3-28『暗い感情』
わかり合うなんてことは絶対にできない。ガルガの時に共闘した魔王の方がよっぽど人間らしく見えた。
それこそ、ユイも今では本当にマナを討伐することが正しいことなのかと疑念を抱いてしまうほどに。
ユイは初めてある感情を抱いていた。ガルガと対峙したときですら微塵も抱かなかった感情。
――こいつは生きてちゃダメな存在だ。
ユイが初めて抱いた強烈な感情、それは本気の殺意。
恐怖や迷いという感情は一切消え去った。今のユイの心にあるのはただ一つ『エイフィルを殺す』、そのたった一つの感情だった。
基本的に恐怖や迷いと言う感情は腕を鈍らせてしまう。
現に、ユイはエイフィルに恐怖を抱いて思うように動けなくなっていた。ユイの実力であれば完全な互角とまでは行かなくても、カルマとユイの戦いに横槍を入れることくらいは可能だったはずなのだ。
だが、恐怖のせいでついていけないと感じてしまい、動けなくなっていた。
今のユイにはそんな制約はない。
エイフィルを殺すこと、それしか頭にはない。それ以外の、エイフィルを殺すのに不必要な思考は全て捨て、剣を構えた。
ユイの雰囲気が変化する。その変化にエイフィルも気が付き、ユイへ向き直った。
「へぇ、君ってそんな雰囲気も出せるんだ。面白いね。そう言えば君って勇者なんだよね? 新聞で見たよ? 確かユイ・フィートベル。ユイ、君は死ぬ時いったいどんな表情を見せてくれるのかな? 勇者の器ってどれくらい寿命があるのかな? こんな緑の子を殺すよりも、勇者の君を殺したほうが楽しそう」
ジュルリと舌なめずりをしてユイを見据えるエイフィル。もうエイフィルは自分の勝利を微塵も疑わず、ただただ勝利した後のことだけを考えている。
だが、それはユイも同じ事。
ユイもただただエイフィルを殺すことしか頭にない。自分が負けた後のことなんて微塵も考えていない。
「……なせ」
「ん?」
「メルちゃんから手を離せ!」
ユイが剣を振るう。
すると、突風が巻き起こり、エイフィルへと襲いかかってそのまま吹き飛ばす。衝撃でメルバードの手首からエイフィルの手が離れ、その場で崩れ落ちたのを目視すると、ユイは吹き飛んでいったエイフィルを追いかける。
だが、これはただ吹き飛んだだけでエイフィルには何のダメージにもなっていない。薄皮一つはぐことすら出来ていない。
この程度の攻撃力ならば余裕だと考えたエイフィルは着地して踏みとどまると、ユイが突っ込んでくる方向へ拳を叩き込んだ。
しかし、ユイは拳が直撃する直前にその姿がブレ、エイフィルの拳はユイをすり抜けてしまった。
先程ユイが見せた『絶風転身』を警戒し、振り返って構えるエイフィルだったが、そこにもユイの姿はなく、完全にエイフィルの前から姿を消してしまった。
困惑して周囲を見渡すエイフィル。
エイフィルにとって完全に予想外の状況だった。そしてそんなエイフィルへ暴風が襲いかかった。
上空から叩きつけるかのような暴風に思わず耐えきれずに地面へ倒れ込んでしまう。
「このくらい! 『身体強化』」
身体強化を使用し、なんとか起き上がったエイフィルに今度は正面から剣が迫ってきていた。
迫りくる剣はエイフィルの腹部を貫き、背中まで貫通。いつの間にか目の前に現れていたユイはエイフィルを足裏で蹴り飛ばし、同時に剣を引き抜いた。
さすがのエイフィルもよろめくが、その状態からでも手のひらに魔力を集め、眼の前に見えるユイに向かって魔法を放つ。
「『ラグーン』」
エイフィルの周囲に巨大な水玉がいくつも出現し、それらから一斉にユイへ向かって高水圧の水が発射される。
岩なら一瞬で砕くことが出来るほどの威力で、ユイも直撃したら一溜まりもないと言った威力なのだが、そんなものは当たらなければ関係ない。
今のユイは怒りに身を任せているが、恐怖を感じていた頃とは違って肩の力が抜けている。
だから、そんな上級魔法ですら上手くいなす事ができる。
「お返し、『風渦』」
風を纏い、回転することによって『ラグーン』による水の勢いを完全に掌握し、自身の竜巻に巻き込んでしまう。
そしてそのまま竜巻の勢いを利用して巻き込んだ水を全てまとめて更なる高水圧の水としてエイフィルへと向かって撃ち返した。
「ちょっ」
その状況は予想外だったエイフィルはそれを回避することが出来ず、自分の放った技に吹き飛ばされてしまう。
そしてそんなエイフィルに追い打ちとばかりに、足元に見えるエイフィルが飛んでいった後に出来た水の導線へ視線を落とすと、ユイは剣に雷を纏わせた。
「『雷閃』」
「ぎゃああああああああああああああああああああああ」
そのまま剣を水の導線へ振り下ろすと、その水を伝って稲妻がほとばしり、そしてエイフィルを雷で焼く。
ユイはエイフィルが死ぬほどの攻撃はしない。肉体を再生させているとは言え、一度は肉体的に死ぬのだろうから、殺してしまったら痛みを与えることが出来ない。
だから死なない程度の攻撃を繰り返し、痛めつけてまずはエイフィルの心から殺す。そんな勇者らしからぬ考え方をしていた。
今まで殺してきた人たちの分も全て償ってもらう。そう簡単には死なせないと、暗い感情で動いている。
「もう怒った! もうどうなっても知らないよ! 『終末の大海』」
そんな戦い方を繰り返していればエイフィルを怒らせてしまうのは当然のことで、ついに怒ってしまったエイフィルは超級魔法『終末の大海』を発動した。
全てを無に帰さんとばかりに暴力的な水の並を生み出してユイたちを飲み込もうとしてくる。
だが、ユイは絶望しない。そんな光景を目にしても一切怯むことはなく、じっとエイフィルのことを見据え、そして――
「怒ってるのは私の方だよ! 切り札」
宣言したユイの眼の前にはカードが出現。それと同時にユイの剣に雷がほとばしる。
今までの風とは明らかに違う構え。上に構える『風魔断絶剣』とは違って、今度のユイは剣を下に構えていた。
普段大人しい子を怒らせたら怖いっていいますからね。




