3-2『真紅の眼光』
魔王城から出て息を吐く。
マナの力が弱くなっているとは言え、俺は人間なんだからバレたらどうなるか分かったものじゃないため、流石に魔王城に入ったら俺とてかなり緊張してしまう。
それはまだ真っ暗。
魔族たちは人間と違ってエネルギーが有り余っているから、あんまり寝なくても全然活動が可能だから夜も起きている奴らが多いけど、人間の俺としてはそろそろ眠たい。
流石に魔力で眠気を誤魔化すのも限界だ。
突然呼び出されたせいで勇者パーティーの仕事を休みにすることが出来なかったし、この後特訓のためにダンジョンに潜ろうと約束をしている。
遅刻なんてしたらメルバードのやつになんて言われるか分かったものじゃない。
あいつに煽られるのだけはなんか我慢できない。
だから今日はもう直ぐに魔王領から出て適当な森で野宿をしよう。
俺は未だに森で野宿をしていた。
正式加入したときにも同じ宿に泊まらないか誘われたけど丁重にお断りさせてもらった。やっぱり俺はこっちのほうが動きやすいし、深夜に魔王軍に呼び出された時は見つかったらなんて良い訳をしたら良いかわからない。
下手したらというか、魔王軍に加入している時点で普通に人類に対する裏切りだしな。
それに加えて俺はカルマとして有名人だからな。騒ぎにならないに越したことはない。
流石に他の賢者たちがこぞって俺を捕まえようとしてきたら俺も本気を出さざるを得ないからな。
とりあえず今日はもう寝よう。明日も早いんだ、本来はこの時間にこんな場所に来ずにもう寝ていたいんだよ。
眠気眼をこすりつつ、帰路を歩く。
だが、俺の足は数歩歩いたところでピタリと止まってしまった。
背後から凄まじい気配を感じる。マナのものではない、今のマナよりももっと恐ろしい気配。
そいつ一人いたら簡単に街一つを壊滅できるだろうという脅威を感じ、俺の足はピタリと止まってしまった。
前に魔王軍幹部と戦ったことがあるが、そいつらと同程度。
やれやれだ。
しかも、俺に見定めるような視線を向けてきている。これは下手な行動をしたらこんな場所で幹部クラスの相手とバチバチにやり合うことになってしまう。
それだけはどうにか避けたい。
今は魔王軍とはやり合うつもりはないんだ。出来ることならば穏便にことを済ませたい。
ここは気が付かないふりをして去るのが一番いいか? いや、失策。
強者は相手の一挙手一投足を見逃さないものだ。足を止めてしまったのはバッチリ見られていると考えたほうが良い。
なら、気づかないふりをすることは出来ないだろう。
関わらないのが一番良かったんだけど、ここまで来たら仕方がない。
俺も腹をくくって気配がする方へと振り返ってみた。
するとそこには厳つい大斧を担いだ大男が立っていた。
目は赤く光り、まるで俺のことをその真紅の眼光で射抜いているかのよう。
身体には炎の文様のようなものが浮かび上がっており、威圧感が凄まじい。精神力が弱い人だったらあれに睨まれただけでショック死してしまいそうなほど。
見て確信した。
あれは間違いなく幹部。幹部クラスじゃなくてマジモンの幹部だ。
幹部全員を俺が知っているわけじゃないから、どんなやつが居るのかは知らなかったけど、間違いなくその一角が今、俺の眼の前に立っている。
「何の用っすかね」
警戒しすぎていても余計な不信感を与えられてしまう。
今はやつとガチバトルをする暇はないし、あれレベルと戦うなら俺は本気を出さざるを得ない。もう魔族ごっこはできなくなってしまう。
穏便に穏便に……。
「暗部の奴らが噂をしていたからな。魔王軍に新しいやつが入ってきたって、そいつが暗部に所属することになったってな」
「へ、へぇ、俺ってもう有名人なんすね」
俺が声をかけたのを皮切りに、ゆっくりゆっくりと歩いてくる幹部。
内心冷や汗ダラダラなのだが、これは絶対に悟られてはダメだ。
「いや、我以外の奴らはその殆どが気にもとめていないだろう。ただ、我は……いや、止めておこう。それよりこれから少し時間を貰って良いか?」
何のつもりだ?
俺はさっきから心臓が破裂しそうなほどにバクバクとなっていて、出来ることならばすぐにでもこの場を去って帰って寝たいところなんだけど。
ただ、ここで拒否するのもダメだ。印象が悪くなってしまう。
俺の目的を果たすためには魔族たちといい関係を結ぶことが大切。
どういうつもりかはわからないけど、とりあえず普通に接してくれるのなら、それを拒否する理由はない。
多分、新人歓迎的なことなのだろう。
冒険者の中でもパーティーに新規加入した人には新人歓迎会を行うことも多い。
「分かった。ただ、この後はちょっと予定があってな。なるべく早くしてもらえると助かる」
「うむ、了解した。だが、この後の予定など気にする必要は無い。すぐに終わる」
「そうしてもらえるとありがたい」
「着いてこい」
幹部はゆっくりと歩き始め、俺のことを瘴気たっぷりの森の中へ案内していく。
この一ヶ月の間にも何度もここへ来たけど、やっぱり何度見てもこの荒廃した森はおどろおどろしい。
それにしてもこの魔族は俺をこんなところに連れてきてどうする気なのだろうか。この先は特に何もなかったはずだ。
ありがちな花畑何ていうきれいなものもこの瘴気がびっしりな場所ではありえないだろう。
花があるとしてもそれは人の命を奪い取るような危険なものばかりだろう。とてもじゃないけど、この先に人に見せるようなものがあるとは思えない。
「我はバルゼットだ」
「え、あ、俺はエシュド」
何を考えているのかがよくわからない。
突然名乗ってきたから俺も返したけど、バルゼットの意図が全く読めない。
不思議に思いつつ、バルゼットの後ろをついていくと、バルゼットは不意に立ち止まった。
だが、この場所はさっきまでの景色とほぼほぼ変わらず、枯れた木々が生い茂っているだけの森と言った場所で、これという特徴なんて何も無い場所。
でも一つだけ挙げるとしたら、この場所は魔王城からかなり離れているから、マナにバレずに何かをするにはうってつけの場所だよなと……。
理解した。
バルゼットの目がキラリと輝き、俺の姿を捉えると同時に俺は背後へと飛び退く。
その瞬間、俺の元立っていた場所には大きな火柱が舞い上がり、俺を焼き尽くさんばかりの火力で大地を、空気を焼き焦がす。
息が苦しい。
この一瞬で周囲の酸素が持っていかれるほどの火力にさすがに俺も熱気が届かないくらいの距離にまで飛び退いて深呼吸をする。
「当たってないのに死ぬかと思った」
熱気だけで人を焼くことが出来る火力。
バカなんじゃないのかと思うけど、人を不意打ちで一瞬で殺そうとしたら充分すぎるほどのものだ。それも、相手が強い相手なら尚更、これだけの火力は必要になってくるだろう。
俺ももうちょっと早く気がつくべきだった。
最近あったピンチといえばガルガの魔人化くらいだったからちょっとボケていたのだろう。
こんな場所になにかあるわけがないんだから、連れ込むということは、俺を殺そうとしているって。
「勘がいい、それに動きも素人ではないな。判断も早い……お前、賢者か?」
っ! バレてる!?
なんでバレたんだ。変装も魔族に限りなく寄せてるし、魔力の質だって魔道具で誤魔化している。誰がどう見たって完璧な魔族だったはずだ。
その証拠に魔王であるマナが騙されているから、俺の変装を見破ることが出来るやつは居ないと思っていたんだけど。
「何のために魔王様に近づいた。何のために魔王軍に潜入している。お前は何をしようとしている」
「俺、は…………………………」
「なんだ、言えないのか?」
言えない。
言ったところでバカバカしいって一蹴されるだけだろうし、ただただ俺の醜態を晒すだけになるだろうから絶対に言えない。
魔王と勇者をくっつけようとしていますとか、今はおちゃらけた雰囲気で言える状況でもない。
「言えないのならば仕方がない。魔王領へ侵入してくるとはどういうことなのか……我が教えてやるとしよう」




