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3-3『炎の幹部』

 視界が一瞬にして真紅に染まる。

 肉体を焼くような熱気が襲いかかってきて、今の抑えこんでる力じゃこの熱量に耐え切る事は不可能だと理解してブレスレットのダイヤルを緩めて全身を魔力で防御する。

 魔力で気道が焼かれないように守り、擬似フィルターを喉に作り上げる。


 本物の魔族だったらこの程度の熱に焼かれたとしても息苦しくなったりすることは無いが、賢者とはいえ俺も人間だ。

 人間であるからには鍛えられない弱い部分というのも出てくる。

 それが内蔵だ。

 だから内蔵を全力で守らなければ戦えなくなる。


「『炎陣(えんじん)』だ。人間のお前には辛いフィールドだろう」


 得意魔法は炎と言ったところか。ルリハと通じるところがあるけど、根本的な火力が桁違いだ。

 こんな火力出せるやつが『紅蓮廻炎』を使ったらと思うと恐ろしすぎる。


 周囲は既に炎の壁で囲まれており、逃げ場なんてどこにもない。

 奴は確実に俺をこの場で始末する気だ。


 天高く舞い上がる炎は森を焼かない。

 あいつ、俺以外に影響を与えないように魔力を操作して痕跡を残さない気だな。

 まさに暗殺だ。幹部と言うよりも暗部のイメージする戦い方に近い感じがする。


 応戦するか?

 もうこうなったからには四の五の言っている場合じゃない。

 全力で戦わなければやられてしまう。


 その前に一つ聞いておく。


「お前、なんで俺を人間だって……」


「俺には魔眼が備わってる。名を審美眼。この目で捉えた相手の本質を見抜く眼だ。お前は必死に見た目や魔力を誤魔化してるようだが、俺の審美眼の前には無意味だ」


「くっ、それがあったか」


 前に聞いたことがあるが、魔族の中にはまれに魔眼を持っている者がいる。

 その魔眼の効果に関しては千差万別なのだが、今回俺のことを見に来たバルゼットの魔眼は相性が悪いことに嘘を見抜くのに特化していたようだ。

 ならもう誤魔化したところで仕方がない。

 とりあえずここは生き残らせてもらわなきゃいけないからな。


「俺はこの後、友達と予定があるんだ。さっさと帰らせてもらう」


 ブレスレットを外し、魔力を解き放ち、黒かった髪が。

 魔力には色というものが存在する。基本的には目に見えないそれだが、種族によってその色は異なり、人は白や銀、魔族は紫。

 俺がブレスレットを外した時に髪が銀に染まるのは髪が人にとって一番魔力が流れやすい糸のようなもので、魔力の影響を受けやすいから魔力の色に染まっているんだ。

 ただ、普通は染まったりすることはありえない。

 でも、凄まじく強い魔力を帯びた場合には染まるのだ。


「お前、その面見たことがあるな。カルマ・エルドライトだったか? 賢者の」


「やっぱり賢者って魔王領でも有名だったりするの?」


「魔王様が警戒するように通達を出されるからな。それにしても、お前がカルマだと言うのならば、我も本気で行かねばなるまい」


 戦うことは好きだ。

 そもそも、こうして自由気ままに行動しているのも刺激を求めているからで、戦いによる刺激を得ることが出来るというのなら俺としては好都合。

 だけど、このタイミングでの戦闘は望んでいなかったし、もうちょっと魔王軍に居るつもりだった。


 本当に面倒だ。


「随分と自信があるようだが……自分の力に溺れ、足元を救われた賢者を我は見たことがある。お前はそうならないと良いな。『壊炎(かいえん)』」


 大斧を振り下ろすバルゼット。

 その瞬間、斧が突き刺さった地面から裂けるようにして大地が割れ、俺の方にまでヒビが迫ってきたため、俺は慌てて横に跳ぶことで、大地の裂け目を回避。

 だが、その裂け目はそこから木が枝分かれするようにして四方八方にひび割れを広げ、俺の元へ迫ってくる。


「そういうことかっ」


 再び俺の足元へひび割れが到達した瞬間だった。

 ひび割れの全てから灼熱の炎が吹き上がり、ひび割れの上にあるもの全てを焼き焦がす。

 中途半端な実力者だったらこの一撃で終わっていたことだろう。実際、俺も結構今のは焦った。 


「俺じゃなければ死んでるぞ!」


 なんとか直前に地面に足を叩き込むことによって地中に張り巡らされていたバルゼットの魔力回路を破壊、ちょっと炎に当てられて服が少しだけ燃えてしまったが、そこまで俺は炎の被害を受けずに済んだ。

 賢者と魔王軍幹部の力というのは拮抗している。まぁ、賢者の中に約一名俺から見てもこの世界の条理から逸していると思うやつも居るから完全に拮抗している訳では無いが、魔王軍幹部の実力ならば俺たち賢者の防御すらも貫通して攻撃を加えることだって出来る。

 今の一撃をまともに受けていたら俺は今頃灰になってることだろう。


「さすが賢者だ。だけど、我はお前がこの程度の攻撃で死ぬことはないと信じていた」


「っ!」


 突如として背後から感じた気配に振り向きながら裏拳を放つと、バルゼットが俺の拳を飛び退いて回避したのが見えた。

 いつの間に俺の後ろに移動したんだ?

 ついさっきまで正面に居たはず。吹き上がった炎が目隠しになったとしても、その目隠しの時間も一瞬だぞ。

 超高速移動をしていたとしても俺が見逃すはずがない。


「もう一度だけ聞こう。魔王様に近づいたお前の目的は何だ」


「っ」


 なんだ、何が目的だ?

 こいつ、俺を殺すことが目的のように見えて、さっきから俺だったら死なない程度の攻撃しかして来ていない。

 牽制にしては強すぎる程度の攻撃だ。あいつは俺がこの程度の攻撃じゃ死なないということを信じているんだ。


 何のために?

 バルゼットは何がしたい、俺に何を言わせたい。

 何を確認している?


「…………マナと仲良くなるためだ」


 嘘は言っていない。

 マナの動向を探りつつ、マナと仲良くなることでユイと引き合わせようとしていたから、マナと仲良くなるためっていうのもあながち間違えじゃない。

 緊張しつつ、その答えを口にするとバルゼットは目をギラリと光らせ、より鋭い眼光で俺を睨みつける。


「そうか、だがお前は人間。魔族と仲良くなるというのは人類への反逆行為になるんじゃないか?」


「だから俺は誰にも知られないように変装していたんだよ。まさかお前のように相手の正体を見破れる魔眼を持っているやつが居るとは思ってなかったからな」


「そりゃ、残念だったな」


 再び瞬きをした瞬間にバルゼットの姿が消え、次の瞬間には俺の身体が横へ吹き飛んでいた。

 全身を防御していたから良いものの、今俺は斧でぶっ飛ばされた。危うく、俺の胴体は泣き別れになるところだったが、バルゼットが本気で俺を叩き切ろうと思ったら俺の防御を貫通して叩き切ることだって出来たはず。

 やっぱりバルゼットは俺を殺そうとしていない。


 バルゼットは魔王様を守るために侵入者である俺を殺す必要があるはずだと言うのに、なんでそれをしない?


 数メートル飛ばされた後、なんとか足をつけて踏みとどまり、痛む脇腹をさする。

 今の行動で分かった。あいつ、どういう原理かはわからないけど、高速移動なんかじゃなくて転移している。

 見えている範囲か? それとも念じればどこにでも転移できるのか?

 どっちにしろ厄介なことには変わりない。


 俺は目を閉じた。

 人はすべての五感を使うよりもなにか感覚に絞って使ったほうがより感覚が鋭くなる生き物だ。

 だから、目で見て追えないのならば、視覚を捨て、聴覚、そして気配察知に全力で意識を注ぎ込む。


 何も見えない。

 だけど、大きすぎるお前の気配はひしひしと伝わってくるぞ。


「右っ!」


 俺は目をカッと見開き、右方向へと全力の『豪拳(インパクト)』を放つ。

 するとそこには一瞬で俺の右方向へと移動して斧を俺に向かって振り下ろそうとしてきているバルゼットが居た。

 俺の拳はバルゼットの斧を弾き飛ばし、そのまま顔面を殴り飛ばす。


「う、ぐぅ……」


 さすが幹部と言ったところだろう。

 そこら辺の魔族ならば今の一撃で頭部を破壊できていただろうに、俺の顔面右ストレートを受けて数メートル吹き飛び、鼻血を出すだけだった。

 俺の攻撃で宙を舞った斧をキャッチすると、バルゼットは斧を横に構え、俺のことをじっと見据える。

 どんどんとバルゼットの魔力が高まっていくのを感じる。凄まじいエネルギー量に思わず後退りをしてしまう。


「ははっ」


 思わず笑いが込み上げてきてしまった。

 本来、こんなところで笑っている場合じゃないし、楽しんでいる場合でもないのだが、それでも俺の本能がこの戦いに喜びを感じている。

 俺の求めていた刺激あふれる戦い。


 なんとか自分の本能を抑えようと深呼吸を繰り返すが、それでも尚、俺の口角は上がってしまう。

 この魔族は俺の力をどれだけ耐えられるのだろうか、どれほどの本気を出しても大丈夫なのだろうか。

 試したくなってくる。

 もうバレてしまったんだから本気で戦ってもいいだろうと、いいから切り札(カード)を使っちゃえよと本能が囁いてくる。


 そうだ、気持ちよく本気で戦おう。

 やっと出会えた俺が本気で戦えそうな相手なんだ。この機会を逃すわけには行かない。


『…………マナと仲良くなるためだ』


『そうか、だがお前は人間。魔族と仲良くなるというのは人類への反逆行為になるんじゃないか?』


 いや、ダメだ。この感情に流されちゃダメだ。

 バルゼットは俺の何かを確認するためにこういう行動をしているんだ。その証拠に、さっきの俺の発言をちゃんと聞いてくれた。

 つまりは、言葉が通じない相手じゃないということだ。じゃなかったらもうとっくに本気の殺し合いをしていることだろう。


 恐らくバルゼットは本当に俺がマナに敵対する相手なのか、殺すべきなのかを確認している。

 だからこんなところで衝動に任せて殺し合いなんてしたら完全に敵対してしまう。それは悪手!


「む?」


 もうこんな茶番に付き合う気はなくなった。

 これ以上戦い続けていると、俺の衝動がいつ爆発するかも分からなくて怖いし、俺はもう戦う気が無いという意思を見せるためにブレスレットをつけ直し、元々の魔力量になるようにダイヤルを調整した。

 これで俺はさっきバルゼットと会った時と同じくらいの魔力しか使えず、今攻撃してきたら簡単に俺のことを殺すことだって出来るだろう。


「どうした、我を倒す気はないのか?」


「いや、まぁ、とりあえずは魔族と敵対する気はないし、あとバルゼットは本気で俺のことを殺す気はなかったでしょ。お互いに殺す気はないのに戦うって、とんだ茶番だ。稽古って言うならやるけど、変に品定めをするのはもう止めてくれ。気持ち悪いったらありゃしない。お前が何を確認しようとしてるのかは知らないけど、俺はマナをどうこうするつもりはない。何がするつもりなら俺はこの一ヶ月の間に何度も殺せたからな」


 本当に俺がマナを倒す気なのだとしたらバルゼットは俺のところに来るのが遅かった。

 今のマナだったら本気を出しさえすればそう苦労することはなく討伐することが出来るだろう。

 だから今更、俺を疑うっていうのがそもそもの間違えだ。


 俺の言葉を聞き、斧を下ろしたバルゼットは頷いた。 


「…………まぁ、お前からは魔王様に対する害意は感じないしな。その言葉は真実なのだろう。では、魔王様と仲良くなりたいって言うのも本心か?」


「あー、まぁ、そこに関しては間違いない」


「何故だ」


「何故って言われても……可愛い女の子とお近付きになりたいって思うのは男として普通のことなんじゃないか?」


「魔族だぞ」


「まぁ、他の人はそこが一番の問題点になるんだろうけど、俺は別に人や魔族って関係ないって思ってるから」


 俺も魔王軍に入るまでは魔族と仲良くなることに少し抵抗がなかった訳じゃない。

 でも、マナやヴァルモダと関わっていて気がついた。


 確かに人間とは違って戦闘狂で、自由奔放なのかもしれないけど、過去を憂いたり、仲間たちの事を想うその姿は人間と同じだ。

 その感情には人間も魔族も無いんだって。

 だから最近は魔族がただの悪い奴らのようにも思えなくなってきてるんだよな。


「この考えって変か?」


「変だな」


 バルゼットは即答した。

 だけど、バルゼットの言葉はそれだけで終わらず、口角を上げてさらに続けた。


「だが、我は嫌いではない。争わずに済む、それが一番だからな。けど、すぐにその言葉を信じる訳にはいかないと言うのもまた事実だ。だから暫くはお前の行動を様子見させてもらおう」


「幹部がそんなことしてていいのか?」


「魔王軍は人間とは違ってかなり緩いからな。何をしていても咎められることは無いだろう」


 まぁ、マナも自主性に任せてるみたいだったしな。

 

「だが、こんなことを言うのは我だけだと思った方がいい。ほかの幹部は全員頭が固いからな、これからも魔王様と仲良くしたいということならば、隠し通せ」


「忠告ありがとう」


 俺の言葉を受けて鼻を鳴らした後、バルゼットはまたその姿を消した。

 どうしてあいつだけが様子を見に来たのかは分からないけど、どうやら猶予は貰えたらしい。

 話が通じる魔族で良かったけど、これからはもっと警戒していくことにしよう。


 とにかく疲れたからもう帰ろう……。そう思って空を見上げるともう既に空が白んできていた。


「マジか……」


 今の戦いでそんなに時間が過ぎていたのかと肩を落とし王都へと向かうのだった。

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