2-15『顕現』
「ぐ、何故……何故だァっ! なぜ、俺がガルガだと気づいた!! なぜ、勇者と魔王で戦いあわない!」
目が血走り、勇者を睨みつけ問うガルガと呼ばれた男。
それに対して勇者はあっけらかんした口調で答えた。
「私、昔から耳がいいので一度聞いた声は中々忘れません。ましてや昨日のことですから」
勇者は言いながらどや顔をした。
「あと、これに関してはむしろこちらからお伺いしたいのですが、なんで今の流れで私たちの対立に持って行けると思ったんですか。これ、どう考えてもあなたの仕業ですよね? なら、今は脱出するために魔王さんとは戦うべきではないと考えます」
「良かった……さすがのユイでもそれくらいは考える知能があったか」
「ルリハさんはユイさんのことをどれだけ考える脳が無いと思ってるんですか……」
「魔王さんも同じ考えだったから剣を返してくれたんですよね?」
「え、いや、私は」
少し違う。
確かに考え方はそうだったんだけど、実際は勇者に先代勇者の影を重ねて期待していただけで、別にそんな考えではなかった。
「と言うわけで、私たちはあなたを倒すために協力したいと思います」
「え?」
「え、ダメなんですか?」
「いや、ダメでしょ」
勇者の申し出に私が唖然としている間に青髪の子が代わりに答える。
普通に考えたらダメなんだけど、でもここから出るため、そしてあの勇者のことをもっと知るため、ありかもしれない。
「分かったわ。魔王と勇者のダンジョン攻略同盟ってところかしら」
「魔王様!?」
「なにか文句があるのかしらヴァルモダ」
「滅相もございません。魔王様のお心のままに」
普段は気持ち悪いけど、こういう時は扱いやすくて助かるわね。
「くくく、俺を倒すって言ったか? なんて無謀なことを……こいつを見ろ!」
ガルガが笑い声を上げながらポケットから取り出したのはキラキラと光るカード。間違いなくあれは切り札だ。
「このダンジョンは俺の切り札だ。つまり俺は自由自在にこのダンジョンを操れる。つまり、お前らは今、俺のテリトリーにいるって訳なんだよ! 一度まぐれで勝ったからって調子に乗るなよ。さぁ、リベンジマッチだ」
リベンジマッチって、勇者たちとの間に何かがあったのかしら? でもまぁ、今はどうでもいいか。
これについては、予想着いていた。これほどの規模の技、切り札でなければおかしいまである。
さて、そうなってくるとかなり面倒な訳だけど、別に対処法がない訳では無い。
切り札はその名の通り、最終奥義とも呼べる技。それだけにその力は強大で、破るのは簡単じゃない。
通常、生き物は無意識に力をセーブしている。そのストッパーを解除することは出来ないとされているが、それを解除する方法が一つだけある。それが切り札だ。
これは実力のストッパーを強引に外し、秘められた才能をフルに引き出す技。あの手に持っているカードは才能が実体化したもので、あれを使うことで才能が解放されて現実離れした力を発揮することが出来る。
その力は普通の魔法では太刀打ちできないと呼ばれるほどだ。
でも、一つだけ対抗する方法がある。
「ヴァルモダ、許可するわ」
「かしこまりました。では、僭越ながら……切り札、行かせていただきます!」
私から許可を貰うとヴァルモダは目をカッと見開き、そして自分の頭に人差し指と中指を突き刺した。
いつも思うのだけど、この切り札を使う時のパフォーマンスはどうにかならないのかしら。
そして指を引き抜くと、その指にはキラキラとした魔力のカードが掴まれていて、そのまま胸の前に構える。
「この力は全て魔王様のために……『雷廷冥皇陣』」
瞬間、ドッと周囲にヴァルモダの魔力が溢れ出す。
バチバチとヴァルモダの体が稲妻を帯び、それが徐々に地面へと抜けていき、稲妻が地面に魔法陣を描いてゆく。
ヴァルモダはその中心に立ち、両の拳を合わせてニヤッと笑う。
私は知っている。この技を使った時のヴァルモダは絶対に負けない。
「切り札だとぉっ!?」
「なんで自分が使えるのに相手は使えないと思っているの? しかも私たちは魔王軍、切り札位、使えて当然だと思わない?」
「ぐぐぐ……だが、お前らが切り札を使えようとも、結局強いのはこの俺だ!」
再び壁が変化し、今度はヴァルモダが狙われる。
でも、問題は無い。あの状態になったヴァルモダの防御力は全盛期の私以上と言っても過言じゃないから。
拳がヴァルモダの魔方陣内に入り込んだその瞬間、何も無い空間から稲妻が出現し、拳にヒット。一瞬にしてその拳は木っ端微塵の岩屑へと変貌を遂げた。
そう、ヴァルモダの切り札は言わば最強の盾。ヴァルモダへ仇なす存在が魔方陣内に入り込んだ場合、即座に迎撃する、それが彼の才能。
これを使ったヴァルモダを倒すのは私でもかなり苦労するわね。
「な、なんだとぉっ!?」
「さぁ、行くぜっ!」
「んなっ!」
ヴァルモダは目を輝かせ、地面を思い切り蹴ると一瞬でガルガへ肉薄する。今の彼のスピードは稲妻そのものなのだから反応できる者はそうそう居ない。
「『激雷』」
「ぐっ!」
スピードをそのままに雷を纏わせたパンチ、ガルガを殴り飛ばすヴァルモダ。
そしてその背後にはいつ設置されたのか、さっきエシュドと戦っていた時に使っていた魔道具が設置されていた。
「爆破」
ドガーン。
魔道具が小爆発を起こし、砂埃が舞い上がる。
あれの威力的にはエクスプロード程度だからそんなにダメージは無いだろう。でも、あれは多分ダメージを与えることが目的ではない。
「『紅蓮廻炎』」
そこにいつの間にか構えていた青髪の少女が紅蓮廻炎が炸裂。さらに大きな爆発と共に巨大な炎柱が上がった。
あの爆発は紅蓮廻炎を隠すための物だったようだ。
人間は本当に連携が上手いなぁと感心する。魔族は連携なんかとは無縁な戦い方しか知らないからね。
これは結構ダメージ入ったんじゃないかと少し期待しちゃうけど、まぁそんなにうまくはいかないよね。
「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
気合で炎柱をかき消されてしまった。
これで倒せたらすごく楽だったんだけど、私と勇者を同時に相手しようとしている奴がこの程度で倒せるはずがない。
「『暗雨』」
「『守護』」
ガルガが天へ両手を掲げる。それと同時に青髪の少女が防御魔法を勇者パーティーを覆える位に展開した。
ガルガの手から大量の漆黒の魔弾が射出され、弧を描いて私たちの元へと降り注ぐ。
ジュウッ
少し触れただけ、しかも熱いものに触れたというわけではないのに、まるで焼けるような痛みが走る。
私の魔力の防御が意味を成していない。
全盛期より力が劣っているといってもSランクほどの実力はあるはずなのに。
「っ、『怨魔』」
ただ受け続けるのはまずいと判断し、ガルガへ手のひらを向けて魔弾を射出した。
それをガルガは回避することなく正面から受け、闇のオーラに包まれたのを見て私は面食らってしまった。
あの闇のオーラは着弾後に追い打ちとして相手を包み込んで大ダメージを与える檻。
闇属性上級魔法、それも私の魔法だ。まともに受けてただで済むはずがない。この胸騒ぎは間違いだと自分に言い聞かせるけど、その嫌な予感は最悪な形で的中してしまった。
バチバチと相手を攻撃しようとしていた闇のオーラだったが、そのオーラが攻撃をすることなく消滅してしまったのだ。
「おや? 消えてしまったなぁ」
「っ、どういうこと」
闇のオーラが消える要因。使用者自身が解除する、もしくはダメージを与えられるような相手じゃなかった。
今私は解除したりなどはしていない、ということは必然的に可能性としてはもう一つになるのだけど……。
「冗談でしょ? 私は魔王よ。これは悪い夢か何かかしら」
「残念、現実だ」
そう言うとガルガはよれよれの服の裾を掴むと一気に胸の上あたりまで捲り上げた。
それを見て納得すると同時に絶望感を抱く。
これは、全盛期の私ならまだしも、今この場にいるメンバーだけで倒せる相手ではないと悟り、思わず天を仰いでしまった。
「そ、それって!」
どうやら勇者もこれの意味を知っていたらしい。
「その胸にあるの、魔人の核」
さっきまで私たちが人間だと思い込んでいたその相手は、なんと胸に魔人の核が埋め込まれている魔人だったのだ。
ヴァルモダはSランク相当の実力ですが、頭が残念なせいでAランクです。




