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2-12『強大な壁になるために』

 ゆっくりと茂みから出ながらユイたちに声をかけると、肩をびくっと震わせてこちらへ一斉に振り返った。


 ユイとルリハは俺の姿を見たとたんに冷や汗をかき始めたが、緑色の奴は首をかしげている。能天気なのか?

 それにしても、こうして勇者に警戒してもらえるということは俺はちゃんと魔族をやれているんだな。


「魔族ッ!」


「ユイ、あれはかなりまずい」


「ま、魔族ですか!?」


 緑色の奴は相手が魔族だということに気が付いていなかっただけなのか。

 魔族だということを知った瞬間に驚愕の表情に変化する緑色。

 さすがに焦るか? そう思っていたのだが――


「魔族に私の爆発魔法が通用するか試すチャンスです! やりましょう、ユイさんルリハさん!」


「私たちを巻き込まないで……」


 Oh……クレイジー。

 どうやら相当頭のねじが飛んでしまっている子のようだ。

 魔族なんて相当腕に自信が無ければ逃げるが勝ちのような存在なはずなんだけど、この子はどうなっているんだ?


 でもさすがにユイとルリハはどうにかしてこの場から逃げたい様子。俺としてもそのまま逃げてくれた方が嬉しいには嬉しいんだが、少しは戦っておかないと後で怖いかもしれないからな。


「ルリハちゃん、メルちゃん、なんとか隙を作って逃げるよ!」


「そう簡単に逃がすと思うか?」


「わからないよ、ついこの間も油断して敗北したSランクが居たからね」


 そう言ってニヤリと笑うルリハ。

 いや、Sランクの癖にあんな簡単に油断して敗北したような奴と俺を一緒にしないでくれ。

 あれはSランクの恥だろう。


「それじゃあ、さっそくいっきますよ!」


 そう言ってまずは緑色の奴が何かを投げつけてきた。まるでスライムの核の様に見えるそれだが、若干魔力のようなものを感じる。

 見たことが無い魔道具か?


 とりあえず触らぬ神に祟りなしということで触れることはなく最小限の動きでそれを回避すると、その直後俺の真横で爆発を起こした。


 なるほど、あれはそう言う魔道具なわけか。

 爆発の威力的には抑え目だからエクスプロードだな。魔法を事前にこの道具に閉じ込めて使う時に瞬時に使えるようにする道具と言ったところか。


 ハイテクな道具を持ってるな〜と感心していると、俺の視界が同じ道具によって埋め尽くされてしまった。


「やっばぁ」


 これは回避出来ないと判断し、魔力で盾を作り出して構えて衝撃に備える。


 次の瞬間、連続で爆発音が鳴り響いた。

 一発一発の威力は低いけど、これだけあったら面倒くさい。最早これは爆発の雨だろ。


 盾を構えたまま緑色へと走り出した。

 とりあえずあいつを何とかしたらこの爆発は止まるだろう。


「うえぇぇぇっ!? 向かってくるんですか!」


「メルちゃんには指一本触れさせません!」


「勇者、お前とは一度手合わせをしてみたかったんだ!」


 緑色が魔道具を投げるのをやめて逃げ始めたら間にユイが割り込んで剣を振ってきたため、それを盾で受け止める。


 初めてユイと接敵して正面から顔を見る。

 その顔は必死という感情が読み取れた。

 確かに今俺という魔族と戦ってるんだから必死になるのは当然なんだろうけど、なんだかそれとはまた違うような、そんな表情だ。

 焦り、それに近いかもしれない。


 そんなことを考えていると、突然ユイがバックステップで俺から距離を取り、直後真横から火炎弾が飛んできた。


「『ファイアボール』」


「そうだな。お前たちは複数人いるもんな」


 俺は今一体一をしている訳では無い。

 ユイとちゃんと一体一で戦ってみたい気もするけど、今はみんなをしっかり相手するべきだ。


「牽制のつもりか? 俺に牽制するなら紅蓮廻炎を使うことだな」


「そう、それじゃあ遠慮なく」


 軽く挑発するとルリハはその手に炎の弓矢を作り出し、俺に向けて構えた。

 あんな目の前で堂々と構えてどうするつもりだ? あれじゃあ躱してくれと言っているようなものだぞ。


「あんた、自分で使えとか言っておいて、まさか躱すつもりじゃないでしょうね。そんなダサいこと、誇り高き魔族がやるのかしら?」


「安っぽい挑発だな」


 別に俺は誇り高き魔族って言うわけでもないから躱してもいい所なんだけど、ここはせっかくだからその挑発に乗ってみようじゃないか。

 紅蓮廻炎を構えている人の前で堂々と構える。


「へえ、逃げないんだ」


「あぁ、その挑戦を受けてやろうと思ってな」


「なら、そのお望み通りに消し飛ばしてあげる。『紅蓮廻炎』」


 ついに放たれる紅蓮の矢。

 それが俺を貫かんとし、急速に迫ってくる。

 その最中、身体強化を発動して受け止める準備を整え、紅蓮の矢を両手で受け止める。


 ただ、威力が凄まじくてそう簡単には受け止めることが出来ずに少しだけ後退りをしてしまうが、それでもしっかりと掴み取るとその場で強引に一回転して方向を変え、ルリハへ向かって投げ返した。


「そんな馬鹿な!」


 ズダアアアアアアン。


 紅蓮廻炎が着弾、凄まじい爆発音を周囲に響き渡らせながら炎の柱を作り出した。

 やっぱりなかなかの威力だな。魔人の核を貫けるほどの威力だからかなりの高威力であることは覚悟していたけど、今ので手のひらが火傷した。


 やっぱりさすが勇者パーティーの魔法使いと言ったところか。

 そしてやっぱり勇者様も流石といったところだな。


「ルリハちゃん大丈夫!?」


「ユイ、うん助かった」


 横の方へと目を向ける。

 そこにはルリハを抱えたユイが居て、ユイが超スピードでルリハを回収して回避したんだということが伺える。

 あの状況から咄嗟に走って助ける。そんなこと誰にでもできることでは無い。


「はぁ……はぁ……強すぎる。隙がない」


「ルリハちゃん、大丈夫ですか? 今ので魔力消費も大きかったんじゃ」


「大丈夫、少し休めば回復するから」


 紅蓮廻炎の消費魔力って結構大きかったはずなんだけど、少し休めば回復するって言っているあなたも人外の領域に片足踏み入れている気がするんですが?


 少しふらつく足で立つルリハだが、もう既に次の魔法を撃つ準備を始めており、何と背負っていた杖に手をかけた。

 あれって飾りじゃなかったのか。あれに手をかけたのは初めて見た。

 よし、もう少し戦ったら適当なタイミングを見て逃がそう。


「『追い風(テイルウィンド)』、行きます」


「来い勇者っ!」


 追い風の力で速力を高めたユイは一気に距離を詰めてくる。

 ユイの攻撃は一撃一撃の重さはそこそこだが、スピードに関してはBランクを大きく超えている。

 Sランクに片足を突っ込んでいると言ってもいいだろう。

 ただ、その実力自体はまだBランクなんだなって思うよ。


「んなっ!」


「考えてることが単純。見え透いている」


 俺の目の前にまで来るとガルガの時同様にフェイントをかけて右側へ回り込もうとしてきたので、足をかけて体勢を崩してあげる。

 その状態で腕にチョップを入れて剣を落とさせ、回し蹴りを叩き込んだ。


 何とか腕でガードをしたみたいで、少し吹っ飛んだだけで済んだみたいだが、いったいそこからどうする気なのだろうか?

 安直な攻めでユイのメインウェポンである剣は俺の足元に存在する。もちろんこれを簡単に回収させるつもりは無い。


「ごめんルリハちゃん、私の安直な攻めで」


「大丈夫、だけどちょっと厳しいかもね」


 ドカーン。

 突如として真横から投げ込まれた魔道具が爆発した。


「ボクのことも忘れないで貰えますか!?」


 完全に忘れていた。

 ダメージはそんなに無いが、今ちょっと緑色の事を忘れかけていたせいで、回避することが出来なくてもろに爆発ダメージを受けてしまった。

 だって俺の中で勇者パーティーといえばあの二人だからな。


 それにしてもあの魔道具、かなり厄介だな。

 いくら魔力の防御があると言っても何発も食らったらいつかそのうち破壊される。そうなったらあとはあの爆発に粉々に砕かれる運命だ。


 あの緑色から倒すか?

 最悪あの一人を倒してしまってもユイとルリハに担がせて逃せば問題ない。


「『ファイアボール』」


 ついに反撃に出ようとしたその瞬間の出来事だった。


切り札(カード)虚構之迷宮(きょこうのダンジョン)』」


 突然周囲が真っ暗闇に包まれ、瘴気が溢れだし始めた。

 この瘴気、Sランクダンジョン相当のものだ。さすがに俺でも長時間ここに居たくないと思ってしまうほどに不愉快。


 それにこの場所は空間が歪んでいて、外界とどうやら隔離されてしまったらしい。

 これはユイたちの技か? いや違う。人間が瘴気を出すはずがない。

 ダンジョンの改変? いや、そんなことでは空間が歪んだりはしない。


 マナたちの仕業ということも考えにくいはずだ。今俺が優勢だったんだからわざわざ手を出す必要性は無い。

 となるとこれは第三者の介入? 瘴気を作り出すって言うことは魔物側の所業だと思うんだが……。


「エシュド、危ない!」


 地面が抜ける。

 これはワームホールか? 禍々しい見た目をしていて、どこに繋がっているかも分からないような不気味な存在。


 本来ならこれに入るような死に急ぎ行為なんか絶対にしないんだが、俺は視界の端で見てしまった。

 ユイたちがワームホールの中に飲み込まれていってしまうという姿、そして俺を助けようとしたのだろうが飛び出してきた瞬間に足元に同じくワームホールが出現して飲み込まれたマナと状況が理解出来ずに呆然としたままワームホールに飲み込まれていったヴァルモダ。


 この状況で俺一人だけ逃れるというのもちょっと違う。

 間違いなくここから先は地獄、この状況を作り出した奴にとって有利なフィールドが広がっていることだろう。


 でも、そんなことは関係ない。

 だって少し面白そうだから!


 罠だと分かりながら飛び込み、そしてその罠を尽く打ち破る、その瞬間ほど楽しいものは他にないよね。

 そんな軽い考えを持ちながら俺は自分の意思でワームホールの中へと飛び込んだ。


 どうやら俺も魔族たちのことをとやかく言えないとんでもバトルジャンキーの変人だったらしい。

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