな」
「そう、この間の戦いで壊れちゃったから。メルにすごい謝られた」
あぁ、なんかすごい謝ってる声が聞こえてきたな。メルバードがあそこまで人に謝罪している声を聞いたことがなかったからちょっと興味が出て聞き耳を立ててたんだけど、なにやらメルバードがルリハの杖を武器として使って破壊しちゃったらしい。
なんかルリハが引くほど謝っていたし、逆にうざがられていたような気がする。
それで杖を買いに行こうということか。
「理由はわかったけど、それでも俺必要なくないか?」
「あなたを呼んだ理由はいくつかあるのだけど、一つ目がさっきの話。二つ目はあなたに馬車を操縦してほしいから」
「馬車? この街で買うんじゃダメなのか?」
「私の杖は普通の杖とは違う。私の魔力をコントロールするための、いわば一種の魔道具のようなもの。この街には売ってなかった。使うことで魔力を抑制できて、超級魔法でもコントロールして撃つことが出来る。まぁ、撃てるだけで、実戦で使えるレベルになるって言うわけじゃないけど。前回のはどうしても必要だったから撃っただけだし」
つまりは俺がつけているブレスレットみたいなものか。
俺のブレスレットよりは簡単なものなんだろうけど、魔力制御を容易にできるくらいにまで威力を抑制するのか。
いやしかし、抑制してあれほどの破壊を引き起こすのだとしたら、ルリハが杖を使わずに超級魔法を使ったらどれだけの破壊を引き起こすのだろうか。
末恐ろしい。俺が言えたことじゃないけど、天才は凄まじいな。
「でも、二人が回復してからじゃなくて良いのか?」
「二人が回復してからだと買いに行くのが更に遅くなっちゃうから。ハルトが回復したら行くつもりだった。意外と早く回復したからそろそろ行きたいと思って」
「まぁ、良いけどさ。買いに行く街ってどこなんだ?」
「そこまで遠くじゃない。馬車なら一時間くらいで着くと思う」
「へぇ、そりゃ近い」
「街の名前はオルターン」
「やっぱ用事を思い出したから今日はちょっとパスでいいか?」
俺は街の名前を聞いた瞬間に脱兎のごとく逃げ出した。
嫌だ、あの街には金輪際近寄りたくない。行きたくない。なんと言われようとも俺は絶対に行かないぞ!
走る走る走る。
絶対に行かないぞと言う意思を見せるため、ルリハからめちゃくちゃ遠くに逃げる。だが、身体が若干重たいため、気がついてしまった。
「ルリハ、なんでしがみついてるんだよ! むちゃするな、お前病み上がりだろ! いや、むしろまだ絶対安静だろ!」
ルリハが俺の腰にしがみついていた。
まるで俺の尻尾みたいに俺の走る速さに身体が地面から離れて揺れているが、絶対に逃さないと言わんばかりにがっしりと腕が腰をホールドしてきている。
「ハルト、一生のお願い。オルターンに連れて行って」
「一生のお願いをこんな軽々しく使うな! 第一、そんなに行きたいなら一人で行けばいいじゃんか。金を出せば馬車に乗って行けるだろ」
「ハルトはこんな幼気な少女を一人で知らない人が乗ってる馬車に乗せる気なんだ。ふーん」
「ぐっ」
確かにちょっと不安ではあるが、ちゃんとした業者に乗せていってもらえれば大丈夫だろ。
そこまで俺に拘る必要は感じられない。
どうやってルリハを説得しようかと考えていると、ついにルリハは信じられない暴挙に出てきた。
「連れて行ってくれないなら泣く」
「は?」
「所構わず激しく泣く。見捨てないで、私にはあなたが必要なの、絶対に役に立ってみせるから、などと恥ずかしげもなく泣きわめく」
「なん……だと?」
「私は本気」
本気かこいつ。
自分のプライドをかなぐり捨て、俺をものにするためだけにそんな恐ろしい行動をしようと、本気で言っているのか?
俺は立ち止まり、恐る恐る振り返ってルリハの顔を見てみる。
察した。ルリハは本気だ。これはやる人の目だった。今にも人を殺しますと言っても何も不思議じゃないくらいの漆黒をその瞳は秘めていた。
見続けているのも怖くて目を逸らしてしまう。
「お、おーけーおーけー、冷静に、落ち着こう。な?」
「私は落ち着いていますがなにか? ハルトの方こそ落ち着いてください」
その目怖いんだよ。頼むから光を宿してくれお願いだ!
「分かった……御者は任せてくれ」
俺は屈した。
「ありがとう、助かった。危うく醜態を晒さざるを得ないところだった」
勇者パーティーのメンバーがいったいこんなところで何やってるんだか……。
最近、勇者パーティーとはなにか考えさせられるようになった。本当にこんなことをやり続けていて良いのだろうか。
俺が意図的にマナの居場所を隠しているから仕方がないだろうけど、やってることは普通の冒険者とそんなに変わらないことばかりだし。
どうしてこうなったんだろうか。
それにしてもオルターンか……嫌なんだよなぁ。
そう言えば、新聞で今日賢者会議があるって書いてあったから、大丈夫だとは思うけど……でも、ちょっと心配だ。
賢者にはそれぞれ管轄というものがある。
俺の管轄はこの王都近辺だ。
そしてこれから行くオルターンは俺の管轄から離れ、別の賢者の管轄となっている。そいつが非常に曲者で、最悪俺の正体を見破ってくる可能性があるから嫌なんだよなぁ。
「じゃあ、御者はお願いね」
「はぁ……分かったよ」
だいぶ気が進まないんだけど、ここで俺が逃げたら間違いなくルリハは俺の名前を叫びながら泣きわめくことだろう。
つまり、俺に選択権など存在しないということだ。
こんなことならやっぱり来るんじゃなかったな。




