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3-27『邪悪』

「はぁ、はぁ……これでどうですか?」


 メルバードは隕石の落下地点を見据えながら問う。

 これほどの爆発を浴びたのだ。肉体の欠片すらも残っていないと考えたいところではある。

 だが、そんなメルバードの期待は儚く散ることとなった。


「惜しかったね。だけど、逆に肉体を跡形もなく吹き飛ばしたら一瞬で再生できるんだよ」


 なんと、吹き飛ばしたはずのエイフィルが一瞬で肉体を再生させ、メルバードの肩に腕を回して背後に経っていた。

 ユイの目からはエイフィルがその場所に発生したように見えた。

 つまり、エイフィルは肉体の欠片も無くなると、無から発生することが出来るのだ。それがメルバードの誤算。


 確かにエイフィルは肉体の損傷が大きければ大きいほど再生に時間がかかる。それは吹き飛んだ肉体同士を繋ぎ合わせようとするから。

 だが、その繋ぎ合わせる肉体が無ければエイフィルは一瞬で一定範囲内の好きな場所に自分の身体を生やすことが出来る。


「君の策は良かったよ。あの賢者よりもよっぽど考えられていた。相手があたしじゃなければ倒せていたかもしれないのにね。本当に残念だよ」


 もう肩に触れられている。耳元まで近づかれてしまっている。

 流石にメルバードもこれだけ上級魔法を連発してしまうと魔力が底を尽きかけていた。

 息も上がっている。普段から激しく動いているわけじゃない、普段は研究室に籠もって魔道具の研究に没頭していた弊害で、メルバードは体力がそこまで多くないのだ。

 だから、抵抗するための力が入らない。


 だけど、まだ一発だけ、魔法を使うことが出来る。


「『エクスプロージョン』」


 自分の顔の横にあるエイフィルの顔を掴みかかり、そのまま自分もろとも『エクスプロージョン』で爆破を試みる。

 だが、魔法が発動する寸前、エイフィルはメルバードの手首を掴み、そしてそのまま力を込め――


 バギっ


「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 まるで細い木の枝でも折るかのように簡単にメルバードの細い腕の骨を負ってしまった。

 メルバードは激痛のあまり叫び声を上げて魔法を解除してしまう。エイフィルはにやりと口角を上げた。


「いいね、すごくいいよ君のその苦痛に歪んだ表情。すごくいい。あ、その顔もいいね、絶望に淀みきったその目。すっごくゾクゾクする。安心して、君の肉体は死ぬけど、永遠にあたしの中で生き続けるんだから、寿命として、ね?」


(メルちゃんが、メルちゃんが殺されちゃう。どうにか、どうにかしないと。メルちゃんが! 動け、動け、私の身体。メルちゃんやルリハちゃんがこれだけ頑張ったのに私だけ座り込んでるわけにはいかないでしょ! 私は勇者なんだから!)


 このままだとメルバードが殺されてしまう。

 ユイはまだ心がぐちゃぐちゃのまま、精神が不安定ながら必死に剣を構えてユイへと突撃していった。

 だが、そんなヤケクソな攻撃、エイフィルに通用するはずもなく、剣は回避され、蹴り飛ばされてしまった。


「あ、が……くぅ……」


「まぁまぁ、焦らないで? 君もあとでゆっくり殺してあげるからね?」


 メルバードは激痛と絶望のあまり足の力が抜けてしまったが、エイフィルがその手首を掴み上げ、強引に立たせて顔を自分の眼の前にまで持って来る。


「お、姉ちゃん、お、姉ちゃん、お、姉ちゃん」


 もうメルバードに意識なんて無いも同然だった。

 ただただうわ言のように「お姉ちゃん」と連呼するだけしかできなくなってしまっていた。そんなメルバードの姿にエイフィルは満足げに笑った。


「どうして、どうして人を、殺すんですか……どうして……あなたと私たち、どちらも同じ姿をしています。出来ることもほぼ同じです。あなたはどうなんですか? 以前、私たちは人間から魔人になってしまった人を見ました。あなたはどっちなんですか?」


「その質問に答えるなら、元人間ね」


「そうですか……なら、なんで、なんで元々は同じ人間だったのに、人間をこれほど残虐に、あっさりと殺してしまうんですか。私たちは同じ人間だったんじゃないんですか!? なんで、なんで……」


 ユイの言葉を聞き、エイフィルはなんにも思っていない冷たい目をユイへ向けて言い放った。


「じゃあ、聞くけどね? あなたたちって生きるために動物や魔物を殺すでしょ? それといったい何が違うのよ」


「ではあなたは生きるために私たちを殺して寿命を奪っているっていうことですか?」


「いや、あたしは長く生きすぎたから最近は飽きてきたんだよね」


「なら、なんで」


「楽しいから」


「はい?」


 まさかのエイフィルからの答えにユイは呆けた顔で素っ頓狂な声を上げることしか出来なかった。


「人間って殺された時の表情って千差万別なんだよ? 絶望の表情、悲しみの表情、怒りの表情、怯えの表情、死に方はこの世界に生きている人の数だけ存在している。あたしはそれを見るのが大好き。長く生きて飽きてきたこの世界でやっと見つけたあたしだけの娯楽! 人を殺す度に、あぁあたしってこの為に生きてるんだって実感する。あなたはあたしを狂ってるって糾弾するかい? だけど、あたしからしてみればあなたたちの方が狂ってるって思うな。だってそうでしょ? こんな娯楽の欠片もない世界で、ただただ冒険者として仕事だけをし、あなたたちなんて魔王討伐なんていう先の見えない仕事をしようとしている。本当にバカだよね、そんなことをしている暇があったらあたしはこの狂った世界をめちゃくちゃに破壊してやりたい。あたしという存在を世界に知らしめ、恐怖の存在としてこの世界に君臨する。世界のトップに君臨するのは勇者でも魔王でもない、このあたし。王なんて世界に二人と要らない、あたしだけで充分。そして世界を手中に収めた暁には世界の権力者どもを八つ裂きにする。あぁ、その時、その人たちはどんな表情をして、何を思って逝くのかな。絶望するのかな、怒るのかな、命乞いをするのかな? 今から考えるだけでもすっごく楽しみ。想像するだけでよだれが出てきちゃうよ。出来れば泣いて絶望してあたしの前で這いつくばりながら命乞いをしてほしい。そしたらあたしはそいつらに微笑みかけ、許してもらえるかもという安堵を一瞬与えた上で頭を踏み砕いて殺すんだ。さいっこうに楽しそう! あぁ、でも、権力者なんて居るだけで面倒な存在だし、あたしの性格的になにか思う前に殺しちゃうかもしれないね。ちょっと残念」


「あなた、何……言ってるの?」


「何って、この世界で最高に楽しい娯楽の話だよ。一度やるともうやめられないよね」


 ここでユイはようやく理解した。

 価値観の相違。元人間なんだとしてもエイフィルの心はもう人間のものではない。完全に魔人となり、邪悪に染まりきっている。

 まるで乙女のように楽しそうに話すエイフィルだったが、ユイにはその時のエイフィルの笑みはこの世の何よりも邪悪で、そして悪魔的に見えた。

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