3-24『途方もない寿命』
なんだこりゃ。
俺はバルゼットに瞬間移動で『界割』の中に連れて入ってもらったが、開口一番に抱いた感想はそれだった。
まず真っ先にユイたちの脅威となりうる津波に関しては消し飛ばしてやったが、それ以外にもこの空間の至る所が燃えていて、水が通った場所だけ火が消えているけど、他の場所は火の海地獄といった光景だった。
何がどうしてこうなったのかさっぱりわからない。
恐らくエイフィルはこれほどの火属性魔法を使うことは出来ないだろう。なにせ、エイフィルのメインウェポンは水属性で、火属性もこのくらいの練度で使えるのならば、俺と戦っていた時に使わない理由はないだろう。
そうなると、他に火属性を使えるやつと言ったらルリハかメルバードなんだが……メルバードはこんな魔法を使えないと思うし、そうなるとルリハがこの状況を作り出したっていうことか?
確かにユイとメルバードの近くで力尽きたように倒れているが、この規模の魔法を使ったから魔力切れを起こしたっていうことか? 随分無茶をしたようだな。
でも、その御蔭でユイたちは俺が来るまで殺されずに済んだのだから、感謝をしておこう。
「なんでかなぁ。今のってさ、『豪拳』だよね? 中級の。なんで中級魔法が超級魔法を消し飛ばしてるわけ? 意味がわからないよ」
空から下りてきている俺に向かって見上げながら文句を言ってくるエイフィル。
「知らねぇよ。ただ、お前の超級が俺の中級よりも弱かった、それだけの話じゃないか?」
つい最近も俺は超級魔法を中級魔法で消し飛ばしてるんだ。
ヴァルモダの『壊雷』のことなんだけどな。魔力次第では中級でも超級を上回れるほどの火力を出せるということだ。
それにしても間一髪だった。
バルゼットが来てくれなかったら、俺は間に合わずに三人を喪っていた。
俺は地上に降り立つと、エイフィルに向き直る。
さっきまで力を抑制されていたからか、開放感がものすごい。やっと本気を出して戦えるんだ。
「さぁて、お前は魔人だな。魔力からそのどす黒いパワーをひしひしと感じるぞ」
知っている相手だが、カルマとして会うのは初めてのため、初めて見た様な演技をしておく。
「そういう君はどこかで見たことがあるような……あ、そうか。失踪した賢者だね! 失踪したっていうから、てっきり死んだものだと思っていたんだけど、まさかまさか生きてるとは思わなかったよ! ねぇねぇ、今まで何をしてたの? どうして今更現れたの? どうやってこの中に入ってきたの? 今、丁度いいところだったんだから、邪魔しないでもらえるかな?」
「邪魔するなと言われて邪魔しないやつがどこに居る!」
俺は喋りながら拳を振るい、衝撃波を放つと、エイフィルは横に飛んでその衝撃波を回避してみせた。
そして自分の背後を見て目を見開いた。
そのエイフィルの視界に映ったのは衝撃波だけで建物が次々に崩壊していく様だった。
正直、俺が本気で戦えば街は崩壊してしまうんだが、今は『界割』がある。だから、この範囲以上の被害は出ないはずだ。
つまり、エイフィルは自分から逃げられない空間を作り上げてしまったんだ。
被害が出たとしてもこの空間内だけで済む。
「うっひゃ〜、賢者っていうのは末恐ろしいね。すっごい威力。惚れ惚れしちゃう。もしかして、その攻撃だったらあたしを殺せるかもしれないね? ほら、やってみてよ。ほら、ほら」
「ち、嫌なやつだな、お前」
今の攻撃でもエイフィルを殺しきれないってエイフィルは知っているから、あんなにも余裕で俺を煽ってきているんだ。
本当に腹が立つが、俺も同意見。
俺の攻撃がどれだけ当たったとしてもエイフィルを倒し切ることは出来ない。それはさっきまでの攻防で嫌と言うほど理解した。
なら、殺し続けるだけのことだ。
「お、今度は近接戦? あたしも結構得意なんだよ」
俺がエイフィルに急接近すると、エイフィルが迎え撃ってくる。
エイフィルが近接も出来るというのは知っている。なにせ、俺がさっきまで戦っていたハルトなんだからな。
そして俺の拳とエイフィルの拳がぶつかり合い、そして――
「う、ああああああああああ」
エイフィルの拳がグシャリと砕け散り、俺の拳はエイフィルの顔面を撃ち抜いた。
顔が弾け飛び、そのまま身体だけがぶっ飛ばされて地面を数度転がると、飛び散った肉片が即座にエイフィルのもとへ集合して顔を形成していく。
何度見ても気持ち悪い光景だ。
「本当にお前ってめんどくさい体してるな。もういい加減死んでくれない?」
「それは出来ない相談だよ。君たちとあたし、どっちが死ぬか。それは当然、あたしが生き残り、君たちが死ぬ。それが自然なんだよ。そもそも、魔人に逆らおうとするほうが間違ってる。魔人は魔物なんかとは格が違う。あんなものと比べられることが腹立たしいよ。魔人こそ生命の究極系、魔人こそ、この世の頂点。賢者であろうが、魔王であろうが、それを揺るがすことは決して出来ないんだよ」
「見解の相違だな。俺はむしろ魔人って可哀そうだと思うけどな」
「はい?」
「だってそうだろ? 確かに魔人は最初から魔人として生まれ落ちたやつも居るだろうさ。だが、お前みたいな奴らは元人間だろ? 仲間たちと一緒に暮らしていて、キャッキャウフフしてたんだろ? それなのに魔人になったら価値観が書き換えられて、その仲間すらもどうでも良くなってしまう。もう人間としての価値観を得ることは出来ないんだから。だからさ、お前」
そして俺は一拍置いて、言った。
「可哀想だな」
次の瞬間だった。
水の槍がいつの間にか眼前に迫ってきていた。それを手で捌く。
エイフィルが水の槍を構えて直接攻撃しに来ていた。そのエイフィルの瞳は完全に暗くなっており、さっきまでの人を小馬鹿にしたような表情はどこへやら、完全に真顔となって俺に襲いかかってきていた。
俺はその攻撃を全て手で弾いて捌いているが、如何せん速い。身体強化の練度が高い。身体強化と水属性の練度で言ったら間違いなく俺よりも高い。
見た目年齢で言ったら俺よりも間違いなく下の年齢だと言うのに、どうしてこれほどまでに練度が高いんだ。魔人だからという言葉だけでは説明できないぞ。
「あたしは可哀そうじゃない。圧倒的な力を手に入れた。魔人ってすごいんだよ? 特訓したら一瞬で強くなれるの。しかも、あたしは永遠に近いほどの命を持っている。君たちとは違って時間は有り余るほどにあるんだよ。だから、君たちのように焦って努力をする必要はない。あたしは完全に君たちの上位存在だ」
「永遠の命?」
そこで気がついた。
俺は水の槍を捌くことばかり集中していて、いつの間にかエイフィルとの距離がめちゃくちゃ近づいていることに気が付かなかった。
それこそ、抱きつくことが出来るほどの距離。
そこでエイフィルは俺に密着して囁くようにして言ってきた。
「あたしはね、切り札で殺した相手の寿命を奪うことが出来るの」
「なっ!?」
「そして、あたしは寿命を消費することで自己再生が出来る。今まで殺してきた数多の人たちの寿命が今あたしに全集結してる。つまり、あなたたちがいくら頑張ったところで、この千年近く殺し続けてきた人の寿命を削り切ることなんて出来ないってことだよ」
途方もない。
千年近く殺し続けてきた人の数って、俺じゃ全く想像もできない世界だ。果てしない。
一回死ぬごとにどれほどの寿命を削って復活しているのだろうか。俺たちは後何回エイフィルを殺し続ければその寿命を削り切ることが出来るのだろうか。
きっとこれだけ殺していても、まだまだ余裕があるくらいに寿命が残っているんだろう。
本当に腹立たしいことだが、認めることしか出来ない。俺たちじゃエイフィルの言うように寿命を削り切るなんてことは不可能だ。
殺せない。
「あっははは、面白いよ君。今のその表情最高だよ! あー、君にも本当は見せて上げたいくらい。あたしはね、人が苦痛や絶望に歪んだ表情を見るのがね……『大隙』なんだ」
「っ!?」
その次の瞬間、俺の頬には柔らかい感触。そして慌ててエイフィルから距離を取ると、そこには妖艶な笑みを浮かべたエイフィルの姿があった。




