3-25『あとは任せる』
心臓がバクバクうるさい。身の危険を教えてくれている。
マズイマズイマズイ。今、俺は何をされた? まさかエイフィルにキスをされた?
さっき、エイフィルにキスをされた後に死んでいった冒険者たちを思い出す。
俺の心臓も捻り潰されるっていうことか? そして、ちょっとでも攻撃しようものなら、俺にも同様のダメージが入る。
つまり、俺自身が人質。
「あーあ、あたしの前で隙を見せちゃダメだよ。あたしはね、確実にその隙を狩る狩人なんだから」
体内に違和感がある。
まるで自分のものではないなにか、異物が体内に入り込んでしまっているかのような。
しかも、それは魔力を帯びていて、俺の体内から俺じゃない別の魔力を感じる。それだけで気持ち悪いのだが、それは俺の体の中心、すなわち心臓部にある。
そうか、あいつは切り札を使う時、カードは誰にも見えない、だからあいつが切り札を使おうとしていることに気が付けない。
だって、あいつのカードは相手の心臓部に出現するんだから。
「どんな気分かな? もう君はあたしに勝つことが出来ない。だって、君はもう既にあたしの術にハマっているんだから」
「最悪の気分だ。体内に異物が入っていて、気分がいいやつなんて居るわけがないだろ。ったく、人の体内に変なもん埋め込みやがって。これ、取ってくんねぇか?」
「いや、取るわけ無いじゃん。取ったら何のために君に切り札を使ったかわからなくなるでしょ」
呆れられてしまったが、本当に気持ち悪いから純粋に取ってほしい。こんなに自分の中に自分以外の魔力を感じると気持ち悪くなるものなのかと、今初めて知った。
まぁ、普通に生きてたら他人の魔力が自分の体内に異物として入り込んでくるなんてことは無いだろうし、当たり前だよな。
それにしても面倒だ。
これで俺はあいつに攻撃ができない、そして何かの条件を満たしてしまうと俺は死ぬ。
生け捕りも正直、あいつ相手だったら出来る気がしないんだよな。
基本、全ての練度が俺を上回ってるんだよ、あいつ。途方もない時間を修行に注ぎ込んでるから、もはやあれは賢者クラスと言っても過言じゃないだろ。
でも、あいつは俺たちを舐め腐ってるから、基本的に本気を出すっていうことはしてこないだろう。
さっきの超級魔法ですら、恐らくエイフィルにとっては戯れの一つでしか無い。
一つ、試してみたいことがある。
絶対にそんなことはないと思うが、俺は自分のダメージがあわよくばエイフィルにも入らないかなと考えた俺は思い切り自分の側頭部を殴りつけてみた。
ドォンという爆発音にも似た音を響かせ、周囲には衝撃波が放たれる。
そんな自分を殴りつける俺の姿を見て、周囲に居るみんなはぽかんとしてしまっていた。
「なに、やってるの?」
「いや、俺のダメージがお前にも反射されるかなって」
「されるわけ無いじゃん。バカなの?」
なんか、すごく呆れた顔をされたが、エイフィルに呆れた顔をされるのはすごくムカつくんだけど。
無駄に思い切り殴ってしまったせいで、頭が痛てぇ。
『豪拳』には満たない威力だが、自分にダメージが入るような威力で殴ったのだからそりゃ痛い。
「さて、それじゃあ、君はここから何分生きれるかな? 寿命は……そうだね、最大五分って言ったところかな」
「それはあんたの匙加減だろ。だいたい五分頃に自分の心臓を握り潰してしまえば俺を殺せる」
「そうだね〜今君の生き死にはあたし次第って言ったところなんだけどさぁ〜? それって、面白くないよね。あたしもね、千年以上生きていると娯楽って言うものに飢えていてね……だから、君がどれだけ生きるかを予想する、そんな戯れに興じてるんだよ」
「へぇ、悪趣味なこって」
話して時間を稼いでいるけど、俺が圧倒的に不利なことは変わらない。
そもそも、まだダメージの共有以外の殺害方法がわかっていないんだ。
その条件が満たされない内は大丈夫だと思うが、その条件が分からない以上、いつ気づかない間に満たしてしまうかわかったものじゃない。
集中だ。
「それじゃあ行くよ、よーい……スタート!!」
エイフィルのその掛け声と共にエイフィルは身体強化をして突っ込んでくる。
本来の戦闘スタイルは水魔法をぶっぱなす事なんだろうけど、こうして俺の得意である近接戦に持ち込んで来たということは……。
「はっ!」
「ちっ」
エイフィルの拳を受け止め、肩を突き飛ばすと同じような衝撃が俺にも返ってくる。
あいつ、切り札を使った後にダメージを貰う時はわざと魔力で防御せずにもろに受けてるな。
その方が相手にも大きなダメージを跳ね返せるってか?
「ねぇねぇ、どうしたの? さっきまでの勢いはどこに行ったのかな?」
次々と俺に拳を叩きつけながら言ってくるエイフィルに若干の憤りを感じながらそれらを何とか受け止めたり弾いて対処する。
だが、その衝撃も腕に伝わってきて腕を動かしにくい。
「さぁさぁさぁ、攻撃しないと勝てないよ? 所詮賢者って言ってもその程度なんだね!」
「うるせぇ、話しかけるな!」
攻撃はできない。攻撃をしたら俺にもダメージが跳ね返ってきちゃうから。
何とか切り札を解除させないことには何にもできない。
「くっ」
ただ、防戦一方にも限界がある。
防御が得意なわけじゃないから、こうしている間にも少し打撃を貰ってしまっている。
ならばと俺はエイフィルを蹴り飛ばし、ダメージの反射を利用して飛び退き、エイフィルとの距離を取る。
今のはかなりの衝撃だったが、ここで怯むわけにはいかない。
エイフィルが再度突っ込んでくる前に構える。
「切り札」
パチンと指を鳴らすと、目の前に炎が燃え上がり、カードが出現した。
俺のこれはおそらくエイフィルには通用しないだろう。
俺の切り札の発動条件である罪に関しては相手の意識によるものが大きい。つまり、罪の意識が無い相手には効果を示さない。
ガルガは魔人になってから日が浅く、まだ完全に意識が魔人になりきってなかったから罪を犯してるという意識が俺の切り札の条件に引っかかった。
でも、エイフィルは違う。
エイフィルは完全に魔人だ。だから人間の罪の意識なんてものはもうとっくに無くなっているだろう。
だからこれは布石だ。
防戦一方ならば俺の切り札のもう一つの効果、ダメージを蓄積して攻撃に載せるという効果が活きてくる。
カードをキャッチし、俺はカードに魔力を流し込むと、そのカードは消滅、効果が発動された。
「『業』」
ガルガの時とは違うのはこのまま時間を稼いでもエイフィルが弱っていくことは無いということ。
ならば、最初から全力で――
「それで何しようって言うのかな? あたしに勝てるのかな!?」
「多分、俺の技は通用しない。このまま俺が戦い続けたとしても、お前に攻撃するほどに俺の傷が増え、お前はダメージ一つ負わないことだろう。本当に厄介なことだけどな」
「へぇ、よくわかってるじゃない。だったらなんで、今更切り札なんて使ってきたの?」
「ちょっと、やってみたいことが出来た」
そう言うと、俺は一気にエイフィルへ距離を詰めると、思い切りエイフィルを殴りつけて見せた。
「んぐっ」
「がっ」
俺が殴りつけたというのに、俺も共にダメージを受けてしまっているというよくわからない状況。
さっきまでとは違ってセーブして殴っているわけではないため、俺もまともにダメージを受けて殴り飛ばした左肩がバッキバキに粉砕されてしまった。それに伴って激痛が走るが、そんなことお構いなしとばかりに今度はエイフィルの顔面を殴り飛ばした。
するとまたエイフィルのダメージが俺にも共有され、顔面に衝撃が走って俺も同じような感じで吹っ飛ぶ。
まるで反発しあっているかのような動きになってしまったが、この際、ダメージなんて気にしない。
俺の『業』によって増幅されたダメージが俺にも入るが、これによって俺の考えが正しかったことを理解してニヤリと笑った。
受けたダメージは『治癒』によって回復しておき、次の攻撃の構えをする。とにかく俺は死ななければそれでいい。
「き、君、馬鹿なんじゃないの? 自棄にでもなった? さっき自分で言っていたじゃない。君の切り札の効果をもってしても、あたしの切り札を突破できないって。そのせいで、回復魔法を使ったとしても、すごくダメージを受けている。しかも、ダメージを受けているのは君だけだよ。本当に、意味がない」
とにかく、捕縛するまでの時間を稼げればいい。
さっき粉々になった時、いつもよりも再生に時間がかかっているようだった。つまり、めちゃくちゃにすればするほどに再生にそれだけの時間を要するというわけだ。
だから俺は攻撃を続ける。
『業』による攻撃力アップは一度攻撃をしたら解除されてしまうが、そこにさらなる威力のダメージを受けることによってどんどんと『業』の攻撃力アップが大きくなっていく。
だから俺は自分のダメージも気にすることはなく、次々とエイフィルを殴り続ける。もちろん、その度に俺の攻撃力が上がっているからだんだんダメージ量が大きくなっていくため、俺の回復も追いつきにくくなっていく。
「頭おかしいんじゃないの!? どれだけやったって無駄なんだよ!」
確かにこれは意味が無いように見える。だから、布石だ。
この後のための、布石。
今ここでエイフィルを倒すつもりはない。エイフィルを倒せる可能性があるとしたら、それはユイだ。
俺は信じている、ユイがエイフィルを倒す方法を見つけ出すっていうことを。
だから――
「あとは任せる」
その言葉を最後に俺は心臓を押さえ、その場に倒れ込んでしまった。




