2-10『魔痕』
魔痕、それはただの痕跡ではなく、魔力の作用で出来上がった痕跡の事。ただし、ただ魔法をぶつけただけでは魔痕は発生しない。
高威力の魔法を徹底的に叩きつける。
ただ攻撃するのではない。相手にサンドバッグの様に何度も何度も何度も叩きつけなければ発生しない痕跡。
つまりこれは……。
「魔王様……」
「あぁ、違うんだよ。今日これを見せに来たのは君たちに恨みを抱いてほしいからというわけじゃないんだ」
「では、どういうことですか?」
「うちの軍ってさ、自由奔放な子たちが多いわけでしょ? で、中にはこれと同じようなことをしてしまう子もいるかもしれない。でも、君たちはなんか違うって思ったんだ。二人とも理性が強いから」
こいつに関しては理性があるのか怪しいものですがね。
「だからこれを見た二人には同じようなことをしてほしくないと思ってね。同じようなことをしてしまったら人間側にも同じような思いをする人が出てくるかもしれない。今生きている人たちはこの魔痕とは関係のない人たちなんだから、同じような思いはしてほしくないんだ」
驚いた。まさかマナがこんなことを考えていたなんて。
でも確かに、魔王が復活してからというもの、それまでよりも魔物による残虐な被害が減っているような気がする。
賢者になってから報告書とかも色々見て、魔物によって死傷者は発生していたけど、魔物にいたぶられて殺されたという被害件数は報告書が提出される度に減って行っていた。
「まぁ、敵の心配をしてどうするんだっていうのはその通りだと思うけどね。二千年前にも『あなたは甘すぎます。どうして敵のことを案じているんですか』って注意されたんだけど、やっぱりこのスタンスを崩すと私が私じゃなくなってしまうような気がしてさ。理性で抑えられない子たちは仕方がないと思うけど、君たちにはこのことを心に留めておいてほしいなってね」
マナの言葉を聞いてヴァルモダが俯き、肩をプルプルと震わせ始めた。
やっぱり魔族で人間の敵だし、今のマナの言葉には何か思う所があるのかもしれない。
だってやっぱり人間の方にも魔物を心配する人なんているわけが無いし、魔族の世界でもマナのこの考え方は異端なんだろうから。
「二千年前にも勇者っていうのが居てさ。その人は私が倒しちゃったんだけど、最後に彼女は謝罪を口にしたんだ」
「勇者が魔王様に?」
「『ごめん』って、『魔痕のこと、多くの同胞の命を奪ってしまったこと。本当に申し訳ない』って。戦争中なんだから気にする必要はないのにね。そして最後にお礼を言われたんだ。『正々堂々と戦ってくれてありがとう。あなたのような魔王に倒されるのはとても誇らしい』って。それと……いや、これはいいか。とにかく、今でも頭の中に響いてる。あれは勇者だった。誠の勇者だった。あのようなものと戦えたことは私にとっても誇らしい。だから私もあれを目指したくなった。あの勇者はもういないけど、でも私はいつまでもあの勇者の幻影を追い続けているんだ」
二千年前の先代勇者のことを語るマナの目はとても懐かしむような悲しむような慈しむような、そんな目をしていた。
まるで遠い過去に残してきてしまった友を想うような、そんな表情。
先代勇者の話は初めて聞いた。冒険者学園でもそんな話は聞かなかったし、図書館にもそんな文献はなかった。
敗北してしまった勇者のことなど歴史から消してしまったということなのだろう。本当に人間らしいというか、なんというか……。
「魔王様……」
「え、なに!?」
そこでついに我慢が出来なくなったのだろう。静かに聞いていたヴァルモダがついにマナの両肩を掴んだ。
マズい、もし今の話にヴァルモダが嫌悪を抱いていたとしたらマナに何をするかわかったものではない。
早く止めなければ、そんなことを考えていたがヴァルモダの次の一言でそんな心配は急だったということに気が付いた。
「私、感動いたしました!」
「そ、そう?」
「はい! 敵である勇者の言葉に耳を傾け、敵にも慈悲を与えるそのお姿。やはりあなたこそが王に相応しい。私、一生あなたについて行きます」
涙を流し、感動の言葉を伝えるヴァルモダ。
さっき肩を震わせていたのは感動のあまり震えていたということか。ビビってしまった。
最悪の場合、こいつを消すことを考えていたが、心配は要らなさそうだ。
でも、驚いたな。魔王がそんなことを考えている人だなんて。先代勇者もそんな考えを持ち、戦いに臨んでいた。
この二人は敵同士ではあったもののライバルであり、友だったということなのだろうか。
「俺も、その言葉胸に刻みます」
「うん、それならここに連れてきた甲斐はあったよ」
満足気な笑みを浮かべるマナのことを見て、ようやく俺はなんで魔王軍がこの人について行くのかわかった気がした。
普通の魔王とは違うけど、これは確かにカリスマだ。
強く、そして纏めあげる力があるだけがカリスマでは無い。他人の心に寄り添える力もまたカリスマだ。
人間に足りないものはこれなのかもしれないな。
「さて、しんみりとした話はこれでおしまい! それじゃあ、魔王軍に所属する上での詳細を説明するわね。まずは魔物の村に家を与えられるわ」
「あ、要らないです」
「いら、ない?」
家とか持ってても仕方が無いし、森の方がハルトとエシュドを切り替える時に便利だから街中に拠点を構えるつもりは無い。
どれだけ誘われようとそのスタンスを変えるつもりはない。
そんな俺の返答が予想外だったのだろう。マナがポカンと口を開けてアホ面になってしまった。
そこまで俺の返答は想定外だったか!? ――いや、少なくとも普通ではなかったか。
「そ、そうなんだ。じゃあ、何か欲しいものがあったら教えてね」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、そろそろ移動しようか」
そう言ってマナが踵を返し、この場から去ろうとした瞬間の出来事だった。
ドガーン。
近くから爆発音が鳴り響き、俺たちは驚いて足を止めた。




