3-6『馬車でのひと時』
目的のダンジョンまでは借りた馬車で移動する。
俺一人だったら走っていけば一時間かからずに行けるのだが、今回は勇者パーティーでの遠征だから俺一人で全力で走っていくわけにもいかないため、久しぶりに馬車に乗ったのだが、いつもの瞬く間に流れるような景色とは違ってゆっくりと景色が流れていくため、景色を見る余裕が出来てちょっと心地良いかもしれない。
「なんかすみません、御者を引き受けていただいて」
「ハルト、大丈夫なの?」
「ん? 問題ない」
御者を務めているのは俺、流石にあの女子だらけの狭い空間に入るというのは憚られたため、進んで御者を引き受けた。
一応引きこもり魔道具技師であるメルバード以外は御者が出来るみたいだけど、ユイにもルリハにもこの後はみっちり戦って貰う必要があるから、体力は温存しておいてもらう。
俺は馬車に乗るのは久しぶりだけど、昔、馬を操るのってかっこよくね? っていう子供特有の考えで父さんからみっちり御者について教わったから問題なく操縦することが出来る。
ま、ルリハには結構しっかり止められたけどな。
御者をするくらいなら寝てなさいと母親かと思ってしまうくらいの勢いだったが、ここは譲れなかった。
「疲れてきたら変わってよ?」
「はいはい、りょーかいした」
多分交代することはないだろうけど、適当に返事をしておく。
「ちなみにあなた、さっきから何食べてるの?」
「これか? 燻製だ、さっき出店で見かけたから買ってみた。硬いけど結構美味いぞ。みんなも食べてみるか?」
「え、良いんですか?」
「じゃあ、一つだけ」
「ボクにも一つください!」
みんな食べてみたいと言ってきたから、一人一人に一個ずつ渡すのは面倒くさかったため、燻製の袋ごと御者席の一番近くに座っていたルリハに渡して、みんなで自由にとって食べてもらうことにする。
ちなみに出店にしては結構イケる味付けだった。程よく塩味が効いていて、噛むほどに旨味が出てくる。
それに結構硬いから顎の運動になるし、俺の眠気覚ましにもピッタリだった。
「これはお肉っぽいですね。何のお肉なんでしょ――」
どうやらメルバードはまじまじとパッケージを見てしまったらしい。
そこに書いてあるのはレッドボアの文字。つまり、この燻製はレッドボア肉の燻製ということになる。
ま、衝撃的ではあるよな。ユイとルリハはパッケージを見ても全く気にせずに食べているようだったけど、メルバードは初めてだろうし。
最初はユイとルリハも同じような反応をしていたけど、前に一度食べてからは抵抗が無くなったらしい。
ただ、メルバードはどうだ?
「レッドボアのお肉なんですね。結構豚肉に近い味がします。こんなところで魔物料理を口にすることになるとは思いませんでしたが、結構美味しいですね」
意外と好感触だった。
一瞬驚いて固まっただけで、その後はユイとルリハ同様に全く抵抗なんて無いような様子で燻製を食べるので俺の方がちょっと驚いてしまった。
「ボクっ娘は意外と魔物料理イケる口か?」
「ボクは魔道具技師ですよ? 魔道具の研究のために魔素や魔力について研究する必要があったので、その中で何度か魔物料理も食べたことがあるので、抵抗とかは特に無いですね。ちゃんと処理されたものであれば安全ですし」
そこなんだよなぁ。
魔物はちゃんと処理されたものであれば食べることが出来るし、中にはめちゃくちゃ美味い魔物とかも居るから、食べず嫌いをせずに魔物を口にすれば食生活はもっと豊かなものになる。
魔物には魔素があるからといって敬遠されがちだが、食糧不足が深刻な今、狩った魔物は素材だけじゃなくて食料としても扱ったほうがいい。
「ただ、自分で魔素を取り除くのは絶対にやりたくないですけどね。ボクは手軽に食べられるものが好きなので、処理に時間がかかるものは絶対に自分でやりたくはありません」
「手軽にって言うと、サンドイッチとかですかね?」
「そうです! ボクはいつもサンドイッチ片手に研究をしています。パッと食べられるし、作るのも適当に具材をパンに挟めばいいだけなので楽なんですよ。必須アイテムです」
「じゃあ、今度作って来ましょうか?」
「え、良いんですか!? ユイさんの手作りサンドイッチ……今からよだれが」
ジュルリと舌なめずりをして見せるメルバード。
ユイの作ったサンドイッチかぁ……正直俺もめっちゃ気になる。
サンドイッチなんて具材が違うだけで、誰が作っても対して変わらないだろうと思う気持ちが無いわけじゃないが、ユイが作ったならちょっと期待できる。
ユイは料理が上手いからな。俺の作った適当スープとは偉い違いだ。
そんな他愛もないやり取りをしつつ一時間、ようやく目的のダンジョンが見えてきたため、俺は客車にいるみんなに声をかけることにした。
「おーい、例のダンジョンが見えてきたぞ〜」
俺たちの目的のダンジョンはCランク。
故に、前に俺たちが潜った初心者用ダンジョンとは魔素や瘴気の濃さが段違いに違う。
まずパッと見で分かるのはその周辺だけ霧かかったように見えると言う点。それから大地がほんの少し荒れていると言う点だ。
あれは魔素が目に見えているという状態で、魔素が濃いため、ダンジョンの周辺だけ土地が死んでいるのだ。
Cランクであれなのだからもっと上位のランクのダンジョンだったら更にひどい状態になっている。
「やっぱりEランクとは違って異質感がありますね」
「うん、絶対に近づいてはいけない感じがする」
「でも、魔人の圧を感じた後だと、大した事ないように思えますね!」
そりゃそうだ。
ガルガの『虚構の迷宮』よりも異質感が強いと言ったらAかS位なものだろう。
そんなもの、そうそうあってたまるか。
あと、三人ともBランクだからというのもあるだろう。
Eランクとかが見たらあれは地獄絵図にも思えるかもしれない。ランクが上がって魔素への耐性があるからあの量の魔素を目の当たりにしても恐怖しなくなっているんだ。
それが逆に怖いんだけどな。
恐怖しないということは逆に危険を察知できなくなるということだ。
多分、ユイたちなら大丈夫だと思うけど、目を光らせておくことにするか。
今回も俺はサポートに徹するつもりだ。本当に危険な状況になるまで俺から手出しはしないようにする。
「それじゃあ、俺は馬車を安全なところまで運んでくるんで、三人は先にダンジョンの入口で待ってて」
「了解です! 」
俺が馬車を駐めると三人は客車から出てダンジョンの入口へと向かっていった。
それを見送ると、俺は欠伸をしながら安全な場所まで移動して馬車を駐めて隠しておく。この客車と馬は借り物だからな、俺たちが離れている間に危険な目に合わないように十分注意する。
「良い子だから大人しく待っててくれよ」
最後に一度馬を撫でて労うと、俺もダンジョンへと向かう。
ここは三人から見えない位置だし、見える直前の場所まではちょっと速歩きをしても大丈夫だろう。全力疾走をすると地面をえぐったり木々をぶっ飛ばしたりしてしまうから、今回は早歩き程度で留めておく。
あんまり三人を待たせたくはないからな。
ちょっと早歩きしたらダンジョンまでなんて一瞬だ。
「お待たせ」
「あれ、早かったですね」
「そんなに遠くない場所に駐めたからな」
「それじゃあ、ハルトも来ましたし、早く行きましょう! 新しい魔道具を早く試してみたいんですよ!」
「ちょっ、メル。一人で行ったら危ない。仮にもここはCランクなんだから」
テンションが上がって一人で突っ走っていってしまったメルバードを追いかけるようにしてルリハもダンジョンに入っていった。
そんな二人の後ろ姿を見て、俺とユイは顔を見合わせる。どうやらユイも俺と同じことを思ったらしい。
ちょっとルリハがメルバードの保護者みたいに見えた。
まぁ、あの自由奔放な少女は俺とユイの手には余るから、メルバードの管理はルリハが適任と言うところか。
そして俺たちも二人のあとに続くようにしてダンジョンへ突入した。




