4-72『オルターンのエピローグ3』
「……お前ならそう言ってくれると思った」
いつも凶悪な表情を浮かべているゼルドガルがついに優しい笑みを見せた。
ゼルドガルの管轄内の街の人々にとっては強くて頼りになるが、その性格は粗暴で凶悪な面をしているため、近寄りがたいという印象だったため、冒険者たちは目を見張った。
そんな印象のゼルドガルでさえ、友達の前ならば優しい表情になるのだと、友達が生きるという選択をしてくれて嬉しいのだと、この場の誰もが理解したことだろう。
「じゃあ、二人とも手筈通りにやってくれ」
「あぁ……」
ゼルドガルが言うと、デスタが小さな針をポケットから取り出した。
戦いでは攻撃によってガラドに傷をつけていたが、本来デスタはほんの小さな傷でも相手に着けることが出来ればそれで効果を発動させることが出来る。
だから、デスタはその小さな針をオーズの腕に突き立てて――
「ちくっとするぞ」
「わかった……っ」
軽く針を突き刺した。
皮膚の表層のみで、軽く血が出る程度。たったその程度だが、デスタの切り札は発動し、オーズの腕の傷にはキラキラ光るカードが出現した。
「これでオーズさんは切り札が使えなくなったはずです」
「うん、本当だね。未来が見えない」
切り札が使えるようになってからずっと未来が見えていたオーズ。だが、突然未来が見えなくなった感覚に違和感を抱き、少し顔をしかめる。
ずっと見えていた未来が見えなくなるというのはちょっと寂しいと同時に不安になってしまうものだ。
「そう言えば未来が見えないって、こんな感じ、だったね。長く忘れていたよ」
「そうだ、それが普通の感覚だ。これからはその感覚に慣れてくれ」
「はは、大変そうだなぁ。でも、ゼル君の期待に応えられるように頑張るよ」
「ぜひそうしてくれ……じゃあ、仕上げだ」
「はい、分かりました」
ここが一番の正念場だ。
メルフィーが切り札の負荷に耐え切ることが出来なければ彼女は死んでしまい、オーズもゼルドガルも責任を感じる決して喜ぶことのできない結末を迎えてしまうことになる。
だから、メルフィーはここで力尽きるわけにはいかない。
メルフィーの本当の戦いはガラドとの戦いではない。
メルフィーの本当の戦いはここ、オーズを命の危機から救うこと。
集まったみんなが固唾をのんで見守る中、メルフィーの挑戦が始まる。
「切り札……『永遠の祈り』」
オーズに手のひらを触れさせ、自分の胸をギュッと掴むメルフィー。
そんなメルフィーの前に天から舞い降りるかのようにキラキラと輝くカードが出現する。そしてやがてカードは消滅し、メルフィーの身体が代わりに光始める。
その光はとても淡く、そして優しげなものだった。
「うぅっ」
そこでメルフィーからうめき声が聞こえた。
メルフィーからオーズへと光が移っていく。その光が行き着く先はデスタが付けたオーズの傷痕。
その傷痕へ光が移っていくほどにメルフィーの表情がだんだんと険しいものに変わっていく。メルフィーに切り札を使った代償というものが襲い掛かっているのだ。
苦悶の表情を浮かべ、ふらふらになって膝から崩れ落ちそうになるものの、必死に堪えて立つ。
デスタもオーズも今すぐにメルフィーを止めたかった。だが、本人が止めようとしていないというのに、その覚悟を踏みにじるような行為は出来ず、ただただ無事に終わることを祈ることしかできなかった。
ゼルドガルも珍しく緊張していた。
ゼルドガルは今まで冒険者として失敗したことはなかった。それは全て自分自身だけで全てを解決してきたから。
敵に負けたことはなかったし、失敗した依頼もなかった。街に魔物が襲来した際も、他の管轄エリアだったらもっと大きな被害が出ていたであろうと言うほどの状況ですらゼルドガルは最小限の被害だけで収める。
というか、ゼルドガルが現場に到着したらそれ以上の被害は絶対に出ないというほどの物だった。
だけど、今回のはゼルドガル主導じゃなく、メルフィーが戦っている。
これはゼルドガルとしてもメルフィーが負ければ、自分の計画のせいでメルフィーを殺してしまい、失敗したということになる。だから、ゼルドガルも珍しく緊張しているのだ。
(オレは手の届く範囲に居る奴ら全員を救いたい、その一心だが、オレにはできないことを任せてしまっている。親友をどうしても救いたいっていう個人的な都合を押し付けてしまっている。これでメルフィーが死んだら、オレは賢者失格だな)
今はメルフィーが無事に乗り切ることを祈るしかない。
完了するまで時間にしてたった五秒程度。
だが、この五秒程度が周りにいる冒険者たちには数時間にも感じられるほどだった。
やがてすべての光がオーズの中に吸収された。
メルフィーは切り札が終了するまで切り札の代償に耐え切って見せたのだ。
メルフィーの額には冷や汗がにじんでおり、息も荒く肩で呼吸をしているような状態。今にも死にそうなほどにか弱い状態となってしまっていた。
だが、ついにメルフィーは耐えきったのだ。
「メルフィー君、大丈夫かい?」
「はい、なんとか……ですが、疲れてしまったので少し休ませてください……」
「メルフィーっ!」
その言葉を最後にメルフィーは力尽きるようにして倒れ込んでしまったため、慌ててデスタがメルフィーを抱きしめるようにして支えた。
目を閉じてしまって、まるで死んだかのように見えるような状態ではあるが、すぅすぅと寝息を立てているため、何とか辛うじてメルフィーが生きているということが分かり、デスタはホッとため息をついた。
「これで僕はもう二度と切り札を使えなくなった、そう言うことかな?」
「あぁ、間違いなくテメェはもう切り札を使うことが出来るようになることはないだろうな。これでテメェを強者足らしめるものはもう何もない。もう無茶をする道理はない。後はもうギルドマスターとしての仕事だけして緩やかに余生を過ごすことだな。少なくともこの街の冒険者はそれを望んでいるはずだ」
「君はどうなのかな?」
「…………」
「君もそれを望んでくれているのかな?」
「…………オレは一度でいいからお前と背を合わせて戦ってみたかった」
それはゼルドガルが初めてオーズに告げた本音だった。
一緒に戦いたかった、それを思っていたのはオーズだけではなかった。オーズが願うのと一緒にゼルドガルも同じ願いを抱いていたのだ。
静かにこぼしたゼルドガルのその言葉にオーズは心を揺らす。
「だが、それ以上にオレはお前に生きていてほしかったんだよ。生きて、そこに居てくれるだけでいい。だからオレはお前のことを見守ることが出来るようにこの街も自分の管轄に入れたんだからな」
「っ、そうか、僕がギルドマスターになったばかりの頃、ここはまだ誰の管轄でもなかった」
「頼むから、精々長生きしてくれよ。お前はオレの数少ない友達なんだからな」
「…………うん、いや、あぁ……分かった。ゼル君。オレは頑張って長生きしてみる。だから、これからもオレが困った時には手を貸してくれ」
「……そんときゃ空に向かってオレの名を叫べ。十秒で駆けつけてやるからよ」
その言葉を最後にゼルドガルは窓から飛び出していった。
初めて見た親友の態度にオーズは呆然としてしまったが、ゼルドガルはどんなにすごい奴になってもやっぱり自分の知っている親友のゼルドガル・バッドレイなんだと理解し、オーズは思わず笑ってしまった。
もうオーズには力が無くなってしまった。
もうオーズは戦うことが出来ないし、もう二度とゼルドガルと同じステージに立つ機会なんてものは訪れることはないだろう。
だが、オーズとゼルドガルは違うステージに居ても、共に戦っている親友である。そのことは一生変わらないのだと再認識したオーズは覚悟を決めた。
(もう僕は戦えない。だけど、僕は僕なりにゼル君が辛くなったらサポートをして見せよう。戦うステージは違っても、僕らは一緒に戦っているのだから)
そうして、ゼルドガル主導の元、オーズの切り札は封印された。
力を失い、残ったのは魔痕があって、いつ死ぬかもわからないオーズという男ただ一人。だが、長年彼の負担となっていた切り札が封印されたことによってゆっくり休養することが出来るようになり、彼の顔色は徐々に良くなっていったという。
彼にはもう戦えるほどの力は残されていない。だが、これからもギルドマスターとして、裏方としてこの街の冒険者たちを支えていくことだろう。




