2-5『カルマ・エルドライト』
ハルト君と街の入り口で別れた後、私ユイ・フィートベルはルリハちゃんと共に冒険者ギルドへと今日の出来事の報告にやってきていた。
私たち二人だけで来た理由はまだハルト君が正式にパーティーメンバーになったわけでないということと、ハルト君が疲労困憊ですぐに休みたいという表情をしていたから、二人だけで来ることにした。
そして今私たちはギルドの応接室に来ている。
ここに来たのは人生で二度目、一度目は勇者に任命された直後。
ここで勇者パーティーのメンバーを募集することを勧められ、募集用紙を貰ったんだけど、それを提出し忘れていたんだよね。
今はもう大丈夫! ちゃんと掲示板に募集要項が張られているはず。
「お待たせいたしました。ギルドマスターがお見えです」
「やぁやぁ、二人とも。元気だったかな」
緊張しながら待っていると秘書さんがギルドマスターを呼んで帰ってきた。
ギルドマスターは大きなジャケットを羽織り、白のバギーパンツという大変カジュアルな服装で現れた。
年齢は四十代くらいだろうか。
「はいっ! 今日も元気に冒険者やってます」
「うん、問題なし」
「そっかそっか、それは何よりだ」
ニコニコ笑顔が非常に胡散臭いと言われる人ではあるんだけど、実際は凄くいい人なんだよね。
このギルドの中では一番強い人だし、街のピンチには一番に駆けつける。この人の伝説を上げだしたらキリが無いと言われるほどの超人。
「いやぁ、待たせたね。そんな固くならなくていいからリラックスだよ」
「マスター、前置きはそのくらいに」
「えぇ〜、冒険者たちとのコミュニケーションもギルドマスターの仕事だよぉ?」
「あなたのお仕事は執務室に山のように重なっているあの書類たちです。若い女の子とお話しすることではありません」
「そういう訳じゃないんだけど、厳しいなぁ……」
秘書さんに注意されてシュンと落ち込んだ表情になるギルドマスター。
別にギルドマスターは女の子が好きで私たちと話していた訳ではなく、お話し好きとして知られていて男女関係なくよく世間話をしていたりする。
そのおかげで全く仕事が進まなくて困るから定期的に秘書さんがギルドマスターを回収しに来るらしい。
だから女好きと言うよりかは冒険者好きと言った方が正しいかもしれない。
「ええっと、勇者パーティーのお二人さんは僕に直接報告したいことがあるんだってね」
「はい、そうなんです。実はこの近所にあるEランクダンジョンが崩壊しました」
「ほう、それはそれは……」
私の話を聞き、笑顔を浮かべていたギルドマスターの表情に影が差した。
「あれはダンジョンが死んだと言うべき状態だったね。崩壊に巻き込まれなかったのは運が良かったよ」
「確か君らは今日、あのダンジョンにて新入りの実力テストをしていたんだったね」
「はい、事件はその最中に発生しました。突然、最下層から瘴気が溢れ出して来ました」
「瘴気ってEランクだとほとんど無いようなものだったと思うんだけど……マジ?」
「はい、マジです」
「そっかぁ〜、そっかそっか」
ギルドマスターは顔に天を仰いでしまった。
それほどにこれはヤバい事態なのだ。
Eランクダンジョンから瘴気が溢れ出す、それ即ち上位ランクへ変わろうとしていることになってしまう。
しかもここは王都、あんな場所が上位ランクになんてなったら国が傾いてもおかしくは無い。非常事態だ。
「一人の男がそれを引き起こしていた。そいつは魔人の核を使っているって話だった」
「魔人の核ねぇ……最近はあんまり見ていないけど昔はいっぱい居たらしいからねぇ……その時に討伐された奴らの成れの果てなんだろうけど、あまりにも数が多すぎてね。入手経路が絞れないからなかなか厄介な代物なんだよ」
「あんなにやばい物が大量に……」
想像するだけでおぞましかった。
私はあれを目にした時、二人に気が付かれたか分からないけど恐怖で足の震えが止まらなかった。
あれほど異質で、未知のエネルギーを感じたことがない。あれはこの世に存在してはいけないものだって、そう思ってしまった。
魔人、実在したらどれほどの強さなんだろうか。
それこそ核だけであれだけの力を出せるのだから、本体はSランクを超えていると言われても不思議では無い。
「あの、もし魔人が出たらどうなるんですか?」
「ん? あぁ、もし魔人が出たら間違いなく賢者出動案件だろうね。あれは人間様の手に負える存在じゃねぇよ。僕も戦ったことあるけどね、ほら」
そう言ってギルドマスタ―は上半身の衣服を脱ぎ去った。
「きゃっ!」
突然のことに私は恥ずかしくなり、顔を両手で覆って背けてしまうが、横からルリハちゃんに肩をトントンと叩かれてハッとなり、恐る恐る手を離してギルドマスターへと視線を向けた。
そして私は絶句した。
鍛え抜かれた筋肉、幾つもに割れた腹筋。見事なまでの肉体ではあるのだが、それ以上に目立つまるで焦げたかのような痕、それが左肩から右脇腹に向かって残っていた。
特に左肩は酷い、真っ黒で紫色にひびが入ってしまっている。
「これは前に魔人と戦った時に出来た傷だよ。あれから三年になるね。未だにこの傷は癒えることなく、僕の肉体を蝕んでいる。これのおかげで左腕は上手く上がらないんだ」
そう言って腕を上げるギルドマスターだが、その腕は真横までにしか上がって居なかった。
あの色々な伝説を残した偉人がこれほどのダメージを負ってしまう存在がこの世に存在している。
勇者であると言う使命が私の背中を押してくれているけど、その使命が無ければ私は今ここで逃げ出して冒険者なんて辞めていたかもしれない。
「この世ならざる者にはこの世ならざる者をぶつける。つまり賢者だ。あいつらは同じ人間だと思っちゃいけねぇ。恐らくあいつらは一人だけで魔王を討伐することだって可能だろう」
「え、そ、そうなんですか!?」
「ただ、国はそれを許さない。なぜなら魔王は今君が持っている神剣でしかその魂までは殺せないからだ。そうしなければ魔王は何度でも復活する。だから魔王討伐にはそいつを扱える人が指名されるんだ」
一瞬、それなら私は要らないんじゃないかと考えたが、よく考えてみると確かにこの剣が無いと魔王って倒せないんでした。
それにしてもこの人が人外とまで称する賢者と言う人たちはどれほどの強さなんだろう。
賢者の存在自体は知っていたけど、その姿を知る者は恐らくごく一部。そうそう目に出来る人たちでは無いのだ。
私も一度たりとも賢者を見かけたことは無い。
「そうだな……魔人討伐なら本来はカルマに頼みたい所だが」
「か、カルマってあのカルマ・エルドライトですか!?」
「お、おう、そうだが……知ってんのかいルリハ嬢」
突然バンッとテーブルを叩いて身を乗り出したルリハちゃんに気圧され気味のギルドマスター。
そんなギルドマスタ―のことなんて知らないとばかりにルリハちゃんは語り始めた。
「カルマ・エルドライト十三歳、今年生きていれば十六ね。彼は天才中の天才で、十歳で冒険者学園に入学してから飛び級に飛び級を重ね、僅か一年で卒業! さすがにその若さだとどこのギルドにも信用してもらえなかったと言うことからなんと自分でギルドを立ち上げ、ギルドマスターに! カルマ様一人しか所属していないギルドなのに、トップクラスのギルドにまで上り詰め、十三歳の時には魔人を討伐して街を作ったと言う功績から賢者に任命された! 伝説を上げればキリが無い、まさに生きる伝説!」
「や、やけに詳しいね君」
はぁはぁと息を切らしながらもほとんど息継ぎなしで語ったルリハちゃんの勢いにギルドマスターも引いちゃってるよ。
聞く話ではギルドマスターの方が弾丸トークをして引かれるということが多いみたいなんだけど、ギルドマスターも引くことってあるんだと初めて知った。
「もちろん! カルマ様が暇つぶしと称し、出版した本は全て購入済みなので!」
「あいつ、こんなもん出してたのか」
ルリハちゃんが取り出した著カルマ・エルドライトの本を興味深そうに受け取るとパラパラと中身に目を通し始めた。
「色々あるよ! 娯楽本に自伝、魔法解説まで! 計十冊!」
「あの仕事量をこなしながらこれもやってたわけか。改めて見てみてもありゃ同じ人間だとは思えん」
あのいつもクールぶっているルリハちゃんのキャラが崩壊している。
これほど興奮して何かについて語るルリハちゃんって初めて見たかもしれない。
親友のこの姿を見て少し複雑な気持ちだけど、ルリハちゃんにも好きなことがあるみたいで安心した。
なんか学園にいた頃はガリ勉って感じで、好きなことは勉強みたいな感じだったんだよね。
「それで、そのカルマ様? って今どちらに?」
「ユイ……」
「え、る、ルリハちゃん!?」
私の問いかけにこちらへ振り返ったルリハちゃんは目に涙を浮かべた。
オタクルリハちゃん概念




