3-22『本質はそう簡単に変わらない』
黒い膜が見え、エイフィルが何かをしようとしていると考えた俺は通信機に魔力を流し込み、メルバードとの通信を試みる。
「おい、おい、聞こえてるかメルバード」
さっきまでと同様に通信機を介してメルバードに話しかけようとするも、メルバードからの反応は無かった。
反応がないということは、反応できる状況にないって言うのも考えられるけど、どうにも向こう側に通信が届いている感じがしない。
あれだけ激しく戦ってたんだから、この魔道具の故障っていう可能性も考えられるが、一番可能性として考えられるのはあの黒い膜だ。
あれが俺たちの通信を阻害していると考えるのが一番辻褄が合う。
魔力系統を一切通さない魔法。俺は一度も使ったことがなかったから忘れていたけど、あれは多分『界割』っていう闇属性の上級魔法だ。
あれの中と外を完全に分断し、誰も出入りができない空間を作り出すことが出来るものだ。
中に入ってしまったら使用者が解除するか、意識を手放すかしないと解除できない。完全にデスマッチ用の空間。
やられたっ!
あいつ、ユイたちを殺すのに俺が邪魔だとか言っていたから、俺を完全に通さないつもりらしい。
全力で走ってきてようやく幕までたどり着いたが、その幕を素通りしようとぶつかってみたものの、びくともしない。
俺だけじゃない、屋根の上から下を見てみると、周囲に居た他の冒険者たちも『界割』の外に追い出されてしまったらしく、戦う意志のあるものは必死に幕を破ろうと武器を叩きつけているが、そんなものでこの『界割』が敗れるのならば、誰も苦労しない。
「くそっ!」
俺も拳に身体強化を全力集中して『豪拳』を放つも、これは破ることが出来る気がしなかった。
多分、エイフィルはユイたちを殺すまで『界割』を解除するつもりはないだろう。そしてユイたちはガルガ戦を経て強くなったとは言え、あのレベルの魔人をユイたちだけで倒せるほど強く放っていない。
まだユイたち勇者パーティーの手には余る相手だ。
悔しい。
もっとぶん殴ってやりたい。もっとぶん殴ってやってあいつに俺に喧嘩を売ったことを後悔させてやりたい。
まだ殴り足りない。
黒くて中が全く見えない。ユイたちが今頃、どうなっているのか、エイフィルは何を仕掛けているのか、全くわからないのが余計に焦りを増幅させていく。
早く『界割』が解けろという気持ちと解けないでくれという気持ちが交差する。なにせ、解けたその時には既にユイたちは殺されてしまった後なんだろうから。
「俺は大切な人も守れないのか! これじゃあ、強くなった意味はねぇじゃねぇか! 俺は何も、変わってない!」
いや、分かってる。
最初から本気を出していればもっと良い状況になっていたであろうことは。だけど、俺は保身に走ってしまった。
これは俺の昔からの悪い癖で、俺はずっと前にこの癖で悲劇を生み出してしまった。
冒険者学園を一年で卒業した後、俺は天狗になってしまった。
なぜなら冒険者学園では教師も含めて誰も俺に勝つことは出来なかったし、研修で行ったダンジョンは誰よりも早くぶっちぎってクリアした。
そして特例で飛び級に飛び級を重ねて一年で卒業。この時点で俺の自己評価は天にまで届くほどに高かった。
もう誰も俺に勝つことは出来ないと思っていた。
多分、これはあまり知られていないことだと思うが、俺は卒業後、一週間くらい、パーティーに入れてもらっていたことがある。
年齢的に信用されないというのは分かっていたから、年齢を偽って低ランクとして入り、そして無双して褒められて気持ちよくなりたいっていうのが当時の俺の考えだった。
俺は甘かった。
井の中の蛙だということを思い知らされた。
パーティー加入から一週間後、突如として滞在していた街の近所に魔人が出現。各地のギルドマスター及び、一番近くの賢者が招集された。
俺たちがやるべきことは賢者が到着するまで街を守り抜くということ。
でも、調子に乗っていた俺はわざわざ時間稼ぎではなく、討伐しようとしていたんだ。まだあの時は魔人に挑めるほどの実力は持ち合わせていなかったくせに。
結果、俺は死にかけた。
魔人の圧倒的強さに打ちのめされた。そして、先走った俺を助けるために俺の元パーティーメンバーたちは魔人に殺されてしまった。
直後やってきた賢者はその圧倒的な強さで魔人を討伐してしまった。
俺以外の人たちは全員、その賢者の強さに憧れと尊敬の念を抱いたことだろう。だが、俺は不甲斐ないばかりだった。
俺が調子に乗っていたせいでみんな死んでしまった。俺が遊んでいたせいで。
それから俺は本気を出す場面では出し、ちゃんと状況を見極めるように心がけているつもりだった。
だけど、人の本質はなかなか変わるものじゃない。
今回も俺は自分の力にかまけ、魔人に大切な人たちを殺されそうになっている。
恐らくユイたちが死んでしまったら俺はもう自分を許せなくなるだろう。
絶対に殺させない。絶対に絶対に……。
「俺は、仲間を殺させるために強くなったわけじゃない」
仲間を殺させないために、大切な人を殺させないために、もう不幸な人を生み出したくなくて必死に努力をしたというのに。
俺は、何も変わっちゃいないじゃないか!
俺のせいだ。
俺が、力を出し渋ったから。
最初から全力を出していたら。
全て俺の責任だ。
俺が、そう、俺がこの状況を招いたんだ。
俺のせいだ、俺のせいだ、俺のせいだ、俺のせいだ、俺のせいだ、俺のせいだ、俺のせいだ、俺のせいだ、俺のせいだ、俺のせいだ、俺のせいだ、おれのせいだ、おれのせいだ、オレノセイダ。
――モットツヨク、
瞬間、俺は側頭部に強い衝撃を感じ、左にふっとばされてしまった。
そのまま、屋根の上を転がり、下に落ちそうになったところでなんとか屋根に捕まることで落下してしまうのを耐えた。
そして屋根の上を見てみると、そこにはこんな場所では見たくない顔が見えた。
「お前、何やってるんだ」
「バル……ゼット」
そこに居たのはバルゼット。
どうやら俺のことを殴り飛ばしてくれたのはバルゼットだったらしい。
しかし、なんでこんな所にバルゼットが居るんだよ。この街は人間の街で、魔物が侵入したりしないように厳重に守られているはずなんだけど。
「なん……で」
「我がなんでこんな所にいるか、ということか? それはお前も知っているだろう。我が瞬間移動を出来ることくらい」
「そう、だったな。お前は確かに瞬間移動が出来た」
それで警備をかいくぐってこんな所まで来たということか。
「それで、俺に何の用だ。用がないなら帰ってくれ、俺は見ての通り忙しいんだ」
「我はお前の監視係だからな。それに、今のお前はただただ闇雲に負の感情を募らせ、魔力回路を暴走させようとしているようにしか見えなかったからな。止めさせてもらった」
「そうかよ、そりゃーありがとさん」
「なぁ、お前、手を貸してやろうか?」
突然の申し出に俺は驚愕してしまった。
魔族が勇者パーティーに手を貸すだと? そんなこと聞いたことがない。なにか裏があると考えるのが普通だろう。
だから俺は警戒しながら言った。
「……どういうつもりだ?」
「いや、なに。俺の瞬間移動を使えば『界割』の中にだって入れる。お前は大切な仲間を救いにイケるということだ。だから手を貸してやろうと思ってな」
「目的は何だ?」
「これからもお前が魔王様と良き友人として助けてくれるなら、我は何の文句もない。だが、お前が魔王様に牙を剥くというのならば我が即お前を消し炭にしてくれる」
「はっ、なんだそれ。全然魔族らしくないな」
如何にも取り繕っていると言った台詞なのだが、俺からしてみればその程度の制約で手を貸してもらえるのならば願ったり叶ったりだ。
もう悩んでいる時間も惜しい。こうしている間にもユイたちは追い詰められているかもしれないんだ。
ならば、俺は自分の命よりもユイたちを助けることが最優先だ。
バルゼットが手を伸ばして屋根に上るのを手助けしてくれようとしている。そして同時にその手を取るならば、今の話に合意するということになるのだろう。
俺には迷う理由なんてものはない。だから、俺はその手を力強く握り、バルゼットに引っ張り上げてもらった。




