3-19『隙という最大の敵』
「『ダイスキ』」
「何だてめぇ、気持ち悪いことするんじゃねぇ」
「戦闘中にどういうつもりだ」
「俺たちは敵だ。ふざけている暇があったら俺たちと戦え」
「うん、もちろん戦ってるよ。でもね、これが私の本質だから」
「訳わかんねぇこと言ってんじゃねぇ!」
再び斬りかかろうとする冒険者。
それを見て俺は酔っ払いながら路地裏に入ってきたおっさんのことを思い出す。
間違いなくあれはエイフィルの能力。そして、今の言葉、『大好き』を囁かれたから、あのおっさんはエイフィルとダメージを共有して俺がエイフィルに与えたダメージを受けてしまったんだ。
つまり、今の状態でエイフィルを斬ってしまうと。
俺は考える前に走り出し、その冒険者の腕を掴んで止めていた。
「あ? んだよ、ハルト。邪魔すんじゃねぇよ」
攻撃しようとしたところを止められて凄まじく機嫌が悪そうだ。
そいつに俺は諭すように言う。
「そうじゃない。今は攻撃するな」
「どういうことだ?」
「そう言えば、さっきから勇者パーティーは戦ってたんだよな?」
「なら、あいつの力を知っているのか?」
「あぁ、少しだけだけどな。恐らくエイフィルは『大好き』と囁いてキスをした相手とダメージを共有できる。だから、今エイフィルにダメージを与えたらお前らにも跳ね返ってくるぞ」
「つまり、その能力をなんとかしない限り俺らはあいつに攻撃できねぇって言うわけか」
「ち、何だよ。白けるなぁ」
「ここから更に攻撃をしてやろうと思ってたのによ」
そうは言うが、こればっかりはどうしようもない。
早く何とかあれの対策を考えないと。
すると、剣の冒険者が思考を停止したように言い放った。
「っていうかさ、これだけの冒険者が居るんだ、攻撃をせずに生け捕りをすることくらい出来るんじゃねぇか?」
そんな楽観的な考えに目眩がしてくるが、そんな剣の冒険者の考えに魔法の冒険者と罠の冒険者も賛同する。
「だな」
「それなら跳ね返りを食らうこともないだろうし」
確かにそれならばなんとかなる。ただ、問題としては果たしてここに居る冒険者だけで取り押さえることが出来る相手なのかという点と、果たしてそれで良いのかという点。
俺はずっと引っかかっている。
あいつは自分が直接触れなくても殺す手段があるというのは分かった。だけど、ダメージの跳ね返りだけで相手を殺すのならば、今朝見つかった兵士たちの死体の死因はちょっとおかしくねぇか?
もしエイフィルが自分の心臓を捻り潰してダメージの跳ね返りで殺したんだとしても、一度胸に手を突っ込む必要があるから、その傷は絶対に出来るはずだ。
でも、それもなかったとなると他にもまだ殺す手段があるのか?
「よし、そうと決まれば全員で取り押さえればいいな! よし、行くぞ」
剣の冒険者はエイフィルに向き直り、気合を入れる。
だが、さっきまで自分に賛同していた魔法の冒険者と罠の冒険者の反応が無かったことから不思議に思い、後ろに居た二人の方へと目を向ける。
俺もその剣の冒険者の動きに釣られて視線を向けたのだが、その光景を見て俺は思わず絶句してしまった。
誰も何もしていない。
俺たちはただ、作戦会議をしていただけで、エイフィルには一切触れていない。だと言うのに、魔法の冒険者と罠の冒険者は倒れていた。
静かに、何の声も上げること無くただ静かに。
「お、おい、どうしたんだよ、お前ら。どうして何も言わねぇんだよ。そうだよな、いつものおふざけなんだろ? な、なぁ!? そうだと言ってくれよ!」
だが、その言葉には二人共反応することはない。
恐らく二人はもう死んでいる。だが、それを認めなくないのだろう。剣の冒険者は必死に呼びかける。
多分三人はよくつるんでいたんだろう。だから、剣の冒険者は信じられなくて、半狂乱みたいになって二人の体を揺さぶり、声をかけ続ける。
「あ、あぁ……どうして、どうして。おい、お前! あいつの能力はダメージの共有なんじゃなかったのかよ!」
「いや、間違いなくその能力はある」
俺しか証人は居ないが、間違いなくその能力を俺はこの目で見た。俺がエイフィルに攻撃したダメージを酔っ払いのおっさんに共有したところを。
そうなると、なんだ? あの『大好き』には別の能力もあるのか?
わけがわからない。
剣の冒険者は俺の胸ぐらを掴んで凄んでくるが、俺も混乱していて理解が追いついていない。
今間違いなく誰も何もしていない。もちろん、エイフィルの動向はずっと見ていたから、エイフィルが自分の舌を噛み切ったとか、自傷したとか言うのもない。
恐らく魔法と罠の冒険者は二人共心臓が捻り潰されて死んでいるはずだ。
となると、これが今朝発見された兵士たちの殺し方というわけか。
「あーあ、油断したからこうなったんだよ? あたし悪くないよ。敵を前にして大勢でかかれば問題ないって油断して隙を見せたから……あーあ」
「黙れ、てめぇ、ぶっ殺してやる! 刺し違えてでもぶっ殺してやる!」
「お、おい、やめろ!!」
怒りに我を忘れた剣の冒険者は俺の静止を振り切り、剣を構えてエイフィルに突撃。
その行動を俺は止めることが出来なかった。
剣の冒険者の構えた剣は見事エイフィルの心臓部を捉え、そこを串刺しにしてみせた。そして剣の冒険者はしてやったりと言った感じでにやりと笑い――
「へへ、どうだ。これが俺の剣――ごはっ」
血を吐いた。
胸には剣で貫かれたような刺し傷が深々と出来上がり、大量の血が穴からこぼれ落ちる。ニヤリ笑いを崩さないようにこらえているが、その傷は致命傷となっていて、もう一歩も動くことは出来ないだろう。
一方、エイフィルはちょっと苦悶の表情を浮かべているものの、剣の冒険者とは違ってピンピンしている。
「く、クソッタレ……」
「はぁ……折角ハルトが警告してくれていたのに無視するからこんなことになるんだよ。もういいよ。そのままだと長く苦しむことになるだろうから、あたしが介錯してあげる」
「はぁ……はぁ……」
胸に穴が開いているというのに剣の冒険者は決して剣を離すことはせず、より深く差し込もうと更に力を込める。
だが、その度に自分にも更に剣が突き刺さってきているようなダメージがあるだろう。
エイフィルはそんな冒険者の姿を見ても何も思わないのだろうか。
まるで道端を歩いている虫を見るような関心が全く無いような目で冒険者を見つめ、その手に氷の剣を作り上げて振りかぶった。
そうか、エイフィルは魔人。それもガルガとは違って長い時を過ごしてきた魔人だろう。
ならば、俺たち人間とは根本的な価値観が違うんだ。考え方が違うんだ。
魔人にとって俺たち人間は取るに足らない存在。俺たち人間にとっての道端の虫程度の感覚。
俺たちを殺すことなんて、俺たちが虫を踏み潰すのと大差ない感覚なんだ。
もうすぐ剣の冒険者は死ぬ。
だけど、剣の冒険者はそんな状態でもエイフィルのことを最後の最後まで睨み続け、そして憎悪の言葉を吐き捨てた。
「地獄に落ちろ」
その言葉を最後に剣の冒険者の首はエイフィルの氷の剣によって跳ね飛ばされ、絶命した。




