4-51『最強賢者』
「すげぇ傷だなぁ。大丈夫かよ、おい。死んでねぇよなぁ?」
突然のゼルドガルの登場にオーズは固まってしまう。
そう、ゼルドガルは本来こんな場所に居るはずがない。なにせ、オーズが別の仕事を任せたのだから、そっちに居るはずなのだ。
ゼルドガルが来てくれたのは心強い。だが、居るはずもない人物がここに居るという事実にオーズは困惑してしまっていた。
「これまた随分と無茶をしたようだなぁ。前に言ったよなぁ、ピンチの時はオレを呼べって。テメェ、また無茶をして死にかけてるじゃねぇか。オレは嫌だぞ、テメェの墓参りをするってのはよぉ」
「…………」
「いや、冗談だ。テメェが死んだらしっかり墓参りしてやっから安心して……いや、死ねっていうのはおかしいなぁ。とにかくだ、テメェはオレの友達なんだからいつでもオレを頼れっつってんだ」
「あ、あぁ、ごめんね」
頬をかき、照れくさそうにするゼルドガル。そこでようやく状況を飲み込めたオーズは返事をした。
ゼルドガルがここに来てから一気に緊張感が緩和した。
今も変わらず眼の前にテライは立っている。だが、それでもゼルドガルがここに到着したと言う事実はオーズらにとってはとても大きなことだった。
ゼルドガルが戦っているところを見たことがあるものは少ない。この街の冒険者たちの殆どはゼルドガルの戦闘シーンを見たことがないと言う者ばかりだろう。
だが、それでも賢者がこの場に来てくれたと言う事実は大きな意味がある。
「ねぇ、殴られたのに無反応? ちょっと悲しいんだけど……私がここに居るって言うこと、忘れてないですかぁ?」
「そ、そうだ、ゼルドガル。今魔人が!」
「にしてもテメェ、胸から血ぃ出てるじゃねぇか。魔痕があるんだから無茶するんじゃねぇぞ。テメェが死んだらこの街の奴らを纏めるのは誰だって話だ。俺はぜってぇにやらねぇ」
テライが話しかけてきた。だが、ゼルドガルはまるでテライのことは意に介していないとでも言うように、全く振り返ること無く、オーズに話しかけ続ける。
その様子は異様だ。
まるで、ゼルドガルにはテライが見えていないかのよう。今、ゼルドガルはテライに殴られたというのに殴り飛ばされるわけでもなくただそこに居る。
無反応だった。
「こりゃまた長い治療が必要なんじゃねぇか? だけど、無茶をしすぎたな。傷が前よりも広がっている気がする。まいったなこりゃ」
「この私を無視するなんていい度胸ね! 魔人を無視したこと、後悔させてやるわ!」
テライは再度距離を取り、そして助走をつける。
流石にテライの本気の一撃を受けたらゼルドガルでもただでは済まないだろう。なら、無視をするわけにはいかない。
無視をされてプライドが傷ついてしまったテライが考えたゼルドガルの意識を自分に向ける方法だった。
するとついにゼルドガルは気だるそうに首だけ後ろに向け、そしてテライに視線を向ける。
「やっと見たわね! でももう遅い! 魔人の恐ろしさ、その身でたっぷり味わうと良いわ!」
「別にテメェのプライドを傷つけようと思って無視をしていたわけじゃねぇ。どうして親友が緊急事態の今、死人の言葉を聞かなきゃいけないんだ?」
「は? 死人?」
テライが走り出したその時だった。
テライの頭が胴体に置いていかれ、スパッと首と胴が泣き別れとなってしまった。
その切り口は見事なもので、今の今まで、首が落ちてしまうその時まで切れてしまっていることに気がついている人はだれも居なかった。
首が落ちたことによって胴は動くことができなくなり、その場に倒れ、頭が地面を転がる。
この場がしんと静まり返った。
あまりに突然の事態。テライの脅威に晒されていたというのに、突然テライの頭が落ちたのだ。この場にいる誰もが状況を飲み込むことが出来ず、困惑する。
「ぜ、ゼル君、まさか」
「ん? あぁ、なんかヤバそうだったから来たついでに切っておいた。オレにしちゃ綺麗な切り口だと思わねぇか? ここ最近で一番上手く切れた自信があるぜ」
たった一人、ゼルドガルだけがまるで友達に自慢をする子どものように明るい声を出してテライの首の切り口を指さす。
異常なまでの早業だ。
魔人の防御力をいとも簡単に突破したというのも驚きの事実だが、それ以上に魔人でさえ気が付かないほどの早業で魔人の首を切り落とした。
それはあまりにも衝撃的な出来事だった。
「な、なんで、なんでこの私が地面に倒れてっ」
「あ? 魔人ってやつは首切っても喋れんのか?」
「いや、いやああ、いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
今の自分の状態を認識し、テライは叫んだ。
テライはほんの少しも自分が負けるなどとは考えていなかった。ゼルドガルが現れてからも、一秒たりとも自分が負けるかもしれないということは頭を過ぎることはなかった。
だが、現実はどうだろう。首は斬られ、動けなくなって後は死を待つのみ。
テライに取ってその現実は受け入れがたいものだった。
「みと、めるか。認めるか! はっはっは、残念だったわね。私の首を切れたかもしれないけど、この後、この街には迷宮暴走が襲いかかるわ。そうなったらもうおしまいよ。あなたたちは全員死ぬことになるわ!」
迷宮暴走はその名の通り、迷宮が暴走し、魔素で強化された魔物が大量にダンジョン外へ溢れ出して暴れるという最悪のダンジョン災害のこと。
これが起こることによっていくつもの街が地図からその姿を消すことになったと言われている。
正直、魔人の到来よりもその圧倒的数で責められたら厄介とまで言われているほどの緊急事態だ。
それをテライは事前に仕掛けていた。
「ハイドは魔物に頼ることを嫌がっていたけど、私はこの時の為に備えていたのよ。私ったら聡明ね!」
テライは自分は負けるかもしれない。だが、それでも自分の仕掛けた罠でこの街を潰すことが出来るのならば自分の勝ちと言ってもいいと考えることでプライドが傷つけられる事を防いでいた。
この街を完全に守るためには魔人を倒したうえで迷宮暴走まで完璧に防いでみる必要がある。
そんなのは常人には不可能。
テライは勝ち誇ったように笑った。
だが、ゼルドガルとオーズは何も同様しない。その様子を不思議に思ったテライは笑いを止めて不思議そうな表情を二人に向けた。
そしてゼルドガルはそんなテライの様子を見て「くくく」と小さく笑った。
「テメェ、魔人だっつーのに頭ん中、お花畑じゃねぇか。テメェなんかよりもうちの大将さんの方が聡明なんだよ。オレァ本来、最初からこの街の防衛に付くはずだった。そしたらテメェらなんか瞬殺だっただろうさ。だが、どうしてオレがこの時間までこの街に居なかったか、気が付かないか?」
「え?」
「オレはテメェが仕掛けたっていう迷宮暴走の対処に行ってたんだよ」
「な、な、なっ」
「三箇所も仕掛けやがって……お陰で疲れたわ」
「ま、まさか、三箇所ともこの短時間でダンジョンガーディアンを倒したっていうの!?」
迷宮暴走を収める方法はたった一つ。
暴走魔物たちの一番後ろに居るそのダンジョンのダンジョンガーディアンを倒し、ダンジョンを鎮めるということのみ。
つまりは、迷宮暴走を収めたということはダンジョンガーディアンを討伐したということにほかならないわけで――
「ば、化物!」
ゼルドガル・バッドレイと言う男はもはやテライの目から見ても化物にしか映らなくなってしまった。
「はっは、まさか魔人に化物と言われる日が来るとはオレァ微塵も思ってなかったぜ。だが、泣いても喚いてももう遅い。テメェらはオレ等に喧嘩を売ったことがそもそもの間違いだったんだ」




