2-21『勇気ある者』
目の前に降り立ち、ガルガの様子を見る。
今の一撃を受けてなお、原型を留めるとかさすが魔人と言うべきか。恐ろしいバイタリティ。
「ぐが、ああああああああああ」
と、思ったら生きてもいるみたいだ。
肉体が崩れ落ちる、魔力によって体が溶け始める。狂化の代償だ。
肉体はとうに死んでいる。だが、その執着の強さゆえに魂は死ねずに残り続け、その肉体を動かしている。
生物は魔王という例外を除けば肉体が死ぬと魂が消滅するようになっている。でも、それが起こっていない、まるで魔王みたいな奴だな。
死んでいる肉体を無理矢理魂が動かそうとしたら肉体がもたない、そして崩壊を始めてしまうということなんだろう。
だから魔王も死んだら肉体を捨て、次の肉体を作り出す。
あのままだと肉体が完全に消えてしまったとしてもこの世に魂だけが残り続けてしまいそうだ。それは俺が原型を留めなくなるまで殴ったとしてもガルガを殺すことは出来ないだろう。
今、奴を殺せるとしたら、それは――
「ま、また動きます! 体が崩れているのに、なんで」
魔王を討ち倒せる、魂ごと斬ることが出来る神剣『リリウム』だけだ。
だが、あれほどボロボロになったとしても、あれは狂化した魔人だ。ユイ一人で懐に飛び込むというのは危険すぎる。
ならばどうするか――
「はぁ……そいつは私の特権でしょうが……」
魔王マナ、あいつならガルガの攻撃についていけるはずだ。
ボスを斬る勇者ユイ、そしてそれをサポートする魔王マイ。あの二人なら行ける、そんな気がする。
いや、絶対に行ける。俺の勘はよく当たるんだ。
だから、あとはこの世界の主人公たちに任せますかね。
「勇者と魔王! その目の前の亡者を成仏させてやってくれ!」
「っ!? どうして……」
「なるほどね」
ユイは肩をビクッと震わせて縋るような目をこちらに向けてくる。それとは対照的にマナは察したように目を閉じて呟いた。
「勇者、あなたが斬る。私はそれをサポートするわ」
「でも、どうして私……もしかして、これ?」
言って目をやったのは手元の神剣。
何故自分が選ばれたのかに気づいてから泣きそうな声で言葉を発した。
「なんで私なんでしょう。どうして……どうして……だって、私は強くないし、私よりも才能がある人なんていっぱい居る。なのになんで……私じゃ無理ですよ」
地面に両手を着いて打ちひしがれてしまうユイ。
恐らくユイはずっとコンプレックスを抱えてきたんだろう。自分よりも強い人はいっぱい居るのに何故か自分が勇者に選ばれる。
強くなりたい、誰よりも強くなりたいと願っているのに才能の壁がそれを邪魔してくる。
言葉から疎まれたりとかもあったんだろうと言うのが容易に予想ついた。
何か言わないと、そう思って一歩前に出るが、その前にマナが口を開いた。
「じゃあ、あなたさっき、なんでこいつの前に立ちはだかった? なんでエシュドと戦おうとした? なんで私の討伐なんて目指してる?」
「それは」
「使命だから? 誰かに命令されたから? そんな生半可な覚悟じゃ私を倒すなんて二千年は早いわね」
マナの口調は厳しい。まるで責め立てているようにも聞こえてしまうその言葉。
これじゃあ状況が悪化するんじゃと思ったけど、ユイは静かにぽつりぽつりと言葉を零し始めた。
「……助けなきゃって、殺されちゃうかもって、そう思ったら居ても立ってもいられなくて……わかってた。あの人が私よりもずっとずっとずーっと強くて、私なんかの手を借りる必要がないことなんて……でも、見ているだけなんて出来なかった……っ!」
涙ながらに語った彼女のその言葉は彼女自身を表していた。
ユイの優しさ、そして善性、その全てが籠っていたかのように思える。
これだけで今この場にいる人には彼女がどうして勇者に選ばれたのか、その理由がハッキリとわかったことだろう。
彼女以外に勇者はありえない。
「それがわかっているなら大丈夫ね。あなたはこれまで通りに助けたいと思ったから助けるでいいのよ。別にそこに無理に理由を作る必要は無い」
「でも……」
「それでも不安なら仲間を頼ればいい。あなたには心強い仲間がいるでしょう?」
マナの言葉にユイはルリハと緑色を見る。
そう、勇者には仲間がいる。一人で戦う必要なんてどこにもない。苦しいと思ったら、助けて欲しいと思ったら遠慮なく頼る、それが仲間というものだ。
「それに、今あなたをサポートする仲間は誰だと思ってるのよ」
「マナ、ちゃん」
「そう、あなたの仲間は魔王で、世界の敵で、そして最強のサポーターなんだから。だからユイちゃん。この戦いに終止符を打つのよ」
ユイの手を握りながら言うマナ。
その手とマナの顔を交互に見つめ、そしてようやく決心がついたんだろう。ユイは剣を手に立ち上がり、構えた。
それに合わせるようにマナは隣に立つ。
「まさか、魔王に慰められるとは思っていなかったけど……決心はつきました」
「良かった」
「うん、もう大丈夫。だから、行きます」
「えぇ、安心して行きなさい! あなたの後ろにいるのは」
「最強の仲間、だよね!」
「ええ、そうよ!」
これまでで一番活き活きとした表情を浮かべ、ガルガへと一気に距離を縮めるユイ。
さすがにここまで来ると危険を感じたのか、さっきまで無視していたユイの方へと体を向けて拳を振るおうとする。
「させない、『闇の鎖』」
そこで地面から黒色の鎖が飛び出し、ガルガの腕に絡みつく。
次にダンジョンがぐにゃぐにゃと動き始めてしまった。
あいつ、自我が無いくせにこのピンチで無意識の内に自衛のためにダンジョンを操作してやがる。なんという執念だ。
「これに乗りなさい! 『囚われの箱庭』」
次に出現したのは大量の紫色で半透明な箱。あれは本来中に人を閉じこめるというトラップ魔法なんだが、ぐにゃぐにゃして不安定な地面から飛び乗り、ユイはこの箱の上を飛び移ってガルガへと接近していく。
これなら地形がどれだけ変化しようと関係ない。
だが、これで諦めるような執着心では無かったようだ。
ガルガが口を大きく開くと、その中に魔力がどんどんと集まっていく。本当に魔人って魔法が使えないのかと今まで習ってきたことを疑いたくなってしまうほどの光景だ。
これは危ないと思って俺が動こうとするが、その前にマナが動いた。
「はぁ……はぁ……これで終わり、『バルマ』」
マナの手から放たれる闇の魔弾、それはガルガの口の中へ飛び込み、ガルガの魔力が暴発した。
ドガンと大きな音を立て、爆発。ガルガの頭上半分が綺麗に消し飛んだ。
これで万策尽きた。あとは切るだけだユイ。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
ユイが剣を振り上げた瞬間、ユイの目の前にキラキラ光るカードが出現する。あれは間違いなく切り札だ。
なるほど、そういう事か。マナが後ろにいるという安心感、そして自分一人で強くならなきゃいけないと思っていた固定観念からの解放、それによってユイの中に眠っていた才能が呼び起こされたのか。
「斬りなさい、ユイちゃんっ!」
「うんっ! 『風魔断絶剣』」
振り上げられたその剣に竜巻を思わせる暴風が纏われる。
あの一撃は自分の迷いからの脱却、そして過去との決別を宣言するものだ。今から彼女が斬るのはガルガなんて言うちっぽけな存在じゃない。
迷っていた弱い過去の自分だ。
「ぐああああああああああああああ」
ガルガが断末魔とばかりに咆哮をあげたその次の瞬間、カードがひとりでに真っ二つに斬れ、ユイの剣はガルガに振り下ろされた。
瞬間、空間内を竜巻が暴れ狂い、俺たちガルガのボロボロの肉体を骨も残さんと言わんばかりに切り刻んでいく。
これがユイの優しさなのかとしみじみ思う。
何せ、この竜巻の中に居る俺たちには一切の被害が無いどころか風なんて何も感じないのだから。
ユイの切り札は風属性の魔断絶剣です。
攻撃を当てたいと考えている相手にしか当たりません。




