2-16『魔の王』
魔人は魔物に近しい生態をしているけど、その実力は賢者に匹敵するほど。
そして魔人は全ての種族と敵対関係にある。だから私たちにとっても魔人は討伐対象なのだ。
ただ、その実力ゆえに魔族では私か私に近い実力を持った者しか討伐できず、人間は賢者位しか太刀打ちできる人がいない。
何より、一番大事なのは誰だって魔人になりえるということだ。
魔人の核、それを食らえばその力が全身を廻り、酷い苦痛の末に魔人へと昇華し、胸に新たな魔人の核が作り出される。
この男は恐らく元人間。なんて馬鹿なことを……。
「やはり力こそ正義。ちまちまとダンジョン改変なんてやってたのが馬鹿馬鹿しくなってくる。こっちの方が早いからな! 俺直々に世界を崩壊させやる、そのために俺は力を手に入れた。この魔人の力をな!」
がっはっはっはと豪快な笑い声をあげるガルガ。
「いやぁ、この力は素晴らしい。力が溢れてくる。人間で頑張っていたころがバカバカしくなってくるほどの力だ。今なら勇者と魔王を同時に相手しても負ける気はしない」
世界を崩壊……か、ちょっとそれは困るんだよね。
人間たちと敵対している私たちだけど、私たちにとってもこの世界って大事なものだからめちゃくちゃにされたら困る。
「くけ、くけけけけけ」
すると今度は壁から次々に魔物のようなものが現れた。ただし、それは魔物のようなものなだけであって魔物では無い。
魔物ならそれを統括する私が感じ取れるはずだ。でも、何も感じないということはあれは魔物ではなく、思念体とでも呼ぶべきものだろうか。
魔力を多分に感じることからあれは魔力で象られている魔法と同じような存在なんだと思う。
頭がどうにかなりそうだ。
ただでさえこんな訳分からない空間に閉じ込められているというのに、さらにあの思念体まで。
本当にもう――ムカつく。
「はっはっはっはっ! どうだ、この数の思念体は! これが今の俺の実力だ! これからお前らは俺と戦いながらそいつらの相手もしなければならない。そいつらはそれぞれ最低でもAランク程度の実力は持っている! さぁ、もがけ苦しめ!」
「魔王様!」
ヴァルモダが声をかけてくる。
ヴァルモダはさっきの攻撃を雷廷冥皇陣で切り抜けたみたいでダメージはそんなに受けていない。
でも、勇者の方へと目を向けてみると、青髪の魔法使いが防御魔法を展開していた影響か、思ったよりもダメージは少ないみたいだけど、その代わりにあの子の魔力が底を尽きかけている。
次にあれが来たら終わる。
「さぁ、対処出来るものなら対処してみろ!」
本当にムカつく。頭が混乱しているんだ、これ以上私を悩ませないで欲しい。
面倒くさい、何が悲しくて私は魔王なんてしなきゃいけないのさ。出来ることならこの立場を捨ててどこかに消えたい。どこぞの賢者のように。
「くきゃきゃきゃきゃきゃ」
「あーもう、煩いな。ちょっと黙っててよっ!!」
「ゲキャっ!」
一体の思念体が私に飛びかかってきたので、怒りをぶつけるような形で全力でぶん殴ると粉々に砕け散った。
それを見て吹っ切れた。
「ま、魔王……様?」
「あー、もういいよ! そんなにぶっ潰されたいなら最初からそう言ってよねっ!! 切り札」
上半身の力を抜いてだらんと体を前に倒し、右手を真横に突き出して空間を裂いて中に手を入れる。
その中から取り出したるはキラキラと輝く私のカード。それを顔の前まで持ってきて宣言する。
「どうなっても知らないからね………さっきの言葉返すよ。対処出来るものなら対処してみろよ、青二才。『幽閉愚絶門』」
カードに魔力込めるとカードが消滅、代わりに周囲の色が真っ黒に変化し、私の背後に巨大な地獄の門が出現した。
門の中には亜空間が広がっている。
さすがにガルガもこの状況に驚いたのだろう。一歩後ずさったのが見えた。
でも、そんな感情の無い思念体は何も考えずに私に突っ込んでくる。これから何が起こるのかも分からずに。
「ぐけけけけけ、くけ? ぐぎゃあああああっ」
思念体が私に近づいてきて攻撃しようとしたその瞬間、亜空間の中から血の気が無い腕が出現し、思念体を掴み取った。
もちろん思念体は抵抗しようとするが、その抵抗も虚しく握られたままあ空間の中へと引きずり込まれてしまった。
しかも出てくる腕は一本だけではない。多くの思念体が襲い掛かってきたらその分だけ腕が増え、その全てを漏れなく掴み取ってあ空間の中へと引きずり込んでしまう。
まるでその姿は冥界へ引きずり込んでいるかのよう。
「私はこの腕を亡者の腕と呼んでいる。これはあらゆるものを掴み取って亜空間内へと引きずり込んでしまう。この亜空間がどこへつながっているのか、私でも把握していない。だから、この中に引きずり込まれることが嫌ならば、全力で逃げることだね」
「くっ!」
瞬間、大量の亡者の腕がガルガへと襲い掛かった。
逃げ惑いながら時々魔法を放って腕を退けるガルガだが、その腕の耐久力は凄まじく、少し傷をつけた程度では止まらない。
そして捕まったら最後、逃げ出すことはほとんど不可能といってもいい。
そんなほぼ必中で一撃必殺で最強の技だが、この技は基本的に使わないようにしている。
理由としては二つある。
一つはこの技の消耗が激しすぎるから。そしてもう一つは今の私が制御できる程度の技ではないから。
この技は私の全盛期の実力に合わせて作った技だから、今の実力が落ちている私だと制御ができない。
だからこそ――
「ま、魔王様、それを止めてください!」
「え、こっちにも来るんですか!?」
「みんな、この腕から全力で逃げて、捕まったらどうなるかわからないっ!」
「うわああああああん、やっぱり私たちはここで死ぬ運命なんですね!?」
敵味方関係なく襲い掛かってしまう。
ヴァルモダは雷廷冥皇陣で防御が出来るからいいとして、勇者たちは腕から防御する手段はないから逃げるしかない。
でも、もう私がこの技を止める手段はない。魔力を使い果たして私が倒れるまでこの技が止まることはない。
「『ダークマター』」
ガルガが漆黒の魔弾を腕に放つことによって数本纏めて消し飛ばすことに成功する。でも、消し飛ばせても新しい腕が出現して襲い掛かかってくるからほぼ無意味だ。
「はぁ、はぁ……『紅蓮廻炎』」
青髪の魔法使いも時々紅蓮廻炎を放って応戦しているが、あれも直に力尽きてしまうことだろう。
もう誰もこれを止めることが出来る者はいない。私自身ももう止められないのだから。
「きゃぁっ!」
「ユイ! あ、このっ!」
「ひゃぁぁぁぁぁっ!」
「ま、魔王様! 勇者たちが掴まれました! どうか、その技はお止め下さい!」
そうだ、私は魔族の王、魔王なんだ。
昔からずっと魔族らしくないって言われてきたけど、私だって魔族なんだ。
どこに他人を気遣う魔族が居る? うん、もうどうなったっていいや。私が生きていれば魔族が負けることは無い。
とりあえずガルガを倒し、私がここから出れればいい。ただそれだけだ。
その過程で誰が死のうが私の知ったことでは無い。だって、私は魔王なんだから。
頭の中がボーッとして何を考えているのかよく分からなくなってくる。考えるのも面倒くさい、だからとりあえず本能のままに。
「そこまでだ」
「っ!」
そこで、なんと何者かに背後から肩に手を置かれた。
今この状況で接近された? しかも、私にも全く気取られず、亡者の腕にも掴まれることはなく。
一体どうやって!? そう思って振り返ると、そこに居たのは大量の手に掴み掛かられて全身が埋もれている何者かだった。
すっごい掴まれてる。別に掴まれていないという訳じゃなく、掴まれてもその腕力を諸共せずに歩いてきたってこと?
あれ、Sランクでも力で勝つのは不可能なはずなんだけど、何故?
「あー、これ鬱陶しいから止めてくんない? あと、取り返しのつかない事になりかねないからさ」
何者?
これほどのパワー、ただ者じゃない。
亡者の腕が引っ張ろうと力を込め過ぎて逆に腕が千切れてポロポロと腕が剥がれ落ちる。
「マナ、あんたはこんなことをしたい訳じゃないんだろ? あんたは他人のことを思いやれる魔族のはずだ」
腕が次々に剥がれ落ち、徐々にその人物の姿が明らかになる。髪と目は銀、服装は学生服のようなものの上に白のコート。
あの銀の髪と目の色は魔力の色によって染め上がったものだ。時折、その魔力が強すぎると、その魔力に影響を受けて体の色が変化する者が居る。
「あなたはいったい……」
「あ? 数日前なのにもう忘れたのか? 俺だよ俺、カルマ・エルドライトだ」
「カルマ……え」
名前を聞いた瞬間、私は呼吸が困難になってしまった。
あの時のカルマ・エルドライトは黒髪黒目だったはず。でも、今目の前にいる男は銀髪に銀の瞳、結びつくわけが無い。
しかし、言われてみると魔力の質や雰囲気などはそっくりだ。
そうなると、前に私を簡単に捕らえたこの男はあの時はまだ全く本気を出していなかったということで――
「ひぇっ」
動揺のあまり、魔王に有るまじき情けない声を漏らし、大粒の涙を流しながら過呼吸に陥ってしまう。
「落ち着け。もう大丈夫だ、あとは俺がやるから」
落ち着いていられるわけが無い。
だって今、目の前にいるこの男は数日前に私も本気を出していなかったとはいえ、一瞬にして私を返り討ちにしてロープでキツめのぐるぐる巻きにしてくれたクソ強男。
目の前で私をどう調理したら食べることが可能になるかを説明してくれたサイコパスな鬼畜男。
初級魔法であるはずのファイアボールで炎柱を作り上げてしまう人外男。
「か、か、かかかか、カルマ・エルドライトっ!?」
あの日の記憶が鮮明に蘇る。
「おう、この間ぶりだな。今日こそその首貰いに来た、と言いたいところだけど今日はそんな要件じゃない。あとは任せろ、ここからは俺の仕事だからな」
本人は安心させるように言っているのかもしれないけど、私にとっては安堵よりも恐怖が強かった。
後にも先にもこれほど私が恐怖を感じる相手など居ないだろう。
「きゅうううぅぅぅぅぅ」
「あれ? おい、マナ? おーい。完全にのびてるな」
完全に脳がキャパシティーオーバーでショートしてしまった私はそのままカルマ・エルドライトに支えられる形で気を失ってしまうのだった。
ブチ切れマナさんからのポンコツマナさん




