2-2『魔物は戦闘狂』
辺りがシーンと静まり返った。
なんだろうこの空気。まるで酒の場でサムいギャグを言って場を凍りつかせたみたいな……なるほど、スベるとはこんな気持ちなんだな。
すっご~く居たたまれない。
マズい。マナが何とも言えない表情をしてしまっている。
「うん、この流れでよく言えたねと尊敬するよ」
「ありがとうございます」
「いや、別に褒めてはないんだけどさ」
少し大きめのため息をつくマナ。
さすがにこの流れで言うのは無理攻めだったか? なら、俺の実力を見せつけてどれだけ魔王軍に貢献出来るのか演説しなければならない。
今の俺はサポートカルマさんじゃなく、パワー系カルマさんだからな。
「いやまぁ、君を雇うのは吝かではない」
「魔王様、これから俺の実力をお見せします! それで役に立てそうなら是非俺を魔王軍に――へ?」
「なんだその腑抜けた声は。良いと言っているだろ?」
まさか今の流れで即採用されるとは思ってもいなかった。
というか力を見せる気満々だったため、俺の中の魔力が暴れ狂っている。とりあえず高ぶった感情を落ち着かせなければ。
「実はな、今魔王軍は重度の人員不足でね。戦える魔物たちも全然足りていないんだ」
「それはそれは」
「少し前にカルマとかいう賢者が大勢の魔物を倒してくれたおかげでうちは多くの魔物を失ったよ。あいつの顔を思い出すと……いや、もう思い出さないようにしよう。どうした? 様子がおかしいが」
誠に申し訳ございません。
その魔物大量虐殺したのは何を隠そうこの俺なんです。俺がカルマ・エルドライトその人なんです!
しかも俺の名前を言った時体が震えてたからしっかりとトラウマになったらしい。肉体はほとんどダメージを与えずに帰したが、心の方にしっかり攻撃したからな。
今ここで俺が正体を明かしたらどうなるんだろうか、この人ぶっ倒れるんじゃなかろうか。
「まぁ、そんなわけでどれだけ怪しいやつだろうが、手を借りたいという状況なんだ」
あ、一応怪しい奴とは思ってるんすね。
「で、君を雇うのは良いけど、名前はなんて言うの?」
「あ、そうでしたね。俺はエシュドと言います」
そう言えばマナと話し始めてからまだ一度も名乗ってなかったな。マナのやつ、まだ名前も聞いていない初対面の奴を即決で雇おうとしているのか。
馬鹿なのか、はたまたそれほどまでに人員不足で切羽詰まっているのか。どちらもあまり良くはないが、出来れば後者の方であれと願うばかりである。
「そう、よろしくエシュド。私のことは知ってると思うけど、マナ・デストラーラ。魔王をやってるわ。これからあなたの雇い主となる。よろしくね」
「っ! はい、よろしくお願いします」
そこでマナは俺に笑みを向けてきた。
今まで俺は睨まれたり、泣き顔を見たりしかしていなかったから、普通に笑を向けられてドキッとしてしまった。これが噂に聞くギャップ萌えと言うやつなのか?
マナってこうして改めて見ると人類の敵と言われても信じたくないほどの美少女なんだよな。何度も思っているが、絶対に人間だったらモテていたことだろう。
「それにしてもこんなに即決してしまっても大丈夫なんですか?」
「ん?」
「だって、まだ俺の志望動機も聞いてなければ実力も見てないじゃないですか」
勇者パーティーでも志望動機に関しては聞かれなかったけど、実力テスト自体はした。あれにはあまり選考としての意味は無いとは言っていたが、一応正式採用ではなかった。
人間の常識としてはさすがに最低限実力は見ておいた方がいいのではないかと思ってしまうのだが、マナは首を傾げて不思議そうな目を向けてくるだけだった。
「何を言うのかと思ったらそんなこと?」
「でも、素性も知らない相手を雇うのは不安じゃないですか?」
「勢いに任せて志望してきたあなたに言われたくないものではあるけれども、この魔王軍には色々な事情を抱えている魔物が多く存在する。まぁ、魔王軍に入ることが使命だと言う魔物もいるけど、複雑な事情で魔王軍に入っている魔物も居ると思う。だから話したくないって言う魔物も居るのよね。あと、魔族以外にまともに言葉が通じる種族が少ないから面接はやるだけ無駄っていうのもあるけど」
あぁ、あの魔物語って魔族も聞き取ることが出来てなかったんだ。人間の耳には奇声に聞こえてるだけでマナの耳には普通に聞こえてるのかと思ってた。
あとは志望理由で落としていたらキリがないってことかな? 魔物たちのやばい志望動機……すっごく気になるっ!
「ちなみに今まであった志望動機とは?」
「大半が強い奴と戦うためと言ってたわね。そればっかり聞くのは嫌になっていつからか聞かなくなったけど」
「な、なるほど……」
あれ、もしかして魔物たちって戦闘狂だったりする?
いやまぁ、確かに魔物たちは人間を襲うけど、もしかしてあれってただ単に戦いたかったからっていう可能性があるのか?
しかし、何故そこで魔王軍に入るということになるんだ意味がわからない……。魔物の思考回路が読めないぞ。
まぁ、俺も戦いたいという理由で冒険者を細々と続けていたりする訳なので、あまり魔物たちのことを言える立場ではなかったりするが。
だが、重い志望動機を聞かされる可能性があると考えて覚悟をしていた俺のこの気持ちを返してほしい。
「私は別に強い相手とは戦いたいと思わないけどね。疲れるしめんどくさい」
またなにか思い出したのだろう。マナの表情が一瞬曇ったが、首をブンブンと振って元の表情に戻った。
多分、今また俺の事を思い出したんだな。あのやり取りがこれほどまでにトラウマになるとは……俺は拷問する才能があるかもしれない。
「ごほん……それで、実力についてだったわね。まぁ、この魔王軍ではスライムなんかも雇ってるくらいだから別に気にしてはいないよ」
言われてみれば確かにスライムが居る時点で、実力のボーダーなんて無いようなもんだよな。
「でもまぁ、あなたの言うことも一理あるわね。それじゃあ少し見せてもらおうかな」
多分実力テストの方法を思案しているんだろう。腕を組んで「うーん、うーん」と唸りながら体を揺らすマナ。
十秒程度考え込んだ後、マナは苦笑いをしながら告げた。
「私が相手になるよ」
「マジすか」
多分普段は実力テストなんてしていないから気の利いたテスト内容が思い浮かばなかったのだろう。
だからとはいえマナ自身が相手になってくれるとは思ってなかったけど。
「今はどうせ暇だしね〜、趣味のガーデニングをするくらいしかやること無かったから」
ガーデニングとはさっき水やりをしていたあの黒い薔薇の事だろうか。
なんだかあれにも瘴気が宿っているような気がする。あんな花は初めて見たが、迂闊に触ったら寿命を吸い取られそうだからなるべく近づかないようにしておこう。
というか魔王の趣味がガーデニングって可愛いなおい。
それにしてもマナと戦うのか。
前回は不意打ちをカウンターしたら簡単に簀巻きに出来ただけだから実力というものを見ていないんだよな。かなり楽しみだ。
ただ、今の俺はマナよりは弱いという設定なんだから誤って倒してしまわないように気をつけよう。
俺はいずれ魔王軍ナンバー2になって勇者パーティーの大きな壁となる男なのだ。トップになっては意味が無い。
「さて、それじゃあ始めるよ~」
マナは少し離れた位置にまで移動するとこちらへ向き直った。
見た目的にはあんまり強そうじゃない。そもそも見た目が少女だからか弱そうに見えるほどだ。
ただ、魔力を感じ取れるようになれば彼女がどれほど異質な存在かというのが嫌という程わかる。
俺が森でマナの奇襲に気がつけたのはあまりにも不気味な魔力が近づいていていることを感じ取ったからに他ならない。
他の魔物からは感じたことの無い魔力。魔人ほどとまでは行かないけど、間違いなく強いと感じるほどのものだった。
それがあんなに簡単に捕縛できたものだから拍子抜けもいいとこだ。
「今この場に幹部の誰かでも居たらその人にお願いするんだけどね。みんな各々自由に行動してるから、私でも行動を把握できてないんだよ」
「それ、組織として大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫、今までだって何とかなってきたしね」
笑みを浮かべて自信満々に言い放ってくれたマナだったが、それって『今までが』大丈夫だったっていうだけで、『これからも』大丈夫っていう保証はどこにもないような気がするんだが……。
本当に大丈夫なのだろうか。
まぁ、勝手にバラバラになって魔王軍が瓦解してくれるなら人類にとってありがたいことなので、静観しておくことにしよう。
俺はユイとマナが仲良くしているところを見たいというだけであり、魔王軍を救いたいというわけではないからな。
「じゃあ準備はおーけー?」
「よし、大丈夫です!」
「それじゃあ、よーいス――」
ズドーン
マナがテスト開始の合図を言おうとしていると、突如として俺の目の前に何かが降ってきて周囲が砂埃に包まれた。
衝撃波が凄まじい。これ、直撃を受けていたらさすがにかなりのダメージを負うことになっていただろう。
今のはマナの魔法か?
いや、相手が俺ならいざ知らず、俺に不意打ちをするということはしないだろう。ましてやこれは実力テストだ、不意打ちをして相手を負かしたところで何の意味もない。
ならなんだ。それにマナほどでは無いけど、今何かが降ってきた場所の中心に凄まじい魔力を感じる。
「キサマ、何者だ。何が目的でここまで来た、答えろ」
「っ」
声にまで魔力が込められているせいで威圧感が凄まじい。これ、Cランク以下だったらこの声だけで気絶させたり戦意喪失させることが可能なんじゃないだろうか。
それに魔力の隠蔽もすごく上手い。俺も直前まで接近に気が付くことが出来なかった。
そして砂埃を巻き上げられたことで視界を遮られている。これが意図しての事なのか分からないけど、もし意図してのことだとしたら魔力を目で見て取れる奴が居るということを知っているから、それを封じたということになる。
頭が切れる奴だな。
「キサマは何者なんだと聞いているんだ!」
砂埃の中から聞こえてきて、再度突風が吹いた。いや、これは衝撃波か?
敵の攻撃が来る、そう考えて防御を構えたのだが、俺に攻撃が来ることはなかった。
衝撃波によって砂埃が晴れ、周囲が鮮明に見えるようになったのだが、その光景を見て愕然としてしまった。
俺とマナの間に立った一人の魔族の男、そいつが明後日の方向へ拳を突きだしていたのだ。おそらくあれは攻撃したつもりだったんだろうけど、そこには誰も居ないから空振ってしまったんだろう。
「失敗した」
あー、あれは多分意図して砂埃を起こしたわけではなさそうだな。そして自分の視界まで遮ってしまって俺のことが見えなくなったからあてずっぽうで攻撃したと……。
あいつ、魔力探知もできないのか?
「ですが、次こそは当てます。今度は見えますので」
キリっとかっこつけるように言っているところ悪いが、お前今普通のことを言っているだけなのは分かっているのか?
それにしてもこいつは何だろうか。
タキシードのようなものを着用していて、背中には大きな翼、頭には大きな角が左右に二本ずつ、計四本生えている。
褐色肌の青年魔族だ。ムカつくことにイケメンでもあるので『こいつが人間だったらモテていたことだろう、その二』だ。
「侵入者め、覚悟!」




