2-19『速いなぁ、痛いなぁ』
「ふっハハハハハハ! 何も起こってねぇじゃねぇか! なんだ、不発か? 天下の賢者様でもそんなミスをするんだな! それとももうガス欠か? まぁ、あれだけすごい威力の攻撃をしていたらガス欠にもなるよなぁ!!」
勝ち誇ったように笑うガルガ。
確かに今、俺の周りでは何も起こっていないように見える。だが、見た目だけが全てでは無い。本質を見ろと、そう叫びたくなる。
だからいつまで経ってもお前の油断癖は治らないし、Sランク止まりなんだ。
さて、再びガルガの方へと走り始める。
どんどんと出来上がっていく壁。恐らくガルガはこのダンジョンの壁床をすり抜けられるから、破壊するひと手間が必要な俺からなら簡単に逃げられると思っているんだろう。
まぁ、確かに切り札無しだとその可能性はあった。
でも、今のこの状態なら俺は誰にも負けない。
俺、カルマ・エルドライトの賢者時代の二つ名は『必殺』だ。狙った獲物は絶対に逃がさない。目付けられた相手はどこへ逃げようとも俺の追跡から逃れることは不可能。
俺のこの目の力もあるが、一番大きいのはこの切り札の存在だろう。
さっきまでと同じように壁を破壊しながら、逃げるガルガを追いかけていく。
時折俺を挟もうとしてくる壁もあるため、真横にパンチを放って何とか破壊して回避する。
「ははははは! お前は絶対に追いつけない。ここは俺のテリトリーだからな!」
うねうねと動いていて気持ち悪い。まるでこのダンジョン自体に命があるみたいだ。
なんかガルガの奴は高笑いをして自分が逃げ切れることを確信している様子だが、俺は真剣に追いかけてなどおらず、かなり流し気味で走っていた。
あと、なんか動いているから壁を殴って破壊したくない。殴り壊した瞬間に変な液体が撒き散らされないか心配になってくる。
「どうした、そのままじゃ俺に追いつけねぇぞ! はぁ……はぁ……」
ようやく変化が訪れたようだ。
「はぁ……はぁ……なんだ、急激に疲れが……。お前、何をした!」
「俺の切り札の効果は主に二つ。一つは相手を弱体化させるという能力。しかし、それもただ弱体化させるわけじゃない。相手の業、つまり罪の重さによって相手を弱体化させる。どうだ? 罪、心当たりがあるか?」
「く、だが、何も変化は――」
「何も見た目に変化がある物ばかりじゃないだろう? お前の罪、それはこの状況、この国を崩壊させようとしたこと。立派な国家転覆だ。だから、お前死刑ね」
「ぐあっ!」
突如としてその場に倒れ込んでしまったガルガ。
それもそのはず、あいつは今弱体化しすぎて自重を支えるほどの力すら残っていないのだから。
「く、はぁ……はぁ……、が、がぁ」
何とか這ってでも俺から逃げようとするガルガだが、その力も入らないようで、上手く前に進めずに俺から離れることが出来ていない。
その間にも俺はじわじわとガルガとの距離を縮めていく。
この状況、誰が見てももうガルガに勝ち目など残されていない。
「や、やめ、やめてくれ」
「そんな言葉吐かないでくれよ。まるで俺が悪者みたいじゃないか」
絶対に俺から逃げることは出来ない。俺が必殺と呼ばれている所以、俺の目によってどこへ逃げても追跡されると言うのもあるが、罪が大きい人ほど俺から逃げることが叶わないと言うのがある。
でも、魔力が無くなるわけじゃない。あくまで弱体化、魔法の威力は下がるかもしれないけど普通に魔法を使うことだって可能だ。
だから今この状況で助かるとしたら、魔法を使うしかない。
「くそ、こうなったら!」
――まぁ、そうだよな。
もしかしたら使えるんじゃないかと思っていたが、やっぱり使えるようだ。だが、それを使うとあいつは今度こそほんとうに人ならざる者となってしまう。
もう二度と後戻りが出来ないし、先が長くもない。それほどまでに体の負担がでかいんだ。
それでもやるというのなら相手をしてやろう。
「これが俺の覚悟だ。『狂化』」
瞬間、周囲の魔素がドッと濃くなり、ガルガの肉体がどんどんと日焼けしたかのように黒くなっていく。
髪には青のメッシュが所々に入り、目を見る限りもう正気とは思えない。
はい、大変面倒なことになりました。
これは自身の寿命を代償に力を極限まで高める魔人だけが使える魔法。ただし、自我は完全になくなってしまい、ただ暴れるのみとなってしまう。
そして自我が無くなることから、その罪からも逃れられ、弱体化の効果が切れる。
そこまでして俺を殺したいか。
「うがぁぁぁぁぁっ!!」
ドバァァァァン。
たった一撃殴られただけ、それだけだと言うのに爆発音のような音を鳴らし、俺の体が宙に浮き上がって口から血を吐き出してしまった。
これほどダメージを受けるのは久しぶりだなと、そんな呑気なことを考えていると、いつの間にか俺が吹っ飛んだ先に回り込んでいたガルガによって追加の一撃が俺に叩き込まれ、いつの間にか俺は地面に激突していた。
俺が激突した地面はクレーターが出来上がり、一番深い場所には俺から流れている血が溜まりつつあった。
速いなぁ、痛いなぁ。
確か、三年前に狂化した魔人を倒した時は賢者二人がかりで倒したんだっけか。
いくら魔人の力になれていないと言っても狂化したやつを相手取るのは骨が折れる。
倒れたままの俺にじわじわと近づいてくるガルガを見てどうしようかなと考えていると、突如突風が吹き荒れ、ガルガの肉体に幾つもの切り傷がついた。
「わ、私たちも居ますから」
カルマがまともにダメージを受けたのはこれが初めてです。




