2-7『空気読めない天才少女』
次の日、私たちはギルドへとやってきていた。
メルバードちゃんへの連絡に関してはギルドの方にお願いしたからメルバードちゃんとここで顔合わせをする手筈になっているんだけど……。
「遅い」
「うん、来ないね」
時間になってもメルバードちゃんは現れていなかった。
予定時刻はもう三十分前には過ぎていて、横でルリハちゃんがイライラしているのを感じ、自然と背筋が伸びてしまう。
ルリハちゃん、遅刻には厳しいからな〜。
前に私が寝坊しちゃった時は王都の外周を十週させられた。十週と言えども王都なのでかなりの広さがあり、あの時は死ぬかと思ったよ。
もうとにかく早く来て欲しいよね。ルリハちゃんの雰囲気が怖すぎて真横に並んで座るのは軽く地獄だよ。
「る、ルリハちゃん、お菓子、食べる?」
「…………」
「え、と……私が作ってきたお菓子なんだけ――あ、食べるんだ」
お菓子を差し出しても眉一つピクリとも動かさなかったルリハちゃんだけど、私が作ったと説明したら説明し終わる前に私の手から口で受け取って食べた。
眉間に皺を寄せながらもぐもぐと口を動かしているルリハちゃん。ちょっと怖い雰囲気が緩んだかもしれない。
お菓子、気に入ってくれたのかな?
「まだあるけど……はい」
またお菓子を差し出すと再びルリハちゃんは怒りながらもお菓子を手から口で取って食べ、再びもぐもぐと口を動かす。
あれ、なんだかちょっと楽しいかもしれない。なんだか餌付けをしているような気分でゾクゾクと……なんだか開いちゃいけない扉が開きかかっているような感覚が。
「る、ルリハちゃん! まだあるんだけど、どうかな!」
そう言って再びルリハちゃんにお菓子を差し出そうとしたその時だった。
目にも止まらぬ早さで横からお菓子を奪い取られてしまった。あまりに一瞬の出来事すぎて唖然としてしまう。
「ん〜、これなかなかイケますね。まだありますか?」
「え、あ、うん」
「ありがとうございま〜す」
私がお菓子の詰まった袋をテーブルの上に置くとその中から次々とお菓子を取り出して貪り食らう少女。
面食らって少し反応が遅れたものの、この少女に対する一番最初の感想は凄い美少女という事だった。
ツヤツヤでとても綺麗な緑色の髪、それをツーサイドアップにしている。メラメラと燃えているかのような深紅の瞳。服装に関しては少し汚れている作業着のようなものを着て大きなリュックを背負っている。
服装は少し残念ではあるものの、それでも美少女と言い切れるほどのポテンシャルを彼女は秘めていおり、欠点など無い。ただ一つの点を除けば。
「いやぁ、助かりましたよ〜。ボク、昨日から何も食べてなくてお腹ぺこぺこで。開発は楽しいですけど、のめり込み過ぎは良くありませんね。今日だっていつの間にか寝落ちしてて、人と会う約束をしていたのにこんな時間になっちゃいました」
あははははと楽しげに笑う彼女だけど、私は生きた心地がしなく、椅子からそっと立ち上がると二人に気が付かれないようにその場から距離をとった。
そして私は昨日貰った応募用紙に再び目を通す。
転写の絵とこの子の顔は全く同じ、つまり私たちが今日待っていた子はこの子で間違いないはずだ。
メルバード・ユーシェン、十三歳。職業は魔道具技師。飛び級に飛び級を重ね、冒険者学園をわずか三年で卒業した本物の天才。
しかし、天才はよく欠点もあるという。
メルバードちゃんの場合、それは空気が読めないことだ。
「あっはっはっはっ!」
「ふんっ!」
カキィィィン。そんな音が鳴ったんじゃないかと思うほどの一撃だった。
普段使っているところを見たことがないという程に使わない背負っている杖に手をかけたルリハちゃんはまるでベースボールの玉を打つかのようにメルバードちゃんの胴体にフルスイング。
綺麗に決まったその一撃でメルバードちゃんは壁にまでぶっ飛ばされていった。
それ、いつ使うのかって思ってたけど、使い所は今だったんだ。初めてあの杖の用途を知った。
「な、なんで……」
壁に激突した直後に普通に立ち上がったメルバードちゃんを見て驚愕した。
それにしても魔法使いの一撃で威力はそこまで高くなかったとはいえ、あれを食らってピンピンしているのは純粋にすごい。
「君、メルバード・ユーシェンだね」
「うえぇっ! な、なんでボクの名前を知っているんですか!?」
「私たちが勇者パーティーだから」
「そうなんですね〜って、勇者パーティー!?」
どうやらメルバードちゃんは私たちが勇者パーティーだってことに気がついていなかったらしい。
勇者パーティーだって判明した瞬間、目をキラキラと輝かせながら私たちの元へ駆け寄ってきた。さっきぶっ飛ばされたということを忘れていないだろうか?
あ、ルリハちゃんの眉毛がピクピクと動いている。怖い……っ!
「お二人があの! はっ、申し遅れました。知っているとは思いますがボクがメルバード・ユーシェンです! 学園ではメルって呼ばれてましたので、気軽にメルって呼んでくださいっ。よろしくお願い、しまああああああああああああああああああああああああああ」
ズドーン。
うん、とても元気で子犬のように人懐っこい女の子みたいだ。思わず庇護欲が掻き立てられ、甘やかしたくなる小動物的な可愛さが存在する。
……現実を見よう。
メルちゃんが挨拶をした瞬間にルリハちゃんがまた杖で殴り飛ばした。
「うええええええん、なんでですかあああああ」
やっぱりあんまりダメージが無いように思える。
確か魔力量の多さによって防御力が上がるはずだから、これだけの威力を相殺できてしまうほどの魔力をこの子は秘めているって言うことなんだろう。
強いなぁ〜。
「メルバード、あなたの罪は遅刻した罪、そしてユイにあーんをしてもらった罪。ユイのあーんは私のモノ」
「ぜ、前半のは大変申し訳なかったです! 気がついたらこんな時間になっちゃってまして……でもでも、後半のはただの私怨ですよね!? 理不尽ですよぉっ!」
「うるさい」
「酷いっ!?」
確かにルリハちゃんを怒らせたメルちゃんが悪いには悪いんだけど、なんか可哀想になってきたから手を差し伸べてあげることにした。
「ルリハちゃん、それぐらいにしておいてあげて? メルちゃんも反省してますよね?」
「寝坊したのだって確かにボクに非があるのにはありますけど、あれだって国の役に立ってるんですよ!」
「メ、ル、ちゃん? 反省、してますよね?」
「うっ、なんかユイさんの圧、めちゃ怖いです。すみませんでした、ボクが全面的に悪かったので、その圧はやめてくれませんか?」
「だって、ルリハちゃん。メルちゃんは反省してるみたいだからね?」
「いや、ユイ……あー、わかった」
ルリハちゃんも何とかわかってくれたみたい。
ほら、確かにメルちゃんは空気は読めないし、反抗的な面もあったりするみたいだけど、話し合えばわかってくれるんです。
何とかルリハちゃんを落ち着かせて椅子に座らせることに成功したらおずおずと言った感じでメルちゃんが椅子に座った。
ただ、身長が低いから足が床に届いてなくて浮いちゃってる。
天才はなにかに優れている代わりに何かが欠落しているものである。




