1-2『ハルト・カインズ』
森を出た俺は早速走って最寄りの街へとやってきた。
この街はそこそこ大きい方で街の周りには分厚くて立派な城壁が設置されている。まぁ、ここら辺は強い魔物も多いからその対策なのだろう。
城壁の周りは川に囲まれていて、一箇所だけある桟橋からしか街に入ることは出来ないし、ここで受付をしないと街への侵入と見なされて最悪死刑になるから気をつけなければならない。
「観光です。よろしくお願いします」
「はい、観光ね。冒険者か。えーっと、ランクは――」
俺は門番に自分の冒険者カードを手渡した。これは冒険者なら必ず持っている、自分の身分を証明してくれる大事なものだ。
自分の情報が色々と記されている。
ちなみに今の俺は賢者カルマだということがバレないように色々と偽装しているからバレたら危ない。間違いなく侵入行為で捕まることだろう。
今はDランク冒険者のハルト・カインズという設定になっている。
冒険者にはランクが存在して、一番下がE、そこからDCBAと上がっていき、その一番上にSランクが存在している。
魔物のランクも同じではあるのだが、冒険者側には特殊なランクが存在していて、それがマナの言っていた賢者というランク。
通常、ランクはその活躍に応じて順々に上がっていき、Bランク以上は昇級試験に合格したらランクが上がるという感じなのだが、賢者は国に任命されることで賢者になれるという。その実力はSランクを凌駕している。
賢者になると国の面倒な仕事を大量に投げられるようになる。パトロールもその内の一つで、問題があったら賢者が対応することになっている。
俺は特に苦だとは感じなかったが――いや、一つだけ苦だったことがある。
めちゃくちゃ退屈だった。パトロールと言っても街を見て歩くだけだし、悪い奴を見かけたらストレス発散に無駄にボコったりするくらいしか無かった。書類仕事も渡されたが、あれくらいなら一瞬で終わる。
非常に退屈過ぎてこのままの人生で本当にいいのか? と思えてきたから俺は失踪した。それが約三年前の話。
冒険者学園を卒業して冒険者になったはいいものの、退屈過ぎたから上の地位に行けばもっと強い魔物と戦えたりするのかと思っていたけど、いつの間にか賢者になっていて、賢者が魔物に対して出動するのは最終手段というのが国の考え方みたいだから余計に強い魔物と戦えなくなってしまったわけだ。
まぁ、俺にとっては退屈過ぎて偉くなってもいい事ないと感じたけど、一応メリットとしては街の人々の対応はかなり良くなる。言ってしまえば、Eランクはかなり雑に扱われ、Sランクや賢者ともなると、まるで貴族にでもなったのかと思うようなもてなしをされるのだ。
そんなのに興味がない俺にとってはメリットにはならない。
「ち、Dランクかよ。ほらよ、通行許可証。胸に付けてどっかに行け」
俺がDランクであるということが分かった瞬間に露骨に態度を変えてきた門番。まぁ、ランクが低いうちはまだ口を利いてもらえるだけマシだと思うしかない。
この許可証システムは街によってルールが違う。この街では許可証がランクによって色分けされており、Dランクは青のようだ。それを胸につけることになるため、一目でランクが分かるようになっている。あんまり気に入らないシステムだ。
冒険者というのは市民を魔物から守っているにもかかわらず、ランクが低いうちは人とも思ってもらえていないような対応しかされない。それがこの世の常識だ。
まぁ、自分がやられるのは別にどうでもいいんだけど――
「おい、どこ見て歩いていやがる」
「す、すみませんすみませんすみません!」
「ったく、どう落とし前つけてくれんだ? 弱小冒険者さんよぉ」
気弱そうな女性冒険者が屈強な体つきをした男性冒険者に絡まれていた。
Eランクともなるとあんな風に絡まれるのも珍しくはないのだが、俯瞰してあの光景を見ると、非常に不愉快だ。
「『アイスクエイク』」
「あー、てめぇの弱虫がこの服に移っちまったらどうすんだ? ――ぐあっ」
ドタンと男性冒険者は何もない場所で突然転んだ。周りの目にはそう見えただろう。
男性冒険者が一歩踏み出して詰め寄ろうとした瞬間に足元を凍らせてやった。アイスクエイクは薄く凍らせるだけだから地面の見た目もそんなに変わらないし、溶けても水があまり出ないから地面を凍らせたということもバレない。
これぞ完全犯罪だ。
女性冒険者は一瞬呆けていたものの、最後にもう一度ごめんなさいと謝ってその場から走って逃げて行き、どうやら男性冒険者もまだ何が起こったのか理解できていないようで、その場で呆けていて、女性冒険者を追う気にも慣れていない様子。
それを見届けた俺は満足し、最初の目的地へと向かった。
最初の目的地は服屋だ。
といっても、別にオシャレをしたいとかではなく、とにかく着れればなんでもいい。昔の俺、カルマ・エルドライトから見た目を離すことが出来ればそれでいいのだ。
今着ている服もだいぶ昔に買ったもので、戦ったりしている間にボロボロになってきたり、既に魔物の攻撃によって使い物にならなくなって処分した服もあったりで減ってたから服を補充したかった。
だから、適当に体のサイズに合う服を選び、一応試着室で試着をしてみる。
鏡に映る俺の姿はぼさぼさ頭の黒髪で前髪を少し長めにしているため、少しやぼったく、黒目今選んだ服は顔を隠すことが出来るようにフード付きの灰色のコート。
カルマ・エルドライトの姿は銀髪で今よりもずっと前髪を短く切っていて、銀色の瞳。白系の服をよく好んで着用していた。
うん、完璧な変装だ。
これなら見た目で俺がカルマ・エルドライトだとバレることはないだろう。
「これをお願いします」
「……銀貨一枚」
「はい」
不愛想な店員に銀貨を一枚手渡して服屋を後にした。
やっぱり店員なんかもランクによって態度が露骨に変わるな。俺の一個前に接客していたBランクのお客さんに対しては笑顔で接客していたのに、俺の番になったとたんに急に気だるげな態度に変化した。
良くないなとは思うけど、別に俺がこの現状を変えに行こうと思うことは一生ないだろうなと考えながら次の目的地を目指して歩を進める。