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3-1『エシュドの所属』

「エシュド、よく来てくれた」


「まぁ、呼び出されましたから」


 深夜、明かりが窓から射し込む月明かりしかなく、真っ暗な部屋の中央に俺――カルマ・エルドライトはエシュドとして立っている。

 そんな俺の正面にはそれはそれは立派で、背もたれが座高の倍はありそうなくらいに大きな椅子に座って肘掛に肘を着いて威厳を演出している魔王マナの姿があった。


 ここは魔王城。

 今まで何度か周辺まで来たことはあったが、魔王城内に入ったのは初めてだ。

 今回は入口で何故か門番みたいなことをしているヴァルモダにこの部屋にまで案内され、中に入ってきたらこの状況。


 何故俺がここにいるのか、それは今言ったように呼び出されたからである。


 今朝、突然俺の元へ一通の手紙が届いた。

 住所などは教えていないが、魔法が使える者であれば魔力を込めることで思い浮かべた相手の所へ手紙を転送することが出来る。

 まさかまさか魔王から手紙が届くことがあるとは思っていなかった俺は突然届いた手紙に驚いた。


 読んでみると、話したいことがあるから来てくれという内容で、魔王城まで来いと書いてあった。

 エシュドの正体がカルマだということがバレてしまったという可能性も考え、警戒をしながらここまで来たのだが、何事も無かったことにも俺は困惑している。


 いつになくマナが威厳を演出しようとしているし。

 見た目が幼女だからあんまり緊張感がないんだよな。


「エシュド、今日君を呼んだのは他でもない。魔王軍での君の所属についてだ」


「そう言えばまだ宙ぶらりんでしたね」


 マナが厳かに発言した内容について考える。


 所属してから一ヶ月。

 この間にマナには色々なことを教えてもらったが、未だに所属は決まっていない。

 幹部や暗部、兵士など色々な仕事はあるらしいんだが、今の俺は何物でもない。


 いつになったら所属が決まるのかと思っていたんだが、ついにその所属先が決まったらしい。


「エシュド、君には暗部に入ってもらおうと思ってる。君の実力的に幹部というのも考えたんだけど、今幹部の席は埋まっちゃっててね。それに、実力主義の魔族たちは突然現れた君が幹部の座をさらっていくのを良しとはしないだろうから、とりあえず純幹部として暗部でお願い」


「暗部ですか」


 俺としてはユイたちの超えるべき壁になるためには幹部になりたいところではあったけど、確かに勇者パーティーと魔王軍の両方に所属している俺はあんまり目立たないほうが好都合、か。

 それに、暗部だったらヴァルモダが居るから、知らない奴ばかりの集団に放り込まれるよりも動きやすくはあるだろう。


「暗部というのはどういう仕事をするものなのでしょうか?」


「そうだね、立場的には幹部と近いものなんだけど、幹部と比べると裏で動くことが多い人たちかな。幹部がどっしりと構える門番だとしたら暗部は諜報部隊って言ったところになるのかな。ま、そんなに構える必要はないよ。今は人間たちとことを構えるつもりはないから、諜報部隊の出番はないと思う」


「そうですか」


 マナは前に勇者に倒されてから力が大幅に弱くなってしまっている。

 正直、全盛期のマナだったら賢者が戦ったとしても勝てるような相手では無かったはず。

 でも、今はこれと言って脅威を感じないほどの強さしか無いことからマナが今人類に攻撃を仕掛けるのは死にに行くようなものだろう。

 いくらユイ以外はマナの魂を破壊することが出来ないとは言え、それでも討伐することは可能なのだ。そして復活するまではかなりの年数を必要とする。

 そんなのは時間の無駄だから今は隠れるに限ると言ったところか。


 マナは気がついてないんだろうな、マナが今一番恐れている元賢者が目の前に居て、魔族ごっこに興じているなんてことは微塵も思っていないのだろう。

 その証拠に、マナは俺のことを全く警戒している様子はない。

 気がついたうえで怯えながらこの態度なのだとしたらマナは役者の才能があるな。


「というわけで、暗部として出番があるまでゆっくりしててよ。時々私の話し相手になってくれたり、なにか不審な情報が手に入ったら調査してくれるだけでいいからさ」


「わかりました。魔王様からいただいた役目、全力で遂行させていただきます」


「いや、ゆるくでいいよゆるくで……私も暫くはゆっくりしてるつもりだからさ。暗部の仕事のことだったらヴァルモダに聞いてね。暗部たちも結構好き勝手に行動してるから、今みんなが何をしているのか把握してないことが多いんだ。だから、時には暗部たちに聞いたほうが詳しい話を聞けることがあると思うよ」


 おい、それで良いのか魔王様。

 でも、確かに魔族は血気盛んで自由気ままって前にマナも言っていたしな、魔族の界隈ではこれが普通なのかもしれない。

 魔族のマネごとをしていくつもりなんだったら、俺もこの環境に慣れていかないとな。


「魔王様に頼られた……ありがたき幸せ。私はもう、死んでも構いません」


「いや、構うからね? 私が気にしちゃうからね。命を大事にだよ」


「御意、私は必ずやその指令、命をかけてでも守り抜いてみせます」


「いや、分かってないよね。命をかけたら本末転倒だからね」


 俺の背後で大人しく俺たちの会話を聞いていたヴァルモダがやっと話しだしたかと思いきや、いつも通りの信者的反応を見せた。

 この間のマナの戦いを見てからより一層ヴァルモダの信仰具合がひどくなった気がする。

 まぁ、マナの切り札(カード)はすごいものだったからな。

 まだ制御できていないものだかったからあの威力で済んだけど、あれをちゃんと制御して使ってきていたらと考えると恐ろしいものがある。


「よーし、エシュド。私が暗部が何たるかを教えてやるから覚悟しろよ」


「へいへい、お手柔らかに、先輩」


 いい気分になって先輩風を吹かしてくるヴァルモダ。面倒くさいから話を合わせておく。


「それで、暗部って何をするんだ?」


「へ? ………………」


「………………ヴァルモダ?」


「ひ、人に聞いてばかりじゃ成長しないっていうことだ!」


 逃げたな。

 まぁ、マナの口ぶり的にまともな仕事はないんじゃないかと察してたから別に気にしてないけどな。

 呆れつつもそのまま逃げるように出入り口から走り去っていくヴァルモダを見届け、マナに向き直った。


「それでは、俺も失礼します」


「うん、あ、そうだ。私もさ、ヴァルモダのことを信用していないわけじゃないんだけど、あの子ってあんな感じだからちょっと心配でさ、一応他の暗部のみんなにもエシュドのことをお願いしておいたから、何かあったら他の人たちも頼ってね」


「はい、ありがとうございます」


 と言っても、暗部の他のメンバーを俺は知らないんだけどな。

 しかし、考えてみると、今俺ってすげぇことをしてるよな。俺がマナのことを討伐する気がないから良いけども、その気になれば俺はいつでもマナを討伐できる場所にいる。

 マナがいる場所を知っているのが俺だけ……ちょっとした優越感だ。


 ちょっとニヤけてしまいそうな表情筋を固め、俺もヴァルモダのあとに続くように部屋を後にした。

 この後は仮眠をして勇者パーティーのみんなでダンジョンに潜る予定だ。

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