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2-6『ガルガ・レイヴン』

 え、私今、何か言っちゃいけないこと言ったかな?

 さっきまでの様子からの変わりっぷりに動揺してしまう。


 そんな私の心情を察してかギルドマスターはテーブルに置かれたお茶を一口飲んでから口を開いた。


「カルマは失踪した」


「え、失踪ですか?」


「そうだ。今から三年前の事だろうか。家族に『旅に出ます。探さないでください』という内容の手紙だけ残して姿を消した。それからしばらくカルマの捜索はされたんだが、その足取りを掴むことは終ぞ出来なかった」


「カルマ様は魔物に殺されて死んだんじゃないかと言う人も居た。でも、私は信じない。あの人が死ぬなんてあるわけが無い! だって今日も空は青い! カルマ様が死ぬような魔物が居たんなら私たちは今もこうして空を見上げることなんて出来ないはずなんだから」


「全く同意見だよ。あの小僧がそう簡単に死ぬわけが無い。死んだらその時は僕らも死ぬ時だろうね。もう死んだんじゃないかと言う説を唱えてる奴らには申し訳ないが、アレが敗北するビジョンが全く見えないんだ」


 はっはっはと笑うギルドマスターと必死に訴えかけるようなルリハちゃん。

 反応は正反対ではあるが、心の中でカルマ様が死ぬわけが無いと思っているのは同じようだった。

 どれだけ凄い人だったんだろう。一度でいいから見てみたかった、話を聞いてみたかった。

 どうやったら賢者様のように強くなれるのか、知りたかった。


「まぁ、もし次魔人が現れるようなことがあったらひょっこり出てくるんじゃないかな。あいつ、正義感は強いから世界の危機に黙ってはいないはずだよ。会いたいならその時を待つことだね」


 会うには世界の危機に陥らなければいけないってかなり物騒だ。

 そんな状況になってまで会いたいと思う訳では無いので、世界の危機になんて陥らないことを願うばかりです。


「んじゃ話を戻すけど、ダンジョンに居た怪しいヤツってどんなやつか知ってるかい?」


「えっと、確かSランク冒険者のガルガ・レイヴンとか言っていました」


「なに、ガルガだと!?」


 今度身を乗り出して来たのはギルドマスターの方だった。

 やっぱりSランクと言うだけあって有名なのだろうかとそんなことを考えていた私だったけど、ギルドマスターが驚いた理由は違ったみたいだ。


「ガルガっていうのは一年前くらいまで冒険者をやっていた男の事だ。確かにやつのランクはSランクだった」


「一年前まで?」


「あぁ、やつは素行が途方もなく悪くてな。酒飲んで暴れるわ、他の冒険者の獲物を横取りするわ、カツアゲするわで冒険者ギルドでも手に負えないと判断されたんだ。根は悪いやつじゃねぇ、だがたった一つの劣等感が奴をそこまで落とした……ある意味可哀想な奴だったよ」


 聞く限りではやばそうな人ではあるし、実際にダンジョンをSランクにしようとしているのを見ているからやばい人という印象しか抱くことが出来ないけど、ギルドマスターの表情は慈しんでいるようだった。

 多分ガルガが素行不良を起こす度に庇っていたんだろう。このギルドマスターは所属している全ての冒険者を愛していると言っても過言では無いから最後の最後まで庇ったに違いない。


 それにしてもそこまでに変えてしまうほどの劣等感ってやっぱりあれなのかな。本人も言っていた事なんだけど、


「劣等感って、自分は賢者になれなかったってことでしょうか?」


「おー、よく知ってたな」


「本人が言っていましたので」


「そっか……そう、ガルガは賢者を目指して冒険者になっていた。最初こそ順調にランクが上がったが、徐々に厳しくなってきてな。Sランクまで何とか到達したが、あいつの目標は賢者だ。Sランクなんかでは満足はできなかったんだろう。でも、Sランクから賢者は雲泥の差がある。ここが人類と人外の境界線だと僕は認識している。賢者になるには人外にならなきゃ無理なのさ」


 賢者になんてなれなくて普通、それがガルガにとっては劣等感となり、苛まれて思わず素行不良に走ってしまったということなんだろう。


「現在、カルマ様も含めると賢者は七人しか居ない。ここにさらに八人目として加わるとなると、相当厳しいだろうね」


 狭すぎる門。

 何千万といる冒険者の中のトップ(エイト)に選ばれる。それは尋常じゃないことで、普通に考えたら難しいってレベルの話ではないんだけど、ガルガはこの夢を諦めきれなかったんだろう。


「まぁ、とりあえず状況はわかった。こっちでガルガのことは調査しておく。二人とも気をつけておけよ。ガルガはいつ狙ってくるか分からない奴だからな」


「はい、分かりました」


「ったく……なかなか面倒なことになっちまったな」


 困ったような顔をしながら頭を搔くギルドマスター。

 いつもはツンツンと元気に逆立っている髪も心做しか元気がない。

 これからの対応に憂いているんだろう。多分ただでさえ多い仕事量に更に仕事が追加されることになるんだと思うけど、ここは街のために頑張ってもらうしかない。


「ギルドマスター、そろそろ。まだ仕事も残っていますので」


「ん? あぁ、分かったよ。ごめんね〜僕まだ仕事が残っててさ。あと他に何かあったりするかな?」

「いえ、大丈夫です」


「今回は今の話を伝えに来ただけ」


「そっか、じゃあ僕は仕事に戻るよ。この件も対応しなければいけないしね。君たちも魔王討伐、頑張ってね〜」


 ギルドマスターはニコニコ笑顔を浮かべて手を振りながら部屋を後にした。

 ただ、その後ろ姿には哀愁が感じられたため、本当に仕事に戻りたくはないんだろうなと言うことが察せられる。

 あの人は話してる時が一番楽しそうだからね。


「そうでした」


「どうしました?」


 秘書さんがギルドマスタ―の後に続いて部屋から出ていくと思いきや、ドアの前で足を止めてこちらへと戻ってきた。

 なんだろうと思って様子を見ていると、秘書さんの手には一枚の紙が握られており、その紙を私達の目の前に置いてきた。


「これをお渡しし忘れるところでした。こちらパーティー参加応募書です。あの後、一名が応募してきましたので、こちらをお渡ししておきます。今日はもう夜遅いので、明日会ってみてはいかがでしょうか」


「はい! ありがとうございます」


 それだけ告げると秘書さんは私たちにぺこりと一礼すると、改めて部屋を後にしていった。

 今朝出したパーティー募集、ちゃんと募集できていたことに安堵すると共に意外と早く応募が来たことに少しびっくりした。


 初めてみる応募用紙、ハルト君の時は特に応募用紙とか無しでギルドを通さずに実力テストをしに行ったから、これをちゃんと見るのは初めてなんだよね。

 一先ず応募用紙を回収した私たちも部屋を出てギルドの集会所で応募用紙を詳しく確認してみることにした。


「えーっと、名前はメルバード・ユーシェン。女の子! これ以上女の子が増えたらハルト君の肩身が狭くなりそうだけど大丈夫かな」


「大丈夫じゃない? ハルトはそのくらい気にする人じゃないでしょ」


「分からないよ〜! もしかしたら女の子に囲まれて恥ずかしがるかも……いや、無いか」


「無い無い。あの男の神経は大黒柱よりも太いと思う」


 ルリハちゃんの発言を否定しきることは出来なかった。

 実際問題、ハルト君の神経はかなり図太い方だと思うし、度胸もある。この程度では気にしないんじゃないかと思えてきてしまう。

 あと、女の子にストレートにポンコツとか言えちゃう人がそんな繊細な訳が無いよね!

 うん、確かにあれは私が悪かったんだけど、言われても仕方がないとは思っているけどね!


「ランクは……あ、私たちと同じBだね」


「でも待って年齢が十三歳、私たちの二個下だ。でも冒険者学園卒業歴有り」


「え、どういうこと? 冒険者学園を卒業出来るのって十五歳だよね?」


 冒険者学園は十歳から入学することが出来る。

 それから五年の過程を経て卒業することになるので、卒業するのは十五歳になるはずなのだが、この子は十三歳で卒業歴を持っている。


「考えられることは一つ、飛び級」


「あ、そういえばルリハちゃんにも打診があったんだよね」


「そう、私は結局蹴ったけど、この子はそのまま卒業したんだろうね」


 冒険者学園では三種類の勉強をすることになる。

 座学、魔法学、そして実践。進級までにこの三つが一定の水準に達していたら進級することが出来る。

 そして更にこれが優秀だと稀に飛び級の打診が来る事があるらしい。

 残念ながら私にはそういった話が全くなかった。あれかな、魔法学がいつも赤点ギリギリだったのが良くなかったのかな!?


「なんかハルトの肩身がどんどん狭くなっていく気がする」


「そう言えば、この子を入れるとしたらハルト君だけがDランクだ!」


「まぁ、大丈夫でしょ」


 これまたハルト君は気にしなさそうだけど、私たちとしてはハルト君の心情が心配になってしまう。


「とりあえず明日、会ってみないとね。本物の天才ちゃんの姿を拝んだら何かいい事あるかもしれないし〜」


 確かに飛び級出来るって天才なんだろうけど、それはあなたも同じでしょ? ルリハちゃんも同じく飛び級の打診があったくらいなんだから。

 あぁ……なんで私が勇者なんだろう。私よりももっと才能がある人だって居るだろうに、なんで私が選ばれちゃったんだろう……。


 私より絶対にルリハちゃんの方が適任なのに。


「ルリハちゃん、勇者を受け継ぐ気は無いかな!?」


「ユイってたまに変なことを言い出すよね」


 呆れ顔でため息混じりに言うルリハちゃん。


「え、そんなに変だったかな?」


「うん、勇者なんてユイにしか務まらないでしょ」


「た、確かに剣に選ばれたのは私だけど」


「そういう事じゃないよ」


「え?」


 意味が分からなかった。

 私が勇者である理由なんて私がこの神剣『リリウム』に選ばれたからって言う理由以外思い浮かばない。

 それ以外に一体何があるというのだろうか。


「確かにその剣に選ばれたからユイは勇者だよ。でも、それだけが理由じゃない。その剣はユイを選んだ。賢者たちやカルマ様のような強者でもなくユイを選んだ。その理由、私だったら何となくわかるけどね」


「それは?」


「それはユイが自分で気づくべきじゃないかな」


「そぉんなぁ〜」


「いっぱい悩んだらいい、勇者よ」


 テーブルにもたれかかって涙目の私を見て笑うルリハちゃん。

 剣に選ばれた理由なんて選ばれたその時からずっと考え続けているのにこれといった答えは見つからなくて……。

 私に見つけられるのだろうか。私が勇者であることの答え……。


「ま、今日はもう帰って早めに寝よう。明日はまた実力テストをしなければいけないし」


 そう言うとルリハちゃんは打ちひしがれている私を放置して宿へと帰って行ってしまった。

 普通、この状況で置いて帰る? とも思うけど、これがルリハちゃんだ。下手に優しくされるよりも少しドライな方が落ち着くかもしれない。


 ルリハちゃんを見送ってから私は目に溜まった涙を服の袖で拭くと、宿への帰路に着いた。

 うん、もう少し頑張ってみようかな、私なりの答え探し。

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