2-14『勇者と魔王』
「エシュドっ!」
私、マナ・デストラーラは叫んだ。
突如壁が拳の形に変形してエシュドを殴り飛ばしたのだ。
エシュドは殴り飛ばされる直前に気が付いて防御をしたみたいだけど、すごい勢いでぶっ飛ばされて行ったからかなり心配。
追いかけようと思ったらエシュドが破壊して飛んで行った壁がもう修復されていた。
さっき冷静に周囲を調べて情報を得ようと言ったのは私だけど、でも部下がこんな目に合っているというのにさすがに冷静でなんていられない。
「ま、魔王様! 少し冷静に」
「エシュド、すぐに助けるから」
「魔王様!!」
周囲の声なんか今の私には届いていなかった。
後先なんて考えている場合じゃない。一刻も早くエシュドを助けないと、そう思って魔力を手のひらに込めていると、再び壁が拳の形に変化、私を殴り飛ばそうとしてくる。
「魔王様、危ない!」
ヴァルモダが叫んだことでようやく事態に気が付いた。
魔法の発動をキャンセルして飛び退くことで何とかその拳を回避することに成功したが、その拳が直撃した地面を見てぞっとする。
なんとその地面は粉々に粉砕されていたのだ。
さっきエシュドが壁を突き破りながら飛んで行ったのを見て、とてつもない威力なのは理解していたのだけど、実際に見るとおぞましいわね。
これ、ダンジョンのトラップレベルの攻撃じゃないわよ。
「回避したか……さすがは魔王と言ったところだな」
「っ!」
ゾクッ。
声を聴いた瞬間、体の芯から震えるような感覚を覚えた。
そして思わず笑うしかない。今の私の力じゃ勝てない相手がこの場に出現したのを察した。
部屋の中心へと目を向ける。
するとそこにはゆっくりと地面をすり抜けて出てくる一人の人物が居た。
「やぁやぁ、ようこそ俺の空間へ」
現れたのは大体二十歳位の男性。
最も目立つのはその顔に着けている仮面。怪しさ満点の鬼のような見た目をした仮面だ。服装に関しては興味ないとばかりによれよれでところどころ破けている服を着ている。
とても変な格好ではあるけど、私の経験がこの男に対しては最大限の警戒をしろと告げている。
「いやぁ、まさかこの場に魔王も居るとは思わなかったよ」
「ま、魔王!?」
男のその言葉に驚き、一斉にこっちへ顔を向ける勇者たち。
「ま、魔王ってどういう事ですか!?」
「お? 君らは勇者なのに魔王の顔も知らないのか? そこにいる少女が魔王だ」
別に隠していたって訳じゃないからバレても問題は無いんだけど、私が魔王だってバレたことによってかなり面倒なことになったかもしれない。
勇者の目的は私、魔王を討伐すること。ただの魔族なら良かったかもだけど、魔王を見逃すということは出来ないはず。
こうなったらここで勇者たちと戦うことも考えておかなければならない。
「じゃ、じゃあ、あの時近くに魔王も居たってこと!?」
「これはっ!」
「うえええええん! やっぱり私はここで果てる運命なんです!」
勇者は驚き、青髪の少女は焦りを見せる。緑髪の少女はなんというか……泣き喚いていた。
そんな勇者たちを見てニヤリと口元を歪める男。
「さぁ、これで君らは敵同士だということが判明した! さぁどうする? 戦うか? 魔王を倒せば出られるかもしれないなぁ!」
かなりわざとらしく煽って私たちを敵対関係に持っていこうとする男。
冷静に考えればこの男がこのダンジョンを作り出し、ここに閉じ込めてきているから、私を倒したところでなんにもないと分かるはず。
でも、人間は何かにつけて私たちを倒そうとするところがあるから、そんな理屈が通用するか分からない。二千年前からずっとそうだった。
――ただ一人を除いて。
「ユイ」
「うん、ルリハちゃん。分かってるよ、任せて」
青髪の少女に対してサムズアップをした勇者は一回深呼吸をすると、驚きの発言をしてきた。
「ねぇ、魔王さん。そこに落ちてる剣、取ってくれませんか?」
「ちょ、ユイ!?」
なんとも呆れるようなセリフだった。
そんなことを言われて『はい分かりました』と剣を返すとでも思っているのだろうか。
普通に考えて魔王が勇者に武器を返すなんてことはありえないことだろうに。
何を考えているのだろう。
「魔王様、あれの言うことなんて聞く必要はありません。むしろ攻撃される前にこちらから攻撃をしましょう」
ヴァルモダの言っていることは全て正しい。今私も思っていた事だ。
魔王が勇者の言葉を信じちゃいけないし、やられる前にやると言うのは敵と戦う上での常識だ。
普通ならそうするべきなんだろう、普通なら。
でも今、私はそうじゃない可能性も考えてしまっている。それは恐らく二千年前の勇者の幻影を未だに追い求めているからだろう。
だから勇者に理想を求めてしまう。
あの勇者ならば絶対に卑怯なことはしない。何か考えがあるはずだって。
さっきまでの様子を見ていたらただ何も考えずに馬鹿正直に言ってきているだけの可能性も考えられるけど、夢見る乙女な私は先代勇者の夢を見ていたいっ!
「『突風』」
「魔王様!? 何をされているんですか!」
勇者以外が触れると急激に重くなって思うように持てなくなるため、私は風の魔法を利用し、思い切り勇者へ剣をぶっ飛ばした。
隣からヴァルモダの抗議の声が聞こえてくるけど、聞こえなかったことにした。
ぶっ飛ばされたその剣を勇者は風で受け止め、柄をゆっくりと握るとそのまま構えた。
「ありがとうございます」
勇者が小さくお礼を言ったのが聞こえ、この選択は間違えていなかったという事を確信した。
「はっはっはっ! 正々堂々と戦おうってことか? 案外魔王も誠実なんだな!」
違う、そういう訳じゃない。
私は別に誠実じゃないし、本気で勇者と戦う気ならこの剣を返したりなんか絶対にしない。それは多分勇者も同じ。
あの目を見たら勇者の考えがわかった。多分、今勇者も同じことを考えている。
「いいぞいいぞ。勇者と魔王の戦い以上に素晴らしいエンターテインメントなんて存在しないからなぁっ!」
「いつから、自分が観客側だと思っていたんですか? ガルガ」
「は?」
「『風斬』」
勇者は剣に風を纏わせて振るい、風の斬撃を飛ばした。
だが、その攻撃の行き先は私では無い。仮面の男の方へと一直線に飛んでいき、その攻撃は見事に直撃した。
恐らく自分の方に飛んでくるわけが無いと思っていて油断したのだろう。
斬撃は頭に直撃し、魔法の防御を打ち破ることは出来なかったみたいだけど、仮面を真っ二つに切り裂くことには成功し、この場に素顔が晒される。
その男はかなり不健康そうな顔つきで、頬は痩せこけており、隈が今まで見た事がないほどに濃い。
「ガルガ、あなたは一度負けたというのに、油断癖が治っていないみたいですね。学習能力ないんですかぁ〜?」
「彼もあなたにだけは言われたくないと思うわよ」




