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4-66『ハイド・バッカス4』

「なに、言って……」


「はは、こいつは死んじまったけど、女だからなぁ。しかも、結構いい体をしている。それならよぉ、どうせ最期になるんだ。ヤっとかないと損だろ」


「っ、アズマお前ぇぇぇぇぇぇっ!」


 初めて俺は人に殺意というものが芽生えた。

 色々こいつは言っていたけど、結局のところ、こいつがいいたいのは俺の考えを否定するなと言うことだろ。

 自分の意見とは違う希望を見せられて激情し、ユナを殺した。


 精神的に不安定になっていたというのも分からないでもない、俺だってメイが一緒に居てくれなかったらどうなっていたか分かったものじゃないから。

 だが、ユナは必死にアズマの事を元気づけていたんじゃないか。アズマはユナの心情を考慮していなかったみたいだけど、ユナだってそうとう心細かったはずだ。

 それなのに、アズマのためを思って元気づけていた。


 アズマは自分の心を誰も考えていないと言うが、アズマだってユナの心を考えてないじゃないか。


 自分勝手、身勝手。

 自分の中で何かがプッツンした。


「もういい、何も喋るな……今から俺が、お前を!」


 ぐしゃり。

 俺が一歩前に踏み出した瞬間、前方から肉が捻り潰されるような音が鳴り響き、俺に生暖かい真っ赤な液体が飛沫となって降り注いで来た。

 一瞬、何が起こったのか理解が出来なかった。


 そしてアズマは上半身が無くなり、下半身だけがその場に倒れ、動かなくなってしまった。


 恐る恐る天井へと視線を向けてみる。

 すると、そこにはアズマの上半身を食らうヘヴィースネークの姿がそこにあった。

 天井の小さな穴から身体を下ろし、アズマの上半身に食らいついたのだ。その速度は俺の目では負うことができないほどのものだった。


 アズマを食らい、その次は近くに倒れているユナの身体に食らいついた。


「な、んだよこれっ、なんだよこれぇぇぇぇっ! うわっ」


「嘆くのは後、今はなんとしても生き延びるっ」


 嘆く俺の手を思い切り引っ張り、走って逃げ出すメル。

 確かに逃げるには二人をあの化物が食べている今この瞬間しか無いが、二人を餌にして逃げているようでものすごく辛い。

 だが、ユナの死を無駄にするわけにはいかない。


 背後から何かが地面を這うような音が聞こえてくる。

 恐らく俺たちが逃げ出したことに気がついて追ってきているんだ。その速度は意外と早くて、どんどんと音が近づいてきている。

 このままじゃ俺たちもユナやアズマのように食われてしまう。


 必死に走る。

 精神状態は意外とまだ大丈夫だった。メイが隣りにいると言う安心感があるからだろう。

 これほど頼りになるメイが居るなら、まだなんとかなりそうだと思える。だから俺はまだ生きる希望を捨てずに戦える――


「ごめん、ハイド」


「えっ?」


「私はまだ、生きたいんだ。だから、ごめんっ」


 何をされたのか、一瞬理解が追いつかなかった。

 メイは急に俺の方へ振り返ると、俺のことを突き飛ばしてきた。それによって俺はバランスを崩して尻餅をついてしまうが、そんな俺のこともお構いなしとばかりにメイは走り去っていってしまった。

 最後、メイは泣いていた。


 俺は気が付かなかった。

 彼女は気丈に振る舞っていただけで、俺と同じくメンタルが限界に来ていたのだ。それなのに、俺がもっと寄りかかってしまったから、ついに彼女にも限界が来てしまったのだろう。

 俺を囮にして逃げていってしまった。


「あ……あ……」


 ここから逃げたところで助からないだろう。

 だけど、俺だって死にたくないのは同じ。だから、必死に助かる方法がないかと探し、見つけた。近くに人1人分は入れそうなくらいの壁のくぼみが存在していた。


 そこになら隠れられそうだと思い、見つからないことを願ってその中に隠れた。


 五分は経過しただろう。

 俺はヘヴィースネークに見つからなかった。だが、その代わり、少し離れた場所から少女の悲鳴が聞こえてきた。

 遠くてはっきりとは聞こえなかったが、恐らくこの声はメイだ。


 多分、俺はヘヴィースネークに見つかることはなく、メイが襲われてしまったんだろう。

 恐怖によって叫びたくなったものの、叫んでしまったらヘヴィースネークに見つかってしまうおそれもあったため、俺は必死に手で口を抑えて声を押し殺して隠れ続けた。


 結果として、俺はその後はヘヴィースネークに遭遇することもなく無事にダンジョンから脱出することは出来た。

 だが、たった一回のダンジョン探索で失うものは大きすぎた。

 仲間、そして信頼。一瞬で一人ぼっちになってしまった俺は虚ろな目をしながらダンジョン入口の近くで立ち尽くすことしか出来なかった。


 仲間ってなんだろう。信頼ってなんだろう、友情ってなんだろう。

 今まで俺たちを繋いでいたもの全てが壊れてしまった。俺たちを繋いでいた信頼というものはこんなにも脆いものだったのか。


 なんだかもう疲れてしまった。

 みんなが壊れてしまった原因は魔物にあるっていうのが分かる。だけど、ユナを殺したアズマ、俺のことを囮にしようとしたメイに非常に強い恨みの感情を抱いてしまう。


 俺は大切なものを全て失ってしまった。

 今までの努力って一体何だったんだろう。


 あぁ、何もかもが憎い。

 窮地の時に取る行動、それがその人物の本性だ。つまり、アズマとメイのあの行動というのはあれがあいつらの本性だったというわけだ。

 俺は今まで騙されていた。


 もう誰も信用できない。

 憎い、憎い。ダメだと思っていても、この憎しみの感情は俺の中から消えてくれない。

 俺はこの感情をどうしたらいいんだ……。


「悩んでいるみたいだねぇ」


「っ」


「おっと失礼……僕はベルバルト。悩んでいる君の顔を見て、居ても立っても居られなくなって声をかけてしまったんだ」


 突如眼の前から聞こえてきた声に弾かれるようにして顔を上げた。

 そこに居たのはネズミのお面を着用した巨漢男。その男からは不気味さだけではなく、なにかおぞましい気配のようなものを感じた。

 なにか、この世に居てはいけないような、そんな危険な気配。


「そんな君にはこれをあげよう。僕の大切な魔道具だ。そいつを取り込めば多分、君の望む力が手に入ると思うよぉ?」


「俺の、望む力?」


「そう……君は恐らく全てを失ったと見える。全てを壊したいと思わないかい? 君だけこんなに失っていたら不公平だろう? だから、他の人からも全てを奪うのさ。仲間、友、恋人、家族、その全てを壊す事ができる力が、手に入るんだよぉ?」


「全てを……」


 普段の俺だったら決してこんな甘言には乗らなかっただろう。

 だが、俺は精神が疲弊していて、何でもいいから縋りたい気分だった。だから、俺はなんにも考えず、男が差し出した怪しげな物体を口に放り込んでしまったのだ。

 今なら分かる、これが俺の人生で一番の罪だっていうことが。


 取り込んだ瞬間、俺の中にあった憎悪がどんどん膨らんでいくのが分かった。

 ダメだ、これを爆発させちゃダメだと分かってはいたけど、止めることは出来ず、俺の中で膨らみ続け、そして精神がこの憎悪と言う感情に支配されてしまった。


 人間は信用できない、人間は嘘をつく、咄嗟の時に直ぐに仲間を裏切ることが出来る生き物だ。

 そんな生き物はこの世に存在しちゃいけない。


 そうだ、人間を殲滅しよう。


 こうして俺、ハイド・バッカスという魔人が生まれてしまった。

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