3-8『ハイリスク』
装置は起動した。ただ、俺たちには石が光ったこと以外の変化は感じられない。音が聞こえるわけでもないし、俺からしたら変な魔力が箱の中で渦巻いているっていう感覚だ。
だからちょっと失敗したのか? と思い始めていた。
ユイとルリハも結局何も起こらなくてちょっと困惑しているように目を見合って首を傾げていた。
「なぁ、メルバード――」
「ピイイイイイイイイイイイイイイイ」
俺が声をかけようとしたその時、突如としてアイアンホークが苦しそうに鳴き声を上げると、そのまま跳ぶ力を失ったかのように地上に落下してしまった。
俺たちは何が起こったのかが全くわからないまま、ただその光景を呆然と見ていることしか出来なかった。ただ、一人を除いては。
「やりました! 成功です! さっすがボク」
ただ一人――メルバードだけは装置が成功したことを悟ると、元気をなくして動けなくて地を這うアイアンホークにナイフをトドメとして突き刺していた。
「実は、この装置が発する音っていうのは人間の耳には聞こえないようになっているんです。この装置の魔力回路、組むの苦労したんですよね。でも、おかげで良いものが出来ました」
「いや、本当にすごいですよ!」
「うん、これなら結構戦いやすくなりそう。思っていたよりも先に進んでもいいかもしれない」
確かに、今のがこの魔道具の効果なのだとしたら、凄まじいものがあるし、戦いやすさも段違いになるだろう。
ただ、懸念点がさっきメルバードが言っていたリスク。
他の魔物を興奮状態にしてしまう可能性があるというもの。興奮状態になってしまった魔物は基本的に二ランク上昇すると考えてもいい。
だから、Eランクのスライムが興奮状態になったらCランク相当の厄介さになってしまうわけだ。
基本的に普通に探索しているだけでは興奮状態の魔物と遭遇することはないが、万が一ダンジョンに異常が発生して魔素が大量に溢れ出してしまったら、その魔素に当てられた魔物は興奮状態、凶暴化する可能性がある。
それと同じことがこの装置で引き起こされるかもしれないということだ。
まだ手放しに喜ぶということは出来ない。
「ハルト、アイアンホークをストレージに入れておいてください。結構昔食べた時に美味しかったイメージがあるんですよね」
「え、あ、あぁ」
考え事をしていたせいでちょっと反応に遅れてしまったが、メルバードに頼まれた通り、倒したアイアンホークはストレージの中に入れておく。
確かにアイアンホークは結構美味い。普通に鶏肉だからな。
頭と翼は魔素がびっしり入っていて、ちょっとでも羽一本だけで大人を百人以上殺すことが出来るほどの猛毒なのだが、逆に言うとそれ以外は全部食べることが出来るから可食部はかなり多い。
調理も内蔵とかには魔素が無いから比較的簡単ということで偶に飯屋のラインナップにアイアンホークの焼き鳥が並んでいることがある。
ちなみに頭と翼は食えないけど、くちばしと翼に関しては加工したら防具や武器になるから、結構使えたりする。
こういうものを売ったりして冒険者は日銭を稼ぐわけだ。
俺は賢者時代に一生使いきれないくらいの金は手に入れたから、そこまで稼ごうとは思ってなかったけど、勇者パーティーとして一から稼いでいくんなら、これもいい経験になるだろう。
俺がアイアンホークをストレージに仕舞うと、みんなで先へ進み始める。ことは残念ながら出来なかった。
どうやら俺が危惧していた事態が怒ってしまったらしい。
周囲のアチラコチラからは魔物の雄叫びのような声が鳴り響き、粗々しく歩いているのかドシンドシンと重々しい足音が聞こえてくる。
「メルバード……」
「ま、そういうときも……ありますよね!」
「帰ったら絶対殴る」
「なんでですかぁっ!? 暴力反対です! そんなことをするならハルトはDV男っていう噂を街中に広めますからね!?」
「止めろ! 俺がもう街には居られなくなるだろ!」
メルバードのやつ、男に対しての最強の切り札を出してきやがって。
でも、この状況、どうしたものか。魔物が凶暴化してしまった以上、魔物に見つかること無くこのダンジョンから出るというのが先決になるわけだが、この広々と開けた屋外タイプのダンジョンでどうやって魔物に見つからずに脱出するかが問題だ。
このダンジョンの魔物は凶暴化してしまって恐らくAランク相当の脅威があるだろう。これは魔素による影響じゃないから暫くしたら収まるとは思うけど、それまで見つからずに隠れきることが出来るとは思えない。
このダンジョンには隠れるところが少なすぎる。
どうしたら――
「あ、あの……お二人さん? 喧嘩している所申し訳ないのですが……」
「見つかった、逃げよう」
ユイがメルバードを、ルリハが俺の手を引いて一目散にこの場から逃げ始める。
見てみると、そこには石が大量に集まって出来たロックゴーレムの姿がある。屋外タイプだから、地面にある石すらも擬態の対象となっているんだ。
通常、ロックゴーレムはCランク、灰色の体色で黒い瞳を持っているというものなのだが、あのロックゴーレムは目を赤く光らせて、赤いオーラのようなものが見えるような気すらする。
あれが凶暴ロックゴーレムというわけか。
そしてさらには横から草ウルフの群れが俺立ち向かって走ってきている。
もう絶望的。逃げ切るなんて無理な気がしてきた。
本気を出せば多分倒し切ることは出来るんだけど、ユイたちを守りながらだと流石に厳しい。
どうにかする方法は無いか……。
「メルバード、魔物を落ち着かせる方法は無いのか?」
「一応、この装置を止めればしばらくすると落ち着いてくれるかと」
「止めても直ぐに落ち着くわけじゃないのか……って、お前まだ装置を止めてなかったのか!?」
「え、あ、そうですね。忘れてました」
バカなのかこいつは!
「早くその装置を止めろ!」
どれくらいの時間かはわからないけど、魔物たちが落ち着くまでの鬼ごっこに付き合ってやるよ。
俺たちはEランクダンジョンから脱出するために最下層から駆け抜けたことがあるんだから、その時の走りを見せてやるよ。
覚悟を決め、みんなに『身体強化』を付与すると、隣を走っていたメルバードが嫌なタイミングで『あっ』と言う言葉を漏らした。
「ど、どうした!」
「いや、その……てへへ」
「何があったんだよ!」
「自爆ボタン、押してしまいました。あと十五秒くらいで爆発します」
メルバードが総発言した瞬間、周囲の時間が止まったかのように錯覚してしまった。
こいつは一体、何を言っているんだ? 自爆ボタン?
「なんでそんなものがそれにあるんだよ」
「良いですか? 爆発は芸術なんですよ」
「何意味わからないことを言ってるんだ」
やっぱりこいつクレイジーすぎるだろ。
この装置に自爆ボタンなんてものは必要ないだろうに、この装置に自爆機能をつけたのはこいつの趣味っていうところか?
というか、自爆ボタンを押してしまったんなら、手に持っているのはまずい!
「クレイジーっ娘、その魔道具渡せ!」
「え、あ、はい」
自爆するなら利用させてもらうとしよう。
この爆発の規模がどれだけのものかはわからないけど、クレイジーっ娘から受け取った自爆装置を構え、そして横から迫ってきている草ウルフの群れに向けて思い切り投げ飛ばした。
とりあえずあの草ウルフさえ居なくなってくれれば、ロックゴーレムなんてスピードが遅いんだから逃げ切れる。
俺の投げた自爆装置はちょうど草ウルフの群れの中央に落下、その直後、その装置は凄まじい轟音と共に草ウルフの群れ一つを巻き込んで大爆発を起こしてしまった。
その威力はちょっと離れた位置にいた俺たちが吹き飛ばされかけたほどのもので、振り返って見てみると、爆発したであろう場所には巨大なクレーターが出来上がっていた。
「エクスプロージョンか……」
恐らくあの装置の中にはエクスプロージョンを付与した魔石を仕込んであったんだろうな。爆発の規模が正しくエクスプロージョンだった。
あれを俺たちの真横で爆発されてしまっていたら俺はともかく、ユイもルリハもただでは済まなかっただろう。
必要無い自爆機能をつけて俺たちを更なるピンチに陥れたメルバードには後で罰を受けてもらうことにしよう。泣いて許しを請うてきても絶対に許してやらない。
特にユイを命の危機に晒した罪は大きいぞ。
「は、ハルトさん……目が怖いです」
「ほう、俺の目は今怖いか。俺を舐め腐っているはずのお前が俺にさん付けをしてしまうくらいに怖いか」
「はい! 怖いですので、あんまりこっちを見ないでください!」
ただ、あの自爆装置のお陰でなんとか草ウルフの脅威から脱し、ロックゴーレムも撒くことが出来た俺たちは無事にダンジョンから脱出することが出来たのだった。
結局全然稼ぐことは出来ませんでした。




