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2-22『手紙』

「はぁ…………最高だった」


「ハルト、またニヤニヤ笑って、気持ち悪いですよ? ――ギャァァァァァ」


 年上に対して礼儀のなっていないこの緑色の女に制裁を加える。


「や、やめ! 頭ぐりぐりやめへぇ!」


 こいつ、俺と同時にパーティーに加入したという事で年上に対する礼儀と言うものを忘れてしまっている。

 ユイとルリハに対しては『さん』付けをして慕っていると言うのに酷い扱いの差である。


 まぁ、こんなギルド内であの日のことを思い出し、惚けていた俺も悪いとは思うんだけどな?

 とりあえず今日のところはこれくらいで許しておいてやる。


「は、ハルト……親しき仲にも礼儀ありですよ」


「おいボクっ娘、その言葉はお前に返すぞ」


 俺とメルバードがわちゃわちゃしているとそこにユイとルリハも依頼の完了報告を終えて帰ってきた。


「二人とも仲良しですね」


「ユイ、あれが仲良しだと思えるんなら眼科に連れて行ってあげるよ」


 ニコニコしながら天然なことを言い始めたユイにルリハがツッコむ、これはもう見慣れた光景だ。

 ちなみに今回も完了報告を忘れていて打ち上げを始めようとしていたユイをルリハが引っ張って行った。


 呆れたようにため息を着くルリハだけど、本当はユイの世話を焼くのが好きだと言うことを俺は知っている。

 瞬間、俺の頬を掠めるようにダーツの矢が飛んできた。


「あー、ごめんごめん。手が滑ったよ」


「ハルト、今何を考えていたんです?」


「すみません」


 ルリハが怖い、そう思う今日この頃でございます。

 え、ルリハって心が読めたりしないよね? ね?


 あの虚構のダンジョン攻略戦から約一ヶ月が経過した。

 今も俺は勇者パーティー所属ハルト・カインズとして活動しながら魔王軍所属エシュドとしても活動している。


 ダンジョンはガルガの魂が完全に消滅すると同時に崩壊が始まり、俺たちはその空間から弾き出されていつの間にか元の場所に戻っていた。

 ちなみにカルマのことについては口外しないようにきつく言っておいた。

 俺は賢者に戻る気は無いし、生きているということがバレてしまったら国にまた探されることになってしまう。


 そうなっては俺は再び逃亡しなければいけなくなってしまう。

 今こうして普通にみんなと居れるのはみんなが約束を守って言わないでいてくれているからに他ならない。


 ついでに今回の件をギルドには報告しないようにとも言っておいた。

 元Sランク冒険者が不祥事と呼ぶにはあまりにも大きすぎる国家転覆という大事件を起こしてしまったこと、そして勇者と魔王が共闘したことが大問題になるだろうし、俺たちの胸の内に留めておくことにした。


 これらのことを約束してからみんなの前から姿を消し、代わりにエシュドとしてその場に合流した。

 マナたちの前に出ると偽物を疑われたりもしたが、最終的に信じてくれて『生きていて本当によかった』と言ってくれた。相当心配をかけてしまったらしい。

 どうやら俺は最初の一撃で死んだということになっていたのだとか。だとしたら俺脆すぎな? 一応あの時、ヴァルモダに勝ったはずなんだけど。

 そんなことがありつつ、翌日には日常が戻り、俺とメルバードは勇者パーティーに正式加入を果たし、時々魔王軍として活動をする日々を送っている。


「ユイ、あなたまた手紙を貰ってきたの? ここのところ毎日じゃない?」


 これまた呆れたように言うルリハにユイは「あはは」と笑って言った。


「うん、なんだかまた書きたくなっちゃって」


「で、返事とかは返ってきてるの?」


「全然」


「勇者から魔王への片思い、ね。これかなりの大問題だと思うのだけど」


「ぐはああああああああああああああああ」


「ハルトどうしたんですか!? ま、まさか、私のビンタがそんなに強力に!」


 ルリハの言葉の尊さに思わず血反吐を吐いて背後にある壁までぶっ飛んでしまった。

 別に俺がボーッとしていたからってビンタしてイタズラをしてきていたメルバードの筋力が異常だった訳じゃない。


 そしてこんな俺の姿は日常茶飯事なため、今や仲間もギルドの人達も気にしなくなってしまった。少し寂しい。

 あれから毎日ユイはマナへと手紙を送り続けている。これはもう『一種のテロだろ、嫌がらせかなにかか!?』とツッコミたくなるものだが、尊いので全ておーけーです。


 尊いと言えば、最後のあの瞬間も素晴らしいものだった。

 ユイとマナが勇者と魔王という壁を乗り越え共闘してガルガと言う強敵を討ち倒す。あれこそ俺の思い描いていた思考の瞬間、あれを待ち望んでいたんだ。

 こんなに早く実現出来るとは思っていなかったけど、本当に良かった。


「えと、ハルト、大丈夫です? 穴という穴から血が出てますが」


 違う、鼻と口と目から血が出ているだけだ。

 それにしても珍しい、メルバードが俺の心配をするなんて。

 俺が魔物に吹っ飛ばされたりすると一番に笑うのがお前だろうに。


「どういう風の吹き回しだ?」


「いえ、あの……この後のことを思うとちょっと可哀想というか、さっきハルトの契約書を見てルリハさんが怖い顔をしていたというか」


「え、何それ怖い。俺、殺されるの?」


 俺の人生もここまでかぁ……。

 ま、そんな事を言っている場合では無い。ルリハが怖い顔をしていたと言うのなら直ぐに逃げなければ。

 そうと決まればすぐに行動、俺の座右の銘は即断即決だからな!


「どこに行くの?」


「はぁっ――」


 息が詰まった。

 何この重苦しい空気、俺の防御を貫通しているんじゃないかと思うくらいの握力の肩を掴む手。


 振り返りたくない。

 だって、俺の背後が見える位置に居るメルバードがこの世のものとは思えない形相で怯えているんだから。

 はは、賢者カルマ・エルドライトの冒険はこれでおしまいみたいだな。カルマさんの次回作にご期待ください。


「ハルト、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……いい?」


「何なりと」


「ありがとう。じゃあ、単刀直入に聞くけど……ハルトってカルマ様だったりする?」


 ドクン。


 ルリハに質問をされた瞬間、俺の心臓はこれまでの人生で一番大きく鳴り響いた。

 まるで太鼓のドラムのように聞こえるくらいの爆音で心臓が脈動を始める。

 耳がぶっ壊れそうな爆音を鳴らしつつも、何とか平静を装いつつ、答えた。


「違うけど」


「…………そ、あ〜、ハルトがカルマ様だって思ったのにぃ〜」


 そこでようやく重苦しい空気が霧散した。

 一瞬、バレたのではと思い、本当のことを言った方が後で怖くないんじゃないかとも思ったりしたが、どうやらかまをかけてきただけだったらしい。


 良かったぁ……俺がハルト暦三年だったから何とか誤魔化せたけど、もしもハルト初心者だったら誤魔化せなかったかもしれない。

 でも、どうして俺がカルマだなんて――


「カルマ様とハルトの筆跡、同じだと思ったんだけどなぁ」


 筆跡ィィィィィ!?

 た、確かにそうだ。

 俺はルリハにサインを求められて書いた。そしてその後、パーティーに加入するため、契約書にサインをした。

 俺としたことが何という失態。筆跡を変えて書けばよかったと今更ながらに後悔するが、これはもう後の祭りである。


 生粋のカルマ信者であるルリハなら筆跡だけで俺を特定出来たとしても不思議では無い。どうして俺はそこまで頭が回らなかったんだ!!


「ま、ハルトがカルマ様な訳が無いか〜」


「そうっすよ〜。俺が『業』なんて切り札(カード)を使って魔人をボコボコにするように見えますかぁ〜? ――ひっ」


 気がついたら再び怖い表情で俺の顔を覗き見るルリハが存在していた。

 どうやら俺の弱点は調子に乗ってしまうことだったらしい。これじゃあガルガの事を言えないな。

 俺は自分のこの弱点を胸に刻み込み、ルリハに再び弁明をするのだった。


 ちなみにこの後約二時間の弁明の末、何とか俺がカルマじゃないと納得してもらえましたが、別れ際の目は何となく怖かったとだけ言っておきます。

住所が分からなくても手紙を届けることが出来る魔法があります。

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