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1-12『瘴気』

 食事が終わり、合計三十分ほど休憩した俺たちはダンジョン探索を再開した。


 このセーフティーエリアは三階層の下に位置していたため、次は四階層。

 大体のダンジョンはセーフティーエリアを境目に出現する魔物も変わっていたりするため、さっきまではスライムやゴブリンが多く出現していたとしても、四階層からは別の魔物が多く出るようになっていたとしても不思議ではない。


 実際、ダンジョンによっては一気に難易度が変わる場合がある。だから直前まで余裕だからと言って油断していると命を失うことになる。

 昔挑んだダンジョンでもよくそういうことがあった。

 それは分かっている、それは分かっているんだが――


「これはいくら何でもないだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 俺は今、ダンジョン内を爆走していた。

 原因は明快、このダンジョンのあちらこちらから聞こえてくる羽音だ。つまり、虫がこのエリアには大量発生している。


「ま、前はこんなに居なかった気がひゃああああああああ」


「こ、こうなったらダンジョンごと吹っ飛ばすしか……」


「止めてね!? みんな揃って生き埋めだよ!!」


 ダンジョン内の出現魔物も時々変わったりする。だから前回はこの魔物だったからって今回も同じっていう保証はどこにもないのだが、さすがにこれは酷すぎる気がする。

 虫系の魔物って小さくてすばしっこく、仕留めにくい上に厄介な攻撃をしてきて、仕留めたら仕留めたで、なかなか取れない臭いの体液を周囲に振りまく害悪だ。その上食えない。大体は臓器からその肉体にまで全て魔素が回っていてどれだけ処理しても可食にはならない。


 倒して素材を売ったところで買取金額は低い。倒すメリットが存在しないんだ。倒さなくていいなら逃げるが勝ちということだ。

 これは決して虫が苦手だから逃げているわけではない。ただ、倒すメリットが無いから逃げているだけなんだ。……ホントダヨ?


「はぁ、はぁ、た、確かこの先が階段です」


「うん、五階層は丸々ボス部屋になってるからボス以外の魔物は居ないはず!」


 基本的に最深部の階層はフロア丸ごとボス部屋になっていて、どういうわけかボスとボスが呼び出した取り巻き以外寄り付かない。

 つまり、この階段さえ降りてボス部屋にたどり着いてしまえばあの虫たちは俺たちを追うのを諦めるはずだ。いや、諦めてくれ、ほんと頼むマジでっ!


「キュイィィィィィィン」


 瞬間、俺は終わりを悟った。

 突如として目の前に現れた蚊形の魔物モスキー、そしてその向こうに見える階段。

 虫系の魔物というのはとても素早く、振り切って横を素通りし、階段へ向かうというのはかなり至難の業だ。


 つまり、これは避けられない戦いだ。

 本当はめちゃくちゃ気持ち悪――じゃなくて、面倒だから戦いたくはないけど、仕方がない。一瞬で仕留めよう、そうしよう。


「『エクスプロージョン』」


 短剣を抜き、そのままの勢いで切り裂こうと振りかぶった直後、俺の真横すれすれに火球がモスキーへ向かって飛んでいった。

 その火球は俺の剣よりも先に直撃し――


 ドガァァァァァンッ!


 大爆発を起こした。モスキーはそれによって跡形もなく吹き飛ばされたが、ついでに近くにいた俺も巻き込まれ、煤だらけになって地面に倒れた。


「けほっ、魔力の無駄遣いだろ……」


 Eランクの魔物に対して威力は控えてるみたいだけど上級魔法を使うんじゃありません!

 痛くはなかったが、服が犠牲になってしまった。一昨日買ったばかりだというのにもうボロボロになっている。

 ちょっとショックを受け、仰向けで呆けているとユイとルリハが駆け寄ってきた。


「大丈夫ですか!?」


「ごめん、つい頭が真っ白になって……大丈夫?」


「大丈夫だけど……それ、直した方がいいぞ?」


「……善処する」


「頑張ってくれ……」


 ダメージは無いだろうけど、毎回巻き込まれてたら服がいくらあっても足りない。

 とりあえず道が開けたので、やっと階段を降りることが出来る。

 立ち上がって周囲を見回してみると、さっきの爆発で驚いたのか俺たちを追いかけてきていた虫の魔物たちはいつの間にか居なくなっていた。


「やっとボス戦ですね」


「ボス戦では私たちも一緒に戦う。ちょっと合わせてみたいしね」


「了解」


 軽くボス戦のことを話し合いながら階段をゆっくりと降りていく。

 この先がボス部屋だからだろうか。階段通路の雰囲気も今までの洞窟のものとは随分と違う。というか、霧が濃くなってきた気がするな

 こんな仕掛け、Eランク程度のダンジョンにあったっけ等と考えながら階段を降りていると、何やらユイとルリハの顔色が悪くなってきていることに気がついた。


「大丈夫か?」


「はい、体調には問題ありません」


「うん、ただ、なんかこの霧、嫌な感じ」


「そうか?」


 言われて意識を集中してみる。

 確かに俺もこの霧には違和感を抱いていたが、体調になにか影響がある訳でもないし、ここが初心者用ダンジョンという固定概念があったから特に深く考えてはいなかったけど、初心者用ダンジョンであるEランクダンジョンに霧なんて言う視界の悪くなるトラップがあるのがおかしい。

 トラップ系はCランク以上からのはず……。


「ダンジョンコアに何かが?」


「だ、ダンジョンコア?」


「それってあれだよね。ダンジョンの心臓みたいなもののことだよね」


 正しくは魂のことだ。

 そのダンジョンのことに関する様々な情報が記録されている概念のようなもので、俺たちがそれに触れる手段というのは現状存在しない。

 でも、それを書き換えることによってダンジョンを魔改造することだって、破壊することだって可能になるのではと言われているほどのものだ。

 もしそれに何らかの手段で触れ、今ダンジョンを書き換えられているとしたら――


「は、ハルト君!」


 嫌な予感がした俺は階段を一気に駆け下りていく。

 下に降りれば降りるほど、どんどん霧が濃くなっている。間違いない、ここまで濃くなって気がついたが、これは瘴気だ。

 もちろんこのダンジョンにも最初からあるにはあるんだけど、本来はEランク冒険者でも何も感じないレベルの瘴気なんだ。


 だが、この瘴気は明らかに人の健康に害を与える。ユイとルリハも体調には問題ないと言っていたけど、顔色が悪くなっていたということは影響はゼロではないんだろう。ボス部屋へと近づいていく度に二人の顔色が悪くなっていっている。

 Bランクにすら影響を与える程の瘴気……そしてそれを発生させている原因。

 はは、考えただけで恐ろしいな。もしこのレベルの瘴気がダンジョンからあふれ出してしまったら、この辺りはもう魔の者以外住むことが出来ない場所になってしまう。


 それだけは絶対にダメだ。この近くには王都も存在する。王都が瘴気に侵されたらこの国全体が麻痺してしまって崩壊する可能性もある。

 普段は割と楽観的な思考で動いてはいるが、今回ばかりは事情が違う。珍しく俺は焦っていた。

 さすがにこれは今のブレスレットの効力じゃ厳しいかもしれないため、ギアを緩めておく。


「はぁ……はぁ……ど、どうしたんですか?」


「ユイ、構えて」


「え?」


 ルリハも異変に気が付いたようだ。

 この下からは異常なほどの瘴気が溢れ出ている。それはEランクのダンジョンから放たれていい瘴気ではない。

 間違いなくA、下手したらSランクダンジョンから出るくらいの瘴気だ。

 ボス部屋前までたどり着くと乱暴にその扉を蹴り開ける。


 瞬間、ドバっとこのボス部屋に溜まっていたであろう瘴気が一気に漏れ出し、俺たちをぶっ飛ばさんとばかりの風圧で襲い掛かってくる。俺が本当にDランクだったとしたら一瞬で意識を刈り取られていたとしてもおかしくはない。


「な、なにこれ……」


「これほどの瘴気、まずい!」


 二人はこの暴風にやられ、上手く部屋の中を見ることが出来ていないようだったが、俺はこの暴風をもろともせず、ただ一点のみを警戒して見ていた。

 このボス部屋の壁、そこにすでに討伐されたと思われるボスモンスター、ケンタウロスが倒れていた。そしてその正面には一人の青年。

 普通に考えればこの構図はただ冒険者がボスモンスターを倒しただけなのだが、様子がおかしい。


「お? もう冒険者が来たのか」


 俺たちが入ってきたのに気が付き、こちらへ振り返る青年の顔を見て俺は驚愕した。それと同時に怒りと、そして笑いが込み上げてきた。


「っ!」


 それはたった一度瞬きしたその一瞬の出来事だった。気が付いたら目の前に青年が現れていて、拳を振りかぶってきていた。

 さすがに回避するのは無理。受けるしかないと考えて腕をクロスさせて防御し、拳を受け止めるが、これがなかなかに重たい。


 このまま受け止め続けるよりもぶっ飛ばされて勢いを逃がした方が得策だと考えてそのまま抵抗することなく殴り飛ばされることを選び、俺はダンジョンの壁に叩きつけられた。

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