4-68『後悔の末に』
声が、聞こえる。
『狂化』を使って完全に意識が途絶えたはずなのに、微かに声が聞こえる。俺のことを叱責するような、声がどこからか……。
意識がぼんやりとしていて、言葉をよく聞き取れない。
こいつは俺に何を言いたいんだ? 悪いけど、俺にはどんな言葉も届かない。
『狂化』を使うと意識が無くなり、自我を失ってただ暴れるだけの存在となってしまう。そうなったらそこにはもう俺の意思など存在していないんだから、どれだけ声をかけても無駄。
「ハイド、お前はそんなことをしたくて、力を手に入れたのか!? お前の人間へのその憎悪、それは本当にお前自身の物なのか!?」
「っ」
その言葉だけはなぜか妙にはっきりと脳内に響き、一語一句違わずに理解できた。
なんだ、この胸の痛みは……。
「お前、本当は後悔してるんじゃないのか?」
やめろ。
それ以上俺に語り掛けるな。
後悔なんてしてない。今の状況に俺はものすごく満足してる。
人間をこれほど簡単に殺すことが出来る力は他にはない。この世界のごみである人間は一刻も早く掃除しなければいけない。
だから俺はこの力を手に入れた。そこに後悔なんてあるはずが――
「お前は、冒険者になれるっ!」
「っ!」
なんだ、この言葉は……。
なんか、どこかで聞いたことがあるような、そんな言葉だ。
あっ。
『すごいなぁ、ハイド。もうこんなに魔法が使えるようになったのか』
『ふふっ、将来が楽しみね』
『僕、大きくなったらお父さんみたいに冒険者になるんだ!』
『お、そいつはすげぇ。そうだな、お前は冒険者になれる!』
『もう、お父さん? 無責任なこと言わないでくださいよ?』
『はっはっは、まぁ、冒険者になれなかったとしても、お前はきっとすげぇ奴になれるぞ!』
『うんっ!』
あぁ、そうだ。なんで忘れてたんだろう。
俺は冒険者に憧れて冒険者になった。確かに俺は人間の昏い部分を見てしまって人間に絶望してしまったかもしれないが、まだ心の奥底でこの言葉が響き続けていた。
そうだ、俺は冒険者になりたかったんだ。
俺はこんなことをするために力を付けたわけじゃない。
もっと強くなってもっと多くの魔物を倒せるように、もっと多くの人を救うことが出来るように、俺は力を付けたはずだった。
どうして、こうなってしまったんだろうか。
この俺の胸の中に渦巻くこの憎悪、これは俺の物じゃない。魔人の意思だ。
いつも感じていた、街を一つ滅ぼすごとに感じていたこの胸の痛み、ざわめき。これはきっと俺本来の後悔の感情だったんだろう。
今、やっと気が付くなんて、遅すぎた。
こんな小僧に言われてようやく気が付くなんて……本当に情けない限りだ。
俺は罪を犯しすぎた。今更後悔しても、もうどうしようもない。
だから、これがせめての俺の罪滅ぼしだ。
☆☆☆☆☆
必死に言葉を投げかけたが、無慈悲にもハイドの身体は起き上がる。
もう俺たちには『狂化』した魔人と戦う余裕なんてどこにも残っていない。せめてこの場にゼルドガルが居れば、勝ち目はあるんだけど、今俺とルリハだけしかいない状況で勝ち目なんてあるわけがない。
だが、逃げるわけにもいかない。俺たちが逃げたらこの街の人たちが危険に晒されてしまう。
冒険者として、街の人を危険に晒すことだけはしちゃいけないんだ。
だから、最後の最後まで戦う。
この拳が砕けようとも、魔力回路がぶっ壊れようとも俺は絶対にここを退くことはしない。
「ありがとう」
「え?」
ハイドの口が開き、俺にそう告げたような気がした。
その直後ハイドが拳を構えた。もちろん俺はその拳が自分に降りかかってくるものだと覚悟して受け止める体勢に入ったのだが、その拳が俺に襲い掛かってくることはなかった。
なんと構えられたその拳はハイドの胸、心臓部分を貫き、風穴を開けてしまったのだ。
突然の行動に俺は呆けてしまった。
何が起こっているのか、全く理解できなかった。だが、心臓を貫いたハイドが最後に俺に向けた表情はとても穏やかなもので、何やら長年付きまとってきた重荷が全て取り払われたような、そんな清々しい表情をしていた気がする。
そしてハイドはその場に倒れた。
魔人と言えども、エイフィルとは違って肉体は再生しない。首を切られたり、心臓を潰されたりしたら死ぬというのが普通だ。
ハイドは自分で自分の心臓を潰し、自害したのだ。
どうして『狂化』をして自我を無くしてしまったはずのハイドがそのような行動に出たのかは全く分からないが、とにかくハイドは倒れた。
ガルガやエイフィルのように肉体が再生したり、執念で魂だけで復活してきたりとかもなさそうだ。
つまり、俺たちは本当にハイドに勝ったんだ。
ハイドが倒れて少しの間警戒し続けていたが、全く動く気配がないということを悟った俺とルリハは魔法と切り札を解除してその場に倒れ込んだ。
疲れた。
まだ完全回復しきっていないところで魔人と戦う。それは想像以上に辛いもので、戦いに制限がある中で俺たちはよくここまでやれたと思う。
街への被害はものすごい。だが、ハイドをこの場所に留めておくことが出来たというのはかなり大きい。
ハイドがもっと自由に動いていたら、間違いなくもっと大きい被害がこの街に出ていたことだろうから。
「はぁ……はぁ……生きてる……生きてますよ、カルマ様」
「あぁ……疲労困憊。魔力枯渇でふらっふらだ。だが、まだ休んじゃダメだ。一刻も早くハクちゃんを診療所に連れて行かないと……」
「は、はい……ですが、もう一歩も動けません」
やっと戦いから解放されたため、一気に疲労感が襲い掛かってきたのだろう。
この街に居る他の魔人の気配を魔力で探知してみるが、他の魔人の気配ももうない。おそらくマナや他の人たちが残りの魔人も撃破してくれたのだろう。
なら、俺たちがあとやるべきなのはハクちゃんを一刻も早く診療所に連れて行くことだ……。
「おい、随分ぼろぼろの様子だなぁ。カルゥ」
「っ、ゼルドガル。居たのか」
倒れた俺の顔を覗き込むようにして見下ろしてきているのはゼルドガル・バッドレイ。
まぁ、これほどの騒ぎが起こっているのにゼルドガルが居ないというのは違和感があったが、やっぱり来ていたか。
「あぁ、ついさっき用事が終わったから、帰ってきた。その様子だとこっぴどくやられたみたいだなぁ」
「まぁ、結構強い相手だったからな」
「そうかよ……まぁ、テメェはそこでゆっくりしてやがれ。そこの死にかけ小娘はオレがなんとかしておいてやる」
「そ、そうか? それは助かる。俺はもう疲れて……」
「そいつぁいいが、早いことそこの小娘にバレない様に変装したらどうだ? 困るんだろぉ?」
「そうだな……サンキュー」
それを最後にゼルドガルはハクちゃんを抱えて走り去ってしまった。
結局、何のためにあいつは俺の前にやってきたんだ? まぁ、ハクちゃんを助けてくれたから理由なんてどうでもいいけど。
正直、体中が痛くて動きたくないくらいなんだが、ルリハに俺がハルトだということをバレるわけにはいかない。
だから、何とか体を動かして、起き上がり、ルリハにバレない様にこの場を後にしてブレスレットを装着した。
今回の事で分かった、俺はもっと『破壊の一撃』以外に高威力で、自分の身体への負荷が少ない技を編み出さなければこういう時に困ってしまう。
俺ももっと成長しなければならない。
これにて魔人戦全て完結です。




