2-4『おい、なんでそこで止めるんだよ!!』
「切り札!?」
それは大変俺の興味をそそる一言で、魔族への気遣いより興味の方が上回ってしまい、ネタ晴らしをするのはこの最後の切り札というやつを見てからにすることにした。
どれほど強いものなのか、俺はこれを攻略することが出来るのか、ワクワクして仕方がなかった。
魔王軍ってこんなに楽しい組織だったのか……来てよかった。
「はぁっ!」
「え?」
どんなものが来るのだろうかと心を躍らせて待ちわびていたのだが、魔族は突如として右手の人差し指と中指を右のこめかみに突き刺し、なんと頭の中を弄り始めた。
まさかさっき俺が攻撃したせいで頭を打っておかしくなってしまったのか? そんなことを思ってしまうが、頭から抜かれた魔族の手に掴まれているものを見て俺は警戒心をマックスにした。
その人差し指と中指に挟むように持たれていたのはキラキラと輝くカードのような薄い魔力の塊。
あれはさすがにまずい、Aランクであれを使える奴がいるのかよ。
「さすがにその表情は知っているようだな。だがもう遅い、賽は投げられた。これが俺の切り札『雷――」
「そこまで!」
魔族が胸の前にカードを構えてかっこよく技名を唱えようとしたところでマナが腕を掴み、ストップをかけた。
確かにあれが放たれたらさすがにちょっとした小競り合い程度では済まないだろうし、止めるのが正解なんだろうけど、俺はあれを見てみたかったから内心はブーイングの嵐だ。
「ま、魔王様! なぜ止めるのです!? 私は今侵入者を!」
「いやいや、この人は侵入者ではな…………おっほん、それはともかく私の敵じゃないし、何だったらこれから軍に入ってくれる人なんだよ!」
「え、そ、そうだったんですか!? 私は侵入者とばかり思い込んでしまいました。申し訳ございません」
「あ、うん、大丈夫」
この魔族、今マナが侵入者という部分を否定できなかったことに気が付かなかったんだろうか。
確かに俺は実際に侵入者なんだよな。結果的に魔王軍に入ったというだけであって。
「あれ? そう言えばここって魔王様と幹部しか入れないのでは?」
「この男はヴァルモダって言ってね。暗部っていう幹部に近いポジションに居るから一応自由に出入りできるようになっているんだ」
「あ、なるほど……確かに使える魔法からただものではないと思いましたが」
魔族は基本的に強いものではあるのだけど、それでも壊雷や切り札を使える魔族はおそらくそう多くはないはずだ。
マナに止められていなかったらもっと戦いたかった。とても残念である。
「しかし、魔王様。なぜ早くおっしゃってくれなかったのですか? 言ってくださればここまで戦うことはなかったのですが」
「あぁ、今のはエシュドの実力をテストしていたんだよ。本当は私が相手するつもりだったんだけど、ちょうどいいところにヴァルモダが来てくれたからね」
「そうでしたか。お役に立てたなら光栄です」
お前はそれでいいのか。いいように使われただけなんだぞ。
「それに、これほど強い相手と戦えましたから! これで私はもっともっと強くなれます」
そうだった、魔族のほとんどは戦闘狂なんだということを忘れていた。
なら、ヴァルモダにとってこの戦い自体がメリットのようなものだったからいいのか。俺にとっても相手が変わったのは予想外だったが、これほど強い相手と戦えて大満足した。
本音を言えば本気のマナと戦ってみたかったが、贅沢は言っていられないだろう。
俺の目的は戦うことじゃなくてマナを上手いこと誘導してユイといい感じにすることなんだからな。
「それで、テストの結果はどうだったんですか?」
「うーん、君の実力なら即戦力、いやそれ以上になるね。ただ、幹部に勝てるかというと微妙なところ」
マジか、幹部ってそんなに強いのか。
おいおいおい、ユイたち勇者パーティーはちゃんと幹部に勝てるのか? この話を聞いていたらかなり心配になってきたんだが……。
ちなみに勇者パーティーとしてはあまり戦いにかかわる気はありません。
あまり俺が先導しすぎたら勇者パーティーというよりも俺のパーティーになりかねないから戦うのはあくまでもユイたちだ。
本音を言うなら俺も戦いたいですっ!
「そもそもまだ入ったばかりだからね。いきなりどこかの組織に入れるのもどうかと思うから、暫くは私がエシュドを研修するよ」
「ま、魔王様自ら研修されるとは! こんなこと滅多にありませんよ!」
だろうな、トップが直々に部下の研修をするとか聞いたことがねぇよ。
ギルドマスターが新人冒険者に手取り足取り教育することはないのと一緒だ。
「それだと魔王様の仕事は大丈夫なんですか?」
「…………だいじょーぶ、私の仕事は気にしないで! はっはっはっ」
変な間があったな。
普通は仕事が多すぎて現実逃避でもしているのかと思う所なんだろうけど、さっきの様子を見ていると多分仕事が無さ過ぎて暇なんだろうな。
魔王様ってガーデニングをしているんだぜ、可愛いだろう?
「さっすが魔王様です。部下を思いやるそのお姿、感動いたしました」
ヴァルモダはちょっとマナに対して盲目的過ぎるな。
魔族ってこんなものなのか? 今まで魔族とまともに会話をしたことがなかったため、俺の中での魔族のイメージって戦闘狂で指示を聞かなく、手が付けられない問題児というイメージだったんだが。
「まぁでも、私だけがエシュドの研修をしていると軍内で浮いてしまうかもしれないから、ヴァルモダも一緒に来れる?」
「魔王様のご命令とあらばこの命を賭してでも参加いたします」
「そ、そうか、頼んだよ?」
「ありがたきしあわせ」
おいバカ、魔王様がお前の異常なまでの忠誠心に引いてんじゃねぇか。
見ろ、マナが今までに見たことが無いほどに複雑そうな表情をしているぞ。
目が軽く上を向き口が半開きになっていて、正直美少女がしてはいけない表情になっている。
いや、考えてみればあれは本当に複雑そうな表情なのか? 見てみれば単なる何も考えていないあほ面のようにも見える。
その顔は直ちにやめてほしい。これから俺の上司になるのだから、上司があほ面をしているとか本当に厳しいです。
なんか思っていた組織と違うな。なんだか軍というには緩すぎるような気がする。
「ちなみに研修ってどんなことをするんですか?」
「まずはこの魔王領を見回ろうと思っているわ。エシュドにも魔王領を知ってもらいたいからね」
「俺はまだ魔王領は一部しか知らないですから案内していただけるのはありがたいです」
一部というのは死の森位なものなのだが。
基本的に魔王領には立ち入らないようにしていた。死の森に関しては知らなかったのだから仕方がない。
「ただ、今日はもう夜が遅いからね。明日で大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「私も問題はありません」
明日は俺のダンジョン探索後の休業日となっているため、一日中暇だから全く問題ない。
こうして休業日も有効に使えるんだったらCランク以下のダンジョン探索をした翌日は絶対に休業しなければいけないという制約はありだな。
面倒だから早くランクを上げようかと思っていたけど、暫くはこのままでもいいかもしれない。
「庭がすっごくボロボロになってしまったけど……まぁ、これは面倒だし直すのは今度でいいよね。ヴァルモダもお疲れ様、今日は帰って明日よろしくね」
「はい、魔王様の仰せの通りに」
「さっきから気になってたんだけど、あなたのそのテンションは何なの? そこまで私に忠誠を使う子はほかに居ないよ」
あ、やっぱりヴァルモダが特殊なだけだったんだ。
「確かに、荒くれ者が多く、魔王様の指示を聞かずに勝手に行動する者が多いのは事実でございます。ですが、本来魔王軍に所属している者はこうあるべきだと私は考えます。魔王様をお守りし、命を魔王様に捧げ、そして魔王様のために死ぬ。それが我ら魔王軍の使命でございます」
マナにグイっと体を近づけて熱弁をするヴァルモダ。距離感がバグりすぎていてマナが気圧されている。
「た、確かにそうなのかもしれないけどさ、重いよ! 覚悟決まりすぎ! 君魔族らしくないってよく言われない!?」
「それは私にとって誉め言葉でございます」
「お、おぉ、そうか。そうかぁ……」
諦めの籠ったため息交じりの声を漏らしつつ、再びマナがあほ面を晒し始めた。
さっきからヴァルモダを普通じゃないって指摘しているけど、マナも困惑したりドン引きした時にあほ面になるのはなんなんだ!?
魔族は人間と違って自由な種族だからキャラが濃いというのは覚悟していた。でも、この濃さはちょっと違うんじゃないかな!?
濃いんじゃなくて、もはや変だと思う。
「うん、もういいや。それじゃあ、また明日ね。魔王軍に所属する上での詳細なんかは明日話すよ。もうちょっとで寝るところだったからねむいんだぁ」
そう言ってあくびをするマナ。
さっきのは寝る前のルーティーンというものだったのだろうか。
言われてみれば今着ている服装はピンク色の寝間着のようなものなので、来るタイミングが本当に悪かったらしい。
ならなんであのバカはここに来たんだよ。別に何か用があったようには見えないんだけど、俺が侵入したことに気が付いたということはまさか、崇拝しすぎて常にマナのことを監視しているわけじゃあるまいな。
ストーカーかよこいつ。
「では、私はこれにて失礼しますね」
「うん、おつかれ~」
澄ました顔をしてなんていうやつだ。
マナはこの違和感に気が付いていないようだけど、行動と言動のギャップで俺は今までで一番の恐怖を感じていた。
でも、何かあったとしても魔王であるマナなら簡単にヴァルモダを返り討ちにできるだろうし、俺が何かしなくてもいいだろう。暫く静観しておくことにする。
「また明日、よろしくお願いします」
「よろしく~」
眠気が限界なんだろう。かなりとろけた返事が返ってきた。
思ったよりもすんなり魔王軍に入れたので、少し拍子抜けではあったが、魔王軍に入れたため、明日からはユイといい関係にするために頑張ろうと決意を胸に城下町近くの森へ帰って行った。
ヴァルモダは魔族の中ではまともな方です。




